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ビハイクル電化時代。

 先般、日曜日の深夜にタクシーに乗ったらね、5年後には運転手不在のタクシーが走っているでしょうねと言うんだよ。

 無人のタクシーに手を挙げて乗り込むところを想像してみたよ。無人の運転席の運転手不在の車両は客のどこを見てただ手を挙げてしまった人と客とを見分けるのか疑問に思ったよ。だってその人はタクシーを拾おうと手を挙げているのではなく、横断歩道を手を挙げて渡ろうとしているだけかもしれないし、脇の下の匂いを衝動的に嗅ぎたくなっただけかもしれないでしょ。

 もちろん僕は公道でそんな紛らわしいことはしない。無人の運転手が誤認しないよう細心の注意を払って間違いが起こらないようにしようと努めると思う。タクシーを拾う時は誰が見ても見まごうことなくタクシーを拾うんだ然とした姿勢で臨むし、タクシーに乗りたいんだオーラを放つ。無人タクシーであろうとも乗る気満々の客だと一目瞭然で見極められるように。
 そもそも無人タクシーって、客が乗っても無人タクシーと呼んでもいいのだろうか?
 まあいい。
 無人タクシーが大手を振って公道を走る社会では、当然のことながらAIが活躍することになるんだね。人工知能が客を判断し、GPSを利用したナビゲーションと連携をとりながら行き先を理解して、コンピュータが自動車を操作する。
 その頃になると自動車の動力も電力への依存がずいぶん高まっているだろうし、ゆえに電気を大量に消費する時代になっている。しかも頭脳ってやつは負荷がかかればそれだけエネルギーを消費するだろうから、よけいに電力食い虫になってくる。
 発電、間に合うかな? この問題は、今は、まあいい。

 タクシーに乗った日曜日の深夜の数日前、外車ディーラーにふらりと入ったんよ。次に好きになる車はコレ、と決めていた車両を扱うディーラーがあったので吸い込まれるように入ったら、ガソリン車の販売は今の在庫でおしまいと言うんだよ。これから入荷する新車は全部電気自動車に切り替わるんだってさ。
 試乗で用意されてた車も遊園地で動く電気自動車みたいな玩具感があったんよ。

 電気自動車を自分で運転する姿を、切り離した魂を空に浮かべて鳥瞰してみたよ。アクセルを踏み込めば踏み込んだ分だけ加速して、ギアをチェンジする必要もなく、どんどん加速していって、あれよあれよという間に制限速度を超えちゃっていたわけさ。こりゃ、早いとこ切り離した魂を元に戻さなきゃならないと思ったよ。そのまま放っていたら何かよからぬことが起こってしまう。

 ディーラーの営業マンの言葉で、魂が元の鞘に収まって我に返ったよ。営業マン曰く、急速充電網が時代の趨勢の波に乗りそろそろ整い始めているから、100パーセントの電気自動車でも給油の問題はありませんと。電気だから給電と言うべきなのに、営業マンたらちょっぴりお茶目だったわけなのよ。
 このようにして世界の自動車が壁のペンキを塗り替えるみたいにして電気自動車色に染まっていくところを思い浮かべたよ。
 
 その数日後の日曜日の深夜にくだんのタクシーに乗ったものだから、話が通電したみたいにつながっていったわけなのさ。
 運転手に、車の動力も当然電気になっているでしょうね、と尋ねたら、まあそうなるでしょうね、と答えてから、こう続けてきたわけさ。ルンバで給電基地に戻る技術が確立しているわけだから、電化のほうがなにかと便利なんじゃないでしょうかって。
 なあるほど、と返すも、車がロボットアームを車体からにょきっと生やしてガソリンスタンドのホースをつかみ自らの車体にガソリンを給油している姿を思い浮かべてみたわけさ。デジタル技術でアナログの時計を再現しているみたいな奇妙なとってつけた感▼▼▼▼▼▼▼に、ついクスッと笑ってしまったわけなのさ。運転手には気づかれなかったみたいでほっとしたけれど、もしかしたら本当は気づいていたのに大人の対応をとられたのかも知れず、少し肝を冷やしたさ。
 EVはいずれ100パーセント、ガソリン車にとって代わるんですか? 自分が蒔いた恥部のタネを散らすように、運転手に訊いてみた。するときっぱり「そうです」と断言されたわけ。

 欧州が電気自動車の普及に力を入れ、EVシフトしていることは知っている。だけど、破竹の勢いで電気エネルギーがオートモビルの世界を席巻し切ってしまうとはとうてい思えない。同じヨーロッパでも、オートバイのメーカーは相変わらずガソリン車をがんがん作っているし、ユーロ5の規制をクリアした新機種もすべてガソリン車なんだもの。ま、ユーロ5はガソリン車を対象とした規制だから、呪縛の手は電化車両には伸びることはないわけなのだけれども。
 アメリカのハーレーダビッドソン社だって、新たに着手した電動バイク開発部門を本体から切り離し追い出すようにして別会社にしてしまったことだし。バイクの世界は脱ガソリンとは別の世界で我が道を行っているんだよ。自動車はEVに猛進しているけど、電化はオートモビルのすべてじゃないーーまるで頑なに住居を立ち退かない古い家主のように、命果てるまでそっとしておいてほしいと願う層も一定数いるんだろうなあ。
 
 もちろんタクシーの運転手には、そんな余計なことは話さなかった。

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