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ツアー予約トラブル顛末記。

 窓口でなら、訊きたいことがその場で聞ける。なのに。
 ネット時代になって、わざわざおめかし、せっせと着替えて旅行代理店に出かけなくて済むぶん気楽になった、ように思っていた。だがそこに大きな落とし穴があった。
 すれ違いが起こると、すぐに訊けない。ネットで問い合わせようにも、数ある『よくある質問』が行く手をはばみ、妨害してくる。歯痒い。焦れてくる。先を急ぎたい【解決したいと希う心】は気持ちばかりが先走り、なかなか進めないことに悶々とした暗雲は広がるばかり。
「ああnn、もうuuuh!」と身が心の悶えに呼応する。

 そもそも何が起こったのかを話してかなければなるまい。
 ネットでパック旅行を申し込んだ。すぐに予約ととクレジット決済は完了した旨のメールが届いた。誰もがこれで全ての手続きが完了した。あなたもそう思うはずだ。あとは胸をはずませて旅立ちの日を待てばいいはずだった。
 すべては完璧だった。だから旅行代理店のマイページを鼻を流しながらふんふん確かめてみたのだけれど……。
 申込日は旅行日程初日のちょうど1か月前、帰路は1か月より先にあたる。だから「きっと、帰路の列車予約はこれからなんだろうな」とたかをくくり、浮いた歯のようにふわふわ考えていた。後日その歯をギリと鳴らす羽目になるとはつゆ知らず。

 問題が発覚したのはその数日後だった。マイページを確かめると「あれ? 帰路の電車が取れていない。なぜ?」
 詳細をクリックし、そこに書かれている文面をつらつら追っていくと、ハートが瞬間冷凍されて凍てついた。文言は尖ったツララそのもの。ぐさっと胸に突き刺さった。
 文面には『規定座席数を上まわったため、復路の席が確保できませんでした』とある。な、なんと、決済までされているのに、予約は完了していなかった。さらに凶報つづく。3日後まで然るべき手続きをとらないと、予約がキャンセルされます……だとぉ! ぬぁにぃ!
 ギリ。
 なんということが起こってしまっていたんだ。
 でも、手続きをすればいいだけじゃん。といちどギリした歯をゆるめ、あっけらかんと楽観。
 問い合わせ先を探して電話をする。話中。電話、話中、待てど暮らせど電話に出んわ状態つづく。
 全国旅行支援が始まったばかりの繁忙期。いくら電話をしても「ただいま回線がたいへん混み合っております。誠に申し訳ありませんが、しばらく経ってから……」。それでも数十回にいちど程度、かなりの低確率で繋がることがあって、「順番にお繋ぎしています。このまましばらくお待ちください」とくる。だが忍の字をいくら手のひらに書き飲み込んでも、向こうで受話器を上げてくれない。その気配さえない。仕方なく電話を切る。がっちゃーん。
 2時間が過ぎた。そういやこの電話「20秒ごとに10円が加算されます。この電話はかけ放題のサービスの対象外となります」と言っていたっけ。
 なぬ、なぬ? ということは。電話しはじめてから2時間30分が過ぎようとしていた。予約取り直しでかけた電話で支払うことになる通話料金は、20秒×10円×待ち時間相当分+電話した回数分ということ。あれこれエアそろばんをはじいてみたら、これは甚大な被害になる。
 それにまだ本題であるほうも埒があいていないのだ。
 マイページに「変更依頼は電話でお問い合わせください」とあるからせっせか電話をしているというのに、なんて事態が起こってしまったというんだぁ!
 くっそぉ。
 ギリギリギリ。いちど浮かした歯がぐんぐん引き締まっていく。

 どうにかして打開策を見つけなければ。額の汗は目を地走らせる化石燃料の如く熱き精神の炎に薪をくべ、羅輯(ルオ・ジー)が一縷の望みも見えないなのに水晶と対峙しようとするみたいに(すみません、私事です。現在『三体 Ⅱ 下』が佳境なものでして、その緊迫感が重なってきてしまう)して、一刻を争う窮地を切り抜けんと躍起になる。

