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時の流れに身を任せ。

 恋は人のネジ位置を狂わす。

 活発で男女の分け隔てなく気軽に話しかけてくる、痩せすぎで気遣いのすぎた女の子だった。美人度で言えば彼女より上位は何人もいたけれど、男子の注目率で言えば常時上位にランクインしていた。
 妹気質の甘さはなく、どうでもいいことに巻き込む面倒くささがなく、どんどんひとりで決めていき、誰がついて来ようが来まいが我が道を邁進する女の子だった。
 
 転校していったのは僕のほうだった。気にはなっていたものの、新しい学校の騒がしさに巻き込まれ、失念したようにすっかり忘れていた当時を海底で閉じた貝をこじ開けるように思い出したのは、大人になった僕が失恋したからだった。
 
 狂っていた心のネジ位置が元に戻ったせいだろうか。それとも誤差を生じたネジ位置がさらにおかしなことになっていたからかもしれない。
 
 懐かしさもあって大人になったあの子の実家を訪ねた。
 超久しぶりに会う彼女のお姉さんもお母さんも、親戚の子を迎え入れるように「懐かしいわねえ」「変わらないわねえ」「大きくなったねえ」の歓待三連発で家の中に招き入れてくれた。だけど、笑顔はそこまでだった。
 彼女を勘当したという。顔は曇り、あたかもそこから怒りのいかずちを放射しそうな澱んだエネルギーを腹の中で煮立たせていた。
 
 不倫で実家から追い出し、今はひとり暮らししていると言う。
 
 高まった意気は直後に消沈し、明るかった過去に手を合わせるようにして三人そろって項垂れてしまった。
 
 目的は、あの子に会うことだった。家族と項垂れるためにじゃない。
 勘当したとはいえ、我が娘、我が妹を憎くて執った仕打ちじゃない。幸せになってほしいからこその選択。それが痛いほどわかった。追い出した彼女のひとり暮らしの新住所をソラで言えるほどなのだ。心中のざわつきがいかなるものか、ヒシと伝わってきた。
 
 訪ねてみます。
 
 お母さん、お姉さんの閉じた口から言葉は発せられなかったけれども、ふたりそろって表情には『よろしくね』の期待が編み込まれていた。
 
 よお、久しぶり。
 
 相変わらず痩せ過ぎた彼女だった。それでも、小さかった君はそのまま大きくなっていて、人生とは映画の如き時間を圧縮してしまうものだなと妙に達観して彼女と邂逅したのだった。
 
 大人になったことで、無垢な活発はところどころが綻んでいた。全身で受けていた太陽の光は、裏側で濃い影を作っていた。
 
 隠し事をしない子だった。大人になってもそれは変わらない。
 
 咎めるつもりは毛頭なかった。
 
 彼女と話しながら、支流を集めた川が大河に集約されていくところを想像していた。帰結は人の生き方を確固たるものに限定していく。それが彼女の選んだ道なのだ。
 
 狂ったネジ位置は、元に戻ることもある。戻らぬまま泥沼に沈んでいくこともある。どちらが幸せなのかはわからない。自分の幸せと周囲の幸せが合致しないことだってあるのだ。二律背反は世の常じゃないか。

 またね。
 
 別れ際、社交辞令のように交わした言葉。
 あれからその「またね」は実現してはいない。

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