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2時間だけ現れる島

知らない港に着いた
見知らぬ海人のような人たちと
小舟に乗る

知らない潮の香りがする

小さな船いっぱいに
ぎゅうぎゅうに
押し込められた私たちは

大きな波がきたら
ひとたまりもなく
転覆するだろう

大きく揺れる度に
水面が近くなる
その度に心には
怖さの波が押し寄せる

船が着いたのは
泥と小さな砂利の島

あちこちに
大きな水たまりができている

星の王子様の星より
少し大きいくらいの
5分か10分くらいでまわれる島

潮が大きくひいた時にしか
現れないらしい

小さな小舟が
浜にいくつも上げられている

「今日は潮干狩りに行こうね」

そう言った両親は
詳しい説明もなく
せっせと熊手でアサリを探している

最初はアサリを探そうと
熊手で泥をかき分けたけれど
そのうちに飽きて
この小さな島を探検することにした

歩いていると
小さな鯨の死体が転がっていた

生まれてはじめてみた
鯨という生き物への驚きと
死んで腐敗がはじまったものへの
怖さとが入り混じっていた

海にも生と死がある

この島に潮が満ちたら
この子は海に還るのだろう

ぐるぐると島をまわって過ごしていると
だんだんと海がせまってきた
このまま海と一緒に沈んでしまうのではないか

幼い私は
両親に「帰ろうよ」と言いに行く

両親の網の中はいつの間にか
アサリでいっぱいになっていた

私が見つけたアサリは
もうどれだか分からない

晩御飯はアサリの味噌汁が
出てくるだろう

帰りもまたぎゅうぎゅうの小舟で
もときた港に戻っていく

日暮時は
海の青が濁ったように
みえてくる

この潮の香りは
すっかり私になじんでしまった

港がそこにみえると
緊張した心が
そっとほどけていく

今夜はきっと
海の夢をみるだろう