 切り込み隊長が切り込む先は、電話の一手に絞られている。なにせ「変更は電話で」と、動かざるごと武田信玄の如し文言が、他の迂回路をかたくなに拒んでいるのだ。
 ところが教壇の眼前でいい子を演じる優等生みたいに耳を傾けているだけでは、のしかかってくる隕石のような災難から逃れることはできない。
 ここは、掟破りでネットに頼るか?
 しかたないのだ。ほかに、光明を探せる道はないのだから。
 切り込める隙間はないのか。
 探す。
 AIコンシェルというのがあるところに辿り着き、さっそく試す。だけど、間抜けな返答しか返ってこない。今どきの一般向け人工知能では、まだ、人を窮地に陥れる複雑怪奇なネット予約に仕組まれた狡猾な罠を、その仕組みを究明することはできず、おどけてお茶を濁すにすぎない。
 やはり電話か。ネットの案内には「電話で」とあるが、どこに電話して、という指定はない。ならば、実店舗に電話して解決できれば、先生の言うことをよく聞く優等生のままでいられるはずだ。で、近くの代理店の電話番号を検索し、TEL。
 ところが、だ。こちらもずっと話し中。
 ……。
 すごい人気なのはわかる。お得なイベントが始まって、申し込みが殺到しているのもわかる。よくわかるのだが、わかるたびに、こちらの怒気は上がっていく。

 ギリギリギリギリ。

 歯は、旅行の予約変更が完了するまで、現状を保っていられるだろうか?

 ほかに手段はないのか?
 そんな時。捨てる神が多勢の潮流に、救う神を見つけた。あれ? これは? と、ビデオ・チャットで予約する緊急用の予約窓口を見つけたのだ。渡りに船の蜘蛛の糸、利用用途からすれば反則技にあたるけど、善人面ぜんにんづらのお面をもって武士は食わねど高楊枝を決め込めば、決めなきゃならないものがいつまで経っても決まらない。それだけじゃない。保留時間が長引けば、せっかく取った予約がつゆと消えてしまうのだ。
 背に腹は変えられなかった。向こうの都合をこちらの落ち度にすり替えられないのだ。
「もしもーし」テレビ電話、すぐに通じる。ほっ。やっと相互通行の道が開けたことに安堵する。だが、難問を解決するのはこれからだ。気を抜くには時期尚早であることはわきまえている。果たして担当者は、こちらの窮地を救ってくれるのだろうか?

 連続テレビ小説ならここで「続く」と気を持たせるところだが、翌週まで持ち越せば予約は完全に流されてしまう。どうしても一話完結で話し切らなければならないのだ。でないと、タイムリミットに間に合わない。
 で、意を決して事情を話す。

 結果、こちらから電話しても通じない担当部署から電話をもらうことになった。
 よかったぁ。
 数時間後、電話がきた。こちらの依頼はきっちり引き継がれ、約束どおりあちらさんから連絡をくれた。
 ところがだ。不運は不運を運んでくる。窮地の崖っぷちからなんとか逃れたインディアナ・ジョーンズが次なる試練に放っておいてもらえないように、次から次へとめくるめくスペクタクルは襲ってくるものと相場は決まっている。何という不運のタイミング。乗車定員間際の混み合った電車に搭乗中に、電話がかかってきたのであった。体は乗客に挟まれ、モラルは人の目を気にした。マナーモードで振動を続ける電話に出ることはできない。いや待てよ。今出ておかないと、次なる相互通行はいつ訪れるかわからない。
 今、電話に出ておかないといけないのではないか。葛藤がつづき、ひとつの結論に至るまでそう時間はかからなかった。そうだ、降車時間に合わせて電話をかけ直してもらいばいいんだ。それだけのこと。
 そうと決まれば、善は急げだ。
 ここでまた、ところが、が起こる。こちらは電話に出るのに少ししか逡巡時間をかけてはいなかったはずが。なんとそこにケータイの契約がドンと立ちはだかってきたのであった。迷っている間に規定待機時間が経過し、自動的に留守番電話へ切り替えちまいやがった。
 おいおい、余計なおせっかいだから、録音するのやめて、電話をこちらに回してちょうだい。
 むろん留守電は、そこまで親切にできてはいない。先方の通話終了後、終わってしまった過去をなぞることしかできない。ギブ・ミー・相互通行コミュニケーション!

