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淡々と綴る、ひとり旅

永遠と平野が続くような
街外れの田園地帯を
電車に揺られる

ロングシートの座席には
ほとんど人がいない

隣に座っている男の子は
お母さんと遊びに遠出かな?

座席に膝をのせて
窓の向こうの景色を眺めながら
あれは何?と話しかけている

しばらくして振り返ると
川の向こうに海がみえた

男の子とお母さんは
きっとここで降りるのだろう

小さな頃、ここに遊びにきて
ラクダにのった記憶がかすかにある

目的地はもっと南

今回は誰にも何も言わず
文字通りのひとり旅

途中より道をして
小さな城下に立ち寄る

駅前のレンタサイクルで
自転車を借りる

趣ある石畳の道で自転車を押していると
紅や白、黒の混じった鯉たちが
側溝の中を泳いでいた

目的地はお城だけど
観光案内板を見ながら
どのルートで行こうか迷う

ひとまずこの道を歩いてみようか
方向音痴なくせに
当てずっぽうで道を進んでいく

いい雰囲気の雑貨屋さんを
見つけて立ち寄る

この街の杉製品のお店のようで
スーっとした香りが店中に漂う

神話に登場する神々のお面が
飾られていた

アマテラスはやっぱり美人だ

木の香りに癒されて店をあとにすると
何だかお腹が空いていた

カフェはないかな、と歩いていると
目の前に「カフェ」と書かれた
大きな木の看板を見つけた

小さな坂をのぼり民家のような
建物の扉を開ける

「いらっしゃいませ」
ご夫婦らしき二人が厨房に立っていた

手前には、
外の緑を絵画のように切り取る横長の窓と
木の長テーブル

奥には
黒いドラムが置かれていて
そこだけ纏う空気が違っていた

いや、
ご主人の持っている空気だなぁ

苺のかき氷と珈琲を頼む

しばらく外の緑にぼんやりとしていると
ちょうど良いサイズのかき氷が運ばれてきた

ひと口

口溶けの良い冷たさと
いちごのほんのりした甘さが
身体に染みていく

少し冷えたなと思う頃に
奥さんがホットコーヒーを出してくれた

苦味もちょうどよく、深いブラックが
なんだか落ち着く

お陰で
外に出る時は暑くも寒くもなく
そのまま城へ続く坂道をのぼっていく

自転車をとめて

山沿いの階段をのぼる
道沿いに見下ろす校庭から
子供達の声が響いてきた

あ、こっち裏道。間違えた。
まぁいいか。

坂をのぼりきると
いつからそこにあるのかと思うほど
立派な杉が等間隔に植えられていた

その緑の中をゆっくりと歩く
この香りは母の故郷のものと同じ

さらに上へ続く階段をのぼっていくと
小さな城がみえた

コンパクトな分、じっくりと
その造りをみることができる

派手さはないけれど
静かな気品と情緒が漂う場所

特に、窓の切り取る景色の美しさが
小さな城ならではだった

大きく高い城では
決して切り取れないものが
そこにはあった

閉館時間が近づき
正門の石段を降る
太陽の色が変わっていた

お土産屋さんに立ち寄ると
おばあさんがひとり座っていた

私と同い年くらいの孫が遠くにいること
病気を患っていて、毎週2時間半かけて
病院に通っていること

色んなことを語ってくれた

この街が好きだけれど、この街が持つ不便さが
歳をとると大変だと言っていた

そう、田舎にいると助かる命も
助からないことがある
ある種の覚悟をもって生きなければいけない

それでも離れられない
離れたくない場所があるのは
ある意味うらやましかった


写真 久郷ゼロさま