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書店店主のつぶやき。

 貴女は図書館員になるものだと思ってた、と友は口をそろえる。
 わたしもそうよ、とわたしは口を尖らせる。
 本が好きで本の案内人を目指していたし、てっきり雇ってもらえるとばかり思っていた。いや、雇ってはくれた。ただし、時給1000円のアルバイトとしてなら。
 2年の月日を費やして、真剣に取り組んだ勉強の結果がこれ? 社会の現実にというより、自分自身の甘さに愕然とした。大学で学んでも、知識は実践の場を前に空転しているだけだった。学びは社会で役にたつものではなく、終わったものの事例として、学校法人運営の糧として営まれていた。
 就職の現実を前にして、わたしの価値は雇い主の腹づもりひとつでいつ切られてもおかしくない、宙ぶらりんの糸にしか支えられていないことを知った。その鋭利な現実は針と化し、わたしのふくらんだ夢に向かって勢いよく飛んでくる。図書館員への夢は、針先にはじかれ、飛び散ったシャボンになった。

 わたしは、決めた。風下にいるかぎり、誰かの顔色に生き方を左右される、だから、少しでも風上に近いところに立ってみようと。
 親に小さな書店をはじめたいからお金を貸してくださいと頭を下げたら、頭ごなしに否定された。猛反対なんてものじゃない。最初からありえない選択だと、広げた風呂敷ごとゴミ箱に捨てられたようなものだった。
 娘が時給1000円のいつ職を追われるかわからないアルバイト図書館員になったほうがいいとでも? と詰め寄ったら、本にこだわらなくてもいいだろうと諭された。道はほかにある、と親は道の広さをわたしに言って聞かせようとした。わたしはすでに進む道をネズミ1匹入り込めないくらいにきゅっと絞り込んでいたというのに。

 工面をした。ランニングコストに返済を合わせるとたいへんなことになっている。少しでも多く売り上げないと、下降からはじめた飛行体は機首を上げることなく墜落してしまう。

 夜の作戦会議、かあ、とわたしは心のどこかで期待を寄せたのだと思う。書店経営はわたしの問題だけど、この街の書店存続は、もうわたしだけの問題ではなくなっていた。望んでくれる人がいる。ならば、力を貸してほしい。口にできない本音だった。
 わたしは差し伸べられた手を、この手でつかもうとしていた。

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