見出し画像

【短編】とんねるをぬけると

登場人物
片桐眞子
片桐朱音

○学校(夜)
満月。整然と並ぶ勉強机の列の中、一等汚れている机が照らされ る。机の上にはガラスの花瓶と白い菊の花。
窓の外に白い手が張り付く。教室の窓が開く。片桐眞子が教室をのぞく。誰もいないのを確認すると、眞子は窓から教室に侵入する。

眞子「朱音の机ってさ、一番奥の机」
   制服姿の片桐朱音も教室に侵入する。
朱音「うん」
眞子「窓際の」
朱音「うん」
   眞子は手に持った懐中電灯で、机の上に咲く菊の花を照らす。
眞子「花、咲いてるけど」
朱音「言ってた通りでしょ」
   花が咲く机に近づく、眞子。
眞子「ひどいね。傷だらけじゃない」
朱音「それもいったよね。証拠のレコーダーは机の奥に隠してるから、それとって早く帰ろう」
眞子「待って。写真も、撮っておいた方がいいよね」
   眞子は携帯のカメラで傷だらけの机を撮影する。
眞子「ドラマみたいね」
朱音「でも違うから。誰も助けてくれないから、だから自分で戦うって決めたの」
眞子「ごめんね」
朱音「なんで謝るの」
眞子「だって、お母さん気付けなかった」
朱音「大丈夫。あたし、もう決めたから」
眞子「ごめんね」
朱音「大丈夫。あたしね、もう最近じゃ涙も出てこないんだ。感情が錆びついちゃったんだね、きっと。あいつらをさ、裁判にかけて一生を台無しにしてやることとか、先生の顔写真をネットに載せてやるんだとかさ、そういうことばかり考えて過ごしてたから」
眞子「朱音。お母さんはもっとひどいこと考えたよ」
朱音「どんなこと」
眞子「朱音はさ、どうしてお母さんが夜中に忍び込もうって言ったかわかる。不思議に思わなかった、明日でもいいんじゃないかって思わなかった」
朱音「だって、それは。一日でも早い方がいいから」
眞子「違うの。お母さんね、確認しなくちゃいけなかったの。自分のやったことが、正しかったかどうか」
朱音「何の話し」
   眞子は朱音に近づいて、抱きしめる。
眞子「九月十一日にさ、テロがあったじゃない。その時お母さん思ったんだよね、テロリストは絶対に許しちゃいけないって。その時よ、死刑制度反対の活動やめたの。気が付いちゃったのよ、お母さんはさ、こっち側の人間じゃないんだなって」
朱音「お母さん。帰ろう」
眞子「うん。朱音はさ、どう思う」
朱音「いいんじゃないの」
眞子「ウソ。あんたは反対派じゃないの」
朱音「苦しいよ」
眞子「ごめん」
   眞子は朱音から離れる。
朱音「帰ろう」
眞子「あたし、あんたを尊敬してる」
朱音「家で聞くから」
眞子「家じゃいえないよ、これからする話は」
朱音「でも、警備の人きちゃうかもだし」
眞子「お母さんもね。いじめられてたの。でも、あんたみたいに強くなかった」
朱音「あたしだって強くなんかないよ」
眞子「でもお母さんはね、死のうとしたよ。バカよね、カッターを制服のポケットに入れてね、次死ねって言われたら、本当に目の前で、このカッターで死んでやるんだって思ってた」
朱音「でも、お母さんも死んでないじゃない」
眞子「だって、それは、相手を刺したからね」
朱音「相手の人、どうなったの」
眞子「殺せはしなかった。でも右目を失明させて、でもうやむやになっちゃった。母さん謹慎にはなったけど、ニュースにもならずに、ひっそりと処理されたの。卒業も出来たし。でもそれはどうでもいいの、いいのだけれど」
   朱音は椅子に座る。
朱音「その話、長くなるよね」
眞子「やっぱやめとこうかな」
朱音「あたし聞くよ」
眞子「今の話聞いて、どう思った」
朱音「どうって。どうだろう」
眞子「母さんがやったこと、間違ってるって思ったかどうか」
朱音「いや、だって。仕方なかったんでしょ。わかるよ」
眞子「あんたは考えなかった」
朱音「死ぬってこと」
