見出し画像

夢の忘れもの、物語

ある昼下がり
大きな木の下

母の隣に寝転び
木漏れ日の間から空をみていた

その内にうとうとして
いつの間にか眠りに落ちてしまった

目覚めると
知らない世界にいた

画一的な建物が立ち並び
通り過ぎる黒い影は
あっという間に見えなくなる

全てが速さに支配されたような
整然とした世界

建物のガラスに映る私は
大人になっていた

「君、黒くないね。それに動きが遅すぎる。
 邪魔だ。これを食べなさい。」

目の前の黒い男に、
黒い林檎のようなものを差し出された

生まれてはじめて言われた言葉

幼い狭い世界の人生は
ひとりで過ごす時間が長すぎて
他人との距離のとり方が掴めない

邪魔になってしまうなら、
ひとまず食べてみようか

ひと口食べると

胸の奥にあった何かが
凍りつきはじめた

そこからの記憶はあまりない
ただ長い時間、黒い影たちの中で
永遠と同じことを繰り返して
求められる自分像を淡々とこなした

その内に過去の記憶さえも
灰色になっていくような
色を失う感覚に支配されていく気がした
胸の奥にあったものは完全に凍りついていた

パッと目が覚めた

気がつくと母が心配そうに
こちら見ている

その目をみても何も感じない

母の語りかける言葉の温度が
異様にうっとうしく
居心地が悪い

なぜ?

それから毎日
母は私を抱きしめた

何も感じない
機械のようにその動作を受け入れる

そんなある日、
母がこの世界からいなくなった

こんな時でさえ、まるで他人事のように
何も感じなくなっていた

もう誰も私を抱きしめる人はいない

あの街の夢のように毎日が
色を失ったまま通り過ぎていく

それからどれだけ時間が流れただろう

あの夢の日以来、
久しぶりに訪れる
大きな木の下に寝転んだ

母の夢をみた

また昔のように
私を抱きしめるのだけど
その腕は冷たい

今にも消えそうにそこにいる

小さな呟くような声が
心の奥底に響いた

消えないでほしい
そこにいてほしい
ひとりにしないで

そっと溢れた涙が
あたたかかった

母の眼差しは
やさしく微笑んで消えた

目覚めたら、
サワサワと木漏れ日だけが揺れていた

だけど、
あの眼差しのあたたかさだけは
確かに胸の中に残っていた

もう忘れないよ

木陰から出る
太陽が眩しかった

風が吹いてふりかえると
母の影がそこにいた気がした

胸の奥は少しずつ溶かされていく
あなたが残した
そのあたたかさに


ナウシカさん、
薦めていただいた歌でお話書いてみたけど、
淡々としてしまいました..😂

知らぬ間に 失くしちゃうから
心に深く刻み込んだ
あなたの眼差し

藤井風「優しさ」

写真 ゆきみ様