おとききお

こんばんは。おとききおです。 短い小説を載せています。

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カッコウが蘭を育てるまで

「カッコウは子育てしません」  洗いたての髪から心地よいシャンプーのにおいを漂わせながら、颯太が自慢げに言った。カッコウの親子が離れ離れになると知っていながら、その大きな目は悲しみの色を持たない。  西島家では土曜日の夕食後、親子二人で皿を片づけた食卓で中学受験を控えた颯太による理科の授業が開かれる。その日塾で勉強してきた事を披露する颯太を見て、我が子の成長を実感するのが西島にとって何よりもの幸せである。颯太の成績は良好で、社会を除けば模試で偏差値五十六を下回ったことはない。

    • 【短編小説】肉をぶたせて

       言われるがまま妻を殴った。 「もう一回。今度は頭をぶって」  岩が落ちたような重たく鈍い音が妻の体から鳴る。 「背中を叩いてください。思い切り強く」  私は無音のまましゃがみ込む妻の背後に周り、力を込めて背中を平手で打った。 「いやだ。グーでして頂戴」  私は平手を拳に変えて振り上げ、心を空虚にし、もはや妻を無機質な机か何かに見立てて殴った。妻が奥歯を噛み締めると、元から少し張ったえらがより強固に、くいと張る。殴る度、内臓が低周波で震える。妻がやめてと言うまで背中をぶち続け

      • 【掌編小説】煙

        「ウチの店、Googleの口コミに『店長がセクハラしてる』って書いてあるの」  パートの風見さんが、口からさっき休憩の時に食べていた辛いカップラーメンの臭いをむんむんと放ちながら、嬉々として教えてくれた。 「お客さんが目撃して書き込んだのか分からないけど、何故か星二つで」  別のパートの舟崎さんとの会議の結果、セクハラされたのは高校生バイトの新田さんに違いないという結論に至ったらしい。「店長はいつかそういうことをやる男だと前々から思っていた」と、あまりの好奇に口から勢い良く食

        • 春暁の偽者たち

          「春って苦いよね」  タケノコの天ぷらを食べた千紗が言った。啓太はふきのとうの天ぷらを取ってひと噛みすると、安い油がじゅわっと口に広がった後、追うようにして山菜の苦味がやってくるのを感じて、 「苦い」 と答えた。  千紗が手に持つピンク色に淡く濁ったサワーの色が、唇の色と同化する。千紗は薄めの唇を流行りの強い赤には塗らず、自然なピンク色に抑えており、啓太は好感を持った。 「あっ、おいしい」  サワーを眺めながら千紗が言った。啓太は、マツエクでこれまた控えめに縁取られた、二重で

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          甘いほう

           倉吉が、 「金井さんも水飲みます?」 と声をかけると、金井は 「ううん、大丈夫。ありがとう」 と小さく返した。  それを聞いた倉吉は、つい10分ほど前、 「金井さん、気持ち良過ぎます」 と言った時には、 「シホって呼んで」 と言われたのに、今度は訂正されなかったな、と思った。 「イチゴ持ってきたの。食べる?」 「食べます」  金井は倉吉の家に来ることを決して「不倫」という言葉では表現せず、初めてだった前回も、そして今日も「遊びに行っていい?」と言ったのは、多少なりともやま

          さあ、始まりました

           ラジオを聴く。ヒロシの田舎の娯楽と言えばそれくらいなものであった。二局しか入らない民放のテレビも遅くまで見ていると母親に怒られるから、宿題を片付けた後は布団に潜り、スマートフォンにイヤホンを刺す。ラジオアプリを開くと一瞬画面が真っ白になる。ヒロシにはそれが田舎に住む布団の中の自分と、洗練された東京の放送局とを繋ぐ合図に見えた。特に月曜の24時から始まる番組は第一回目の放送を聴いてファンになってから、一秒たりとも聞き逃したことがないくらい楽しみにしている。パーソナリティをして

          さあ、始まりました

          たとえば僕らをも煮たならば

          「真面目系クズって君のことだよね」  ひでぇこと言うなぁ、と笑いながら返す声は、少し震えていたと思う。ミカさんは掘りごたつで足をバタバタさせながらあははと笑う。たとえば笑うミカさんの耳で金色のピアスが揺れていなかったとしたら、こんなにも魅力的だったろうか。オレンジ色の照明が揺れるピアスに反射して僕に届く。  ミカさんはやっとお通しのごった煮を平らげ、小鉢を口元に持っていくと、残った煮汁をチュッと吸い上げた。 「浮気ってさ、どこからだと思う?」 「タケさんですか?」  ミカさん

          たとえば僕らをも煮たならば

          お前のカメラ・オブスクラ

          「……僕のいちばんの思い出は、中学二年生の時に行った修学旅行です。一日目の昼、朋哉、ハラケン、よっくん、僕の四人班で京都での自由行動。十一月上旬の京都は紅葉と木造家屋の色合いが染み入るように美しく、感動したのを覚えています。僕は先生に黙ってこっそりデジタル一眼レフカメラをカバンに忍ばせていました。親に頼み込んで買ったもらった新品のカメラで、修学旅行に行く前から自分の部屋に貼ってあるスターウォーズのポスターや近所の公園の松の木で撮影の練習を繰り返していました。  いざ京都に来る