眞子「違う。殺すってこと」
朱音「じゃ、ない。死ねはあるけど」
眞子「それはいじめてたやつに、死んで欲しいってことよね」
朱音「それは思うよ」
眞子「今頃何してると思う」
朱音「長崎の旅館でまくら投げかな」
眞子「死んでたりしてね」
朱音「だったらいいけど」
眞子「そう思ってるんだ」
朱音「思ったっていいでしょ。想像するくらい」
眞子「うん。死んでやるよりも、死んでしまえの方がよっぽど健全だもんね」
   眞子は菊の花の咲いている席に座る。
眞子「朱音。お母さん、実は今朝、修学旅行のバスの見送りに行ったの。運転手さんに差しれを持って行った。なんだと思う。コーヒー。ただのコーヒーじゃないのよ、毒が入ってるコーヒー。お母さん、自慢じゃないけど結構頭がいいでしょ、ちゃんと計算してゆっくり効く毒を選んだつもりだったんだけどね。自分でもびっくりするくらいうまくいったの。出かけにニュースになってた。なんていったかな。あの心霊トンネルのとこ、トンネルを抜けるとカーブになってて、事故がよく起こるとこ。あそこにね、バスがつっこんじゃって。谷底にまっさかさまだって、誰も助からなかった」
朱音「千と千尋だったよね。トンネルを抜けると、不思議の国でしたってシーエム」
眞子「お母さんはね、トンネルを抜けると、そこは雪国でしたってのを思い出した」
朱音「それ誰だっけ」
眞子「川端康成」
朱音「だれだっけそれ」
眞子「小説家」
朱音「ふーん」
眞子「どんな気持ち」
朱音「別に。ふーんって感じ」
眞子「なんてね。どこまでが本当だと思う」
朱音「いじめの話は本当。バスの話はウソ。だって私、今朝バスを見送ったから」
眞子「じゃ呪いってことにすればよかったね。でも事故は本当。したかったのも本当」
朱音「ねぇ、お母さん。手を合わせてくれる。一緒に」
   朱音と、眞子は手を合わせる。
眞子「善人尚もて往生をとぐ、いわんや悪人をや」
朱音「えっ、なにいきなり」
眞子「これはね善人でさえも往生出来るのだから、悪人が往生できるのは言うまでもないことですっていうありがたい言葉」
朱音「川端康成」
眞子「親鸞」
朱音「レコーダー、意味なくなっちゃったね」
眞子「そんなことないでしょ。お母さんは、いまでもあの時のカッターを隠し持ってる」
朱音「自分が正しかった証拠として」
眞子「どう思う」
朱音「さぁ。それよりお母さん、私ね、やっぱり、完全に感情がさびてるみたい。いまなんにも感じてないんだもん。事故が本当に起きて、谷底にクラスメイトが落ちたってきいても。それかあたしもそっち側の人間なのかな」
眞子「親子だからね。でももうその話はいいや、忘れることにしよう。今日はこれだけ覚えておいて。やったのはあたしかもってこと。さあ帰りましょう、コンビニで甘いものでも買って」
朱音「丼サイズのプリンが出たんだって。それ買ってよ」
眞子「一人で食べきれる」
朱音「食べきれなかったら、一緒に食べればいいじゃん。買ってよ」
眞子「どうしようかな」
朱音「お母さん。あたし、お母さんは正しかったと思うよ。たぶん正しかったって」
   眞子微笑む。

   二人立ち上がり、外に出ていこうとするが、一瞬間立ち止まる。
   朱音が机の上の花瓶を、教壇の上に移動させ窓から出ていく。
   窓が閉まり、月が隠れていく。

   残された光が、教壇の上の白い菊を照らす。
                        おわり。

※上演許可に関しては otogisha0831@gmail.com までご連絡下さい。

※楽しめましたら下記より記事を購入下さい。(記事は以上で全文公開です)

ここから先は

10字

¥ 100

まずは記事を読んで頂きありがとうございます。もしもサポートを頂く事があれば、次回公演の制作費の一部として使わせて頂きます。いちかわとも。