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幸せの支え合い。

「寒い日が続くわね」と君は甘えた声で言う。
『そうだね』と返した僕の返事では飽き足らない顔を君はする。冷え込んだ朝はもっとずっとくっついていたい、僕だって同じことを考えているさ。
 でも今日は月曜日なんだぜ、と僕は思う。言葉にしてしまうと、まどろみと夢が消える。だから君には伝えずに僕の胸にしまっておく。君にはまだ幸せの雲の上でまどろんでいてもらいたいから。
 このようにして君ファーストの時間が流れるようになって、どれくらいが経つだろう。
 もう何年も前からこのようにしてきたようにも思えるし、つい最近に定着した習慣のようにも思える。
 子供のころから慣れ親しんだ環境がそう思わせるのかもしれない。
 ひとり暮らしを始めた今も猫のいる暮らし。
 僕は君のまどろみを揺らさないようにしてベッドから這い出しキッチンに向かう。
 君の朝食を用意してあげよう。
 缶詰を開け始めると惰眠よりも大事な食事の匂いに駆られて耳を立て、鼻を鳴らす。
 尻尾は振らんでよろしい。
 器に盛るといよいよであることが君にもわかる。君は「今だ」というタイミングでベッドを飛び出し、僕のところに駆け寄ってくる。
 すりっ。
 早くちょうだいと君は言う。
 朝食の入った器を所定の位置に置くと、君は僕のことなどすっかり頭から追い出して、かつかつ言わせながら食事にのめり込む。
 
 猫のいいところは気ままなところなんかじゃない。すぐに忘れてくれることだ。人一倍寂しがり屋で自尊心が強く、甘えん坊で勝気でわがままだけど、感情の起伏が大きいぶん、冷めるのも早いのかもしれない。
 身支度を整い終え、行ってきますと声をかけても君はまだ食べるのに神経を集めている。
 今のうちに出社してしまおうと思う。
 ご飯に夢中になっている君は、僕のことなどちっとも気にかけない。それでも帰宅するころにはお腹を空かせて君がすりっと甘えてくる。
「晩ごはん」と君は猫なで声で迫ってくる。
 朝の置いてけぼりに君は、僕が出社したあとで腹を立てているのだろうか。そんな恨みの含みは帰宅時の君にはない。
 忘れてくれることが、僕の幸せを支えている。
 

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