          お前のカメラ・オブスクラ

          視点  5-ミツルの視点

          ( 1-ミツルの視点 からどうぞ)  誰かに左手を握られた。小さくて、やわらかくて、温かくて、少女のような、でも指先はちょっと硬くなっている手。すぐにソラの手だと分かった。好きな人と手を繋いでいると、ひとつになった気分になるんだと知った。ゆで卵の薄皮ほど手触りが良くて脆いヴェールに一緒に包まれているような感覚に陥った。スピーカーから出る音の波動がヴェールを震わせる。核になった僕らは倒れてしまわないよう、二人の力で立っている。ついには、ステージ上からぶちまけられる愛や夢に関す

          視点  5-ミツルの視点

          視点  4-ソラの視点

          ( 1-ミツルの視点 からどうぞ)  2回目のデートは行き先を告げず、ミツル先輩の家に迎えに行った。 「初めて行く場所かもしれないですけど、頑張ってガイドしますね!」 「うん、頼んだ!」  二人で山手線に乗り、渋谷で降りた。渋谷は何回か来たことはあるらしかったけど、ガイドしながらゆっくりゆっくりと歩いた。駅から井の頭通りに出て歩くこと数分、ライブハウスに到着。エレベーターを降りると、ちょうど私の好きなバンドのツーマンライブが始まるところだった。 「こっちです。ここにしましょ

          視点  4-ソラの視点

          視点  3-ユウタの視点

          ( 1-ミツルの視点 からどうぞ)  ミツルは大学で出会った親友だ。学科もサークルも同じで、1年の時に仲良くなった。でも、出会ってすぐの頃は俺の方に壁があった。これまで周りに視覚障がいを持った人がおらず、どのように接していいか分からなかったから、おっかなびっくり話していた。その内、後から思えば当然だしとても失礼な見方だったと反省するが、内面は普通の人間で、というかむしろかなり良い奴で、性格イケメンってこういう男のことを言うんだなと感心した。  去年、火曜は昼前に外国語の授業

          視点  3-ユウタの視点

          視点  2-ソラの視点

          ( 1-ミツルの視点 からどうぞ)  ミツル先輩は視覚障がい者だ。  だから、映画に誘われた時はびっくりして、 「え、映画ですか?」 と思わず聞き返してしまった。話を聞いてみると、そういう人向けの音声ガイドがある映画があるらしい。ちょうど見たかった作品だし、音声ガイドを体験してみたいという好奇心というか野次馬根性もあって了承した。というのは自分に対する言い訳で、本当はミツル先輩のことが気になっているから誘いを受けた。  ミツル先輩は優しい人だ。以前タツ先輩と三人で話してい

          視点  2-ソラの視点

          視点  1-ミツルの視点

           カレーと肉の焼ける香ばしい匂いで目が覚めた。向かいの定食屋、今日の日替わりはハンバーグカレーらしい。一ヶ月に二度ほどある当たりの日だ。今日はあそこに寄ってから大学に行こう。八分前に太陽から放たれた強烈な光線が、僕の部屋のレースのカーテンに届く頃には麗らかな陽射しとなり、僕の顔に差す。ほのあたたかく、心地が良い。 「アレクサ、今日の天気は?」 「今日の天気は晴れ、予想最高気温は25℃です」 「ありがとう、アレクサ」 「どういたしまして」 「もう梅雨、明けたかな」  顔を洗い、

          視点  1-ミツルの視点

          娘からのお年玉

          「お母さんが預かっておくからね」 というセリフが嘘だと気付いたのは、小学三年生の頃だったと思う。  年を越すといつも母親のコートが増えていった。それを咎める父親が私にはいなかったし、母に反抗するといつも即殴られていたので、私のお年玉が消えていったとしても、誰にも訴えることが出来なかった。  母からの連絡を絶ってもう十年になる。  どうしても、ということで叔母がたまに連絡を寄こして来るのだが、最近は老人ホームでボケ始めているらしい。この間訪ねて来た時には、 「一回くらいは行っ

          娘からのお年玉

          星月夜

           昨年末の彼はM-1グランプリにのめり込んでいた。インターネットで配信される予選動画を毎日のように見て、 「今年はミルクボーイと金属バットがアツい。あと、くらげってコンビが面白いんじゃないかなぁ、分かんねえけど」 と言っていた。最近彼が多用する、 「分かんねぇけど」 というセリフは、どうやらくらげというコンビのひとくだりを模したものらしかったが、私にはよく分からなかった。  決勝の日は昼過ぎから始まる敗者復活戦を見るため、うきうきしながらテーブルの上に色違いのマグカップを並べ

          STARK

          シルバーのワゴン車、と言われても由希は車に詳しくないし、運転席に座っている人の顔がよく見えなかったため恐る恐る近づいていった。助手席側のドアの前に立っても涼助はスマホをいじったままで気付く様子はなく、由希はいきなり開けて良いものか、或いは先にノックをするべきか逡巡した後、か弱くコンコンと二度窓を叩いた。 涼助はスマホを傍に置き、体を助手席側に伸ばしてドアを開けてくれた。 「由希ちゃんおはよ」 「あ、おはよう」 「今日もお洒落だね」 「あ、いや、全然。今日は迎えに来てくれてあり