 降車後、本意ではない留守番電話をチェックする。
 提案があった。普通車をグリーンに変更すれば、座席が取れますと電話のお姉さんは告げていた。手続きはマイページから行ってください、とつづいている。
 え? また振り出しに戻ったわけ? 繋がらない電話が頭上に暗雲として広がり、曇天の下、気持ちを大きく落とした。「メールにも提案内容をお送りしておきます」でメッセージは締めくくられていた。
 もちろん速攻でメールをチェック。読むと、マイページからリクエストできるらしい。マイページにアクセスすると……。どこにそんな変更を誘導するガイドがあるというのだ? どこを探しても、どこにも該当するものが見当たらない。
 あるのは『お問い合わせ』から誘導される見慣れた『よくあるご質問』だけ。
 だけど、そこでひとつ閃いた。ビデオ・チャットで話した際、そういえば「お問い合わせには、『解決しなかった場合』が用意されていて、テキストを入力できる項目が用意されているんですよ」と言われたのを思い出した。
 スクロールして、そいつを探す。
 ない。
 なんだかもうネットで迷子になるのに疲れてきていた。気力が海水浴帰りの浮き輪のように、吹き込み口からひゅうひゅう抜けて行く。気だるく溶けた腕と脳で、目的地をトボトボ探すも、いっこうに『解決しなかった場合』が現れない。
 やっとのことで、最初に『その他のよくあるご質問』の重い扉を開いたその先にあることを突き止めた。すでに気力は底をついていた。
 やっとここまで来たかと、使い果たした気力に息を吹き込み、苦労して登った山の頂に立った気分に切り替えてから、最後の力を振り絞ってコメント欄にコメントを書き入れた。
 電話でアドバイスされた変更でお願いします。で、[送信]。
 電話で済めばこんな苦労は無用の長物なのに、ネットの道はどこまでもつづく迷路そのもので、万里の長城ほどの長い道のりを旅してきた気分が、糊で貼り付けたみたいに心に残った。

 間。
 しばらくしてマイページをリロードする。
 間。
 何か変わった?
 ん? 予約状況が「変更中」になっている。
 これでいいんだな、きっと。と自分に何度か言い聞かせて画面を閉じたのであった。
 
 いったん猜疑の目を向けると、とことん不信に駆られるようで、問題は解決したはずなのに、しばらくは不安で仕方がなかった。口頭でのやり取りなら「これで手続きが終了しました」とピリオドが打たれその場で安堵のため息つけるが、ネットの場合、確認ページで納得のいく回答を得られるまで時間がかかり、納得をゲットできるまで気が気ではない。
 散々ふりまわされてきたシステムに信用を置けなくなっていることも、情緒を毛羽立たせる大きな要因だった。
 
 ん、待てよ。そういえば誰も『解決しなかった場合』からコメントせい、とは言っていない。もしかしたら別のところに申請用のボタンがあって、そいつを見逃してしまったのではないか。間違った手順を踏んじまったのではないのか? 不安が不安を呼び、冒険代活劇の幕はまだ閉じていない予感が倒した万年筆の瓶から床に広がるインクのように陣地を拡大していった。
 
 猜疑連鎖はとどまることなく、聖戦はまだ最後を迎えていなかったのではないかという疑念が渦を巻き、インクは広がりつつ、底なしの地底へと滴り落ちていく。
 
 ハラハラドキドキは実はもう一幕はあったけど、結果は安心で結べた。料金をしっかり徴収する映画でさえ2時間で完結する。なのに手に汗握らせることができるかどうかもわからぬ愚話にこれ以上つきあわせるのは申し訳が立たない。もう一幕の内訳については、ご縁があれば別の機会に。
 
 何はともあれ、予約は完了。あとはよからぬ事態が(願わくばこれ以上)起きてくれませんように。

【そこにいることはわかっているのに、どうしても声が届かない!】


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