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やってみなきゃわからない。

体力の衰えをビシバシ感じる今日このごろ。

白髪さんが、ちらほらから、ここもここも、になったし、日が沈んでからのボレ(犬)との散歩は、暗くて周りがあまり見えずにハラハラ。

そんなこんなの、半世紀近く生きてきた重みは全身で感じるのだけど、孔子さんいわく「50で天命を知る」のような、人生の目標がクリアになる感じは1ミリたりともせず、日々惑いまくり。

そこで、先日、友人にコーチングを受けた。結果、受けてよかったです。

正直にいうと、受ける前は迷っていた。「結局、わたしの目標は、わたし自身が努力して解決するしかないんだから、相談してもなぁ」と思っていた。思いこんでいた。

でも、実際に受けてみたら、まったく違っていた。
話しながら、新しいアイデアが浮かんだり、難しいと思っていたことが意外に簡単だと気づいたり。なんというか、周りの景色がより明確に見渡せるようになった感じ。わたしが今どこにいるかわかれば、次の一歩が踏みだせる。

この気づきだけでも、ほぉすごい! なんだけど、もうひとつ思ったのは、想像だけで語るのはダメねーということ。知ったかぶりはアカンねー本当に。


大人になってからのわたしは、先の流れをつい自分の思いこみで決めてしまう。今までの経験から判断して、何事もその経験の延長上にあるようにみてしまう。やってみる前から、こう思うのだ、どうせね、と。

でも、だ。
振り返ってみて考えると、物事が想像どおりだったことなんてある? いや、ない。そこの、そのいちばん大事なとこ、最近忘れてた。

やってみなきゃわからないのだ、何事も。

犬を飼うと決めたとき。それまで飼った経験もなければ、むしろ動物は苦手だったわたしが、新しい世界を知りたくて飛びこんだあのとき。

日々の笑顔の源がボレになり、毎日おはよう!と声をかけ合う犬友ができ、最近ではコロナ渦で励ましあったり、犬友とジョギングしたり、さらに仕事まで一緒にする仲間ができるなんて。11年前にブリーダーさんを回っていたとき、こんな幸せな犬ライフをまったく想像できなかったよ。

文章がうまくなりたい、という思いで始めた note だって。

今は、文章のスキルアップよりも、書くことで、自分の気持ちに向き合う時間が取れていることに意義を感じている。せわしない毎日で“リアクション”ばかりで過ごしていたことに気づき、自分のアクションを大事にするようになれた。

何事もやってみなきゃわからない。

このことは子どもも大人も変わらないんだね。

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ボルネオ島のクチンで食べた汁なし麺「コロミー」。醤油と香味油系のあっさりