見出し画像

ある黒猫の深層心理。

 他人の心の闇なんて、外見からでは判断できないものさと貴方は言う。
 そうかしら、と私は反応する。私も、人の心なんて所詮理解できないと思っているけど、貴方にそんなことを言ってしまったら、終わってしまいそうな気がしたから。
 まさか、他人を理解できていると思っているわけ? と貴方は攻めてくる。貴方は私を容易に陥落できると高を括っているからね。でも、そうはいかない。私だって貴方が好きよ。でも、安易に落ちてしまったら、きっと貴方は違う港に向けて旅に出る。そんなこと、させるものですか。だからもったいぶる。理解したいと思っている人のことなら、理解の深度を深めることができるのよ、と言ってやった。
 ほお。それはどういうことかな、と貴方の気持ちが少し私になびく。釣り上げるのはまだ早い。魚だってガッツリ餌に食いつくまで、忍耐の駆け引きが必要なんだもの。私は貴方に釣られるのではない。貴方を釣り上げるのよ。だから口先で餌をつついた程度じゃリールを巻かない。
 僕のことは理解したいと思ってる? 痺れを切らして貴方が踏み込んできた。
 私は、いよいよその瞬間が迫っていることを感じ取る。でも、まだだ。釣り糸を引くのは今じゃない、口を開けてぱくりとやって、釣り針の返しがしっかり彼を捉えられる瞬間まで待たなければならない。一度釣り針が貴方の喉に食い込んだら、たっぷり泳がせて翻弄してあげる。とびっきりの愛で包み込んでもらうために。だからもう少し思わせぶりで高めてもらわなければならない。
 たぶん、と私は答える。
 たぶん? と貴方が繰り返す。少し、苛立っている。うふふ。
 私は悪戯の目で貴方の瞳をのぞき込む。女の目力は、このようなシーンで発揮されるべきなのだ。濡れた目でじっと貴方を見つめてみる。
 どくんと、貴方は反応する。息が小刻みに震えたよ。口にはしなかったけど、私は心の中で貴方にそう告げた。
 理解して欲しいの? と私は王手をかける。逃げ馬なし、打つ手なしの貴方はもう私から逃れられない。

 黒猫の深層心理はいつだってこのように人間を手玉に取りたがっている。黒猫ばかりではない。シャムもエキゾチック・ショートヘアーも、猫は多かれ少なかれ、人間を手玉に取ろうと目論んでいる。
 猫は眠っているのではない。うとうとまの抜けたように欺いて、その裏側で策を巡らせてる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?