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春の夢。

 朝がたの風が清々しい。まるで失われたそよ風の春が戻ってきたみたいだ。朧な空気にそよがれてなよっと揺れる一輪の花のような頼りなげな心地よさ。陽が高くなれば壊れたサーモスタットは冷却業務を反故にしていきなり熱を上げる。つられて肉体はつい汗をかいてしまうけれど、それまで壊れずにいてくれるかりそめの春にひととき腰を下ろす。
 消え去ることが最初からわかっている幸せは辛い。ハッピーエンドは永遠につかみ取れない君との恋が、夜半過ぎ夢でうなされの儀を執り行った。わずか数時間前のことだった。

 ほうら、愛しの君がここにいるよと、底意地の悪い夢の番人が物陰からマリオネットの糸を巧みに操っている。「うしろで組めばわからなよ」と君に、背徳の文言を口にさせる。言葉を繰り出す唇は清く薄紅で、細くやわらかい。瞳はその奥にいけない意図を灯している。覗き込まずとも、それがわかる。それでも覗き込めば、落ちていく渦潮にきっと呑まれていったに違いない。
 うしろにまわした腕の先っぽを君の指がとらえた。とらえたのに弄び、とらえながらとらえ直す絡まりには粘り気があった。君の双眸には不道徳がぽっと燃えている。体裁は貞淑を貫きながら、芯に不埒を燃やしている。握り返そうとするとするっと身を翻し、交わされた背後を君の指先がとらえてきた。絡めとるけど捕まえさせない。そうした君の本意が指先に現れていた。
 君のお腹には嫁ぎ先で授かった種ですくすくと育っている、生まれくる赤ん坊がいるというのに。

 夢は覚めて消えた。春の幻想が日中の強い日差しで消えるみたいにして。

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