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第二の新卒社会人。

 社会人卒業してから大学に入学するなんて、どうかしてるぜ。
 そういや細胞ってのは成人を過ぎてから加速度的に劣化するそうじゃないか。その歳まで生きてたら相当、細胞、ぶっ壊れてんだろうな。オツムもかなりやられてんじゃねぇの? そんなアタマでよく受験を通過したもんだ。血の吐くような努力の賜物ってやつ? ヘビーだねえ。
 視力だってもはやピンボケだったじゃないか。なのによく勉強の虫に徹してきたもんだ。虫だけに、虫眼鏡で覗くように文字追ってたんじゃないの? 
 それとも、もしかして、あれか? 人に悟られぬカンニングの名手だったとか?
 ああ、なにを言っても笑えねえ。

 どんな暴言に対しても老人のクラスメイトは突っかかってはこなかった。反骨の「うるさい」や諦観の「なるほどなあ」なりを返してくれば、追撃できたってのに、口撃は一方的で、放物線を描いて落下してしまいになる。
 反応はなし。まだ死人にはなっちゃいないだろ。死人になってしまえば口無しもあるだろうが、息してんのなら、なんか言い返せよ。なのにナシのつぶてで暖簾に腕押し。

 そのころ沈黙に徹する老人は、わかっちゃいないと現役大学生を見下していた。こいつ、わかっちゃいない。だがそれを口に出すことはなかった。口にしてしまうと、言葉の交流がはじまる。意志と意識が行き来すれば、流れる電流が予期せぬ事態を引き起こす。それがどのようなものかは現時点では予測はできないが、あえて藪をつついて蛇を出す必要などない。不要だ。さわらぬ危機に余計な波風なし。神にふれて祟られてはいけない。会話が血流のように循環し始めると、他人との新規開拓交流現象によって何かしらの関係が生じてしまう。

 老人は、未完成形の半端な発展途上者にかまう時間を惜しんだ。遠まわりの無駄骨をハナから避けるつもりでいた。やるべきことに向かい始めた道の途中で蛇足を加えるのは愚の骨頂、蟻の歩幅ほども受け売れたくはない愚行でしかなかった。

 老人の意志は堅かった。私の学びは、生かされ閉じた社会での命を蘇生させるためのものなのだ、と。社会の都合によって残りの人生を左右されたくなかった。
 社会はフレッシュな労働力を吸い上げ、吸い尽くすと出口から退場を促してくる。企業はごく一部の功労者を除いて追い出しにかかってくる。追い出された者はそのまま隠居を決め込むか、シルバー人材センターで仕事を探していくことになる。仕事が性にあっていればいい。だが適所と思わしき職業は用意されてはいなかった。選べるのは、掃除か警備のいずれかに限定されている。もちろん割りのよすぎる闇バイトなら2業種以外の仕事もできるそうだが、逃げても躓きすぐさまとっ捕まるような者に与える仕事などあるだろうか。それ以前にスリリングな仕事に弱り始めた心臓が保つかどうか心配だ。
 大学は、試験に通りさえすれば来るものを拒まない。4年後には晴れて新卒だ。
 だが、この新卒を企業は書類選考の段階ではねる。間違いなく。新卒募集を謳いながらも、企業は順当に大学に上がってきた新卒者しか見ていない。
 ならば最初から「順当な手順で卒業した新卒者募集」とすればいいのに、彼らはそうは言わない。
 彼らは社会からいったんリタイアした者を雇い入れることはない。

 大学は、就職に向けた路線である。たしかにそうした意味合いは強い。だが、それだけではない。私は老狡なのでもない。ただ順当な新卒よりも実態社会で培ってきた知識面で多少長けた部分があるだけだ。

 老人には腹に決めていることがあった。大学で取得できる資格に彼は希望を託している。資格は四角紙面の社会の常識を破れる異端の力があって、そいつをテコに、いったん退いた社会のランニングコースに返り咲くのだ、と。

 なにかと難癖つけてくる輩と関わることの無意味さを老人はよく知っている。難癖つけたがるやつは、決まって社会に寄生する相手にすべきではない者▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼でしかなかった。

 資格は、社会循環から「お疲れさま」と肩を叩かれた者の肩を背中から押す逆転の噴射装置。

 老人は飽くなき突っこみを入れてくる面倒臭い発展途上の学生を突き飛ばし(気持ち的に)、するりと厄介者の体をすり抜けて(透過で通過でなく、ただ横をすり抜けただけだけど)、我が道の最短距離に右足を踏み出した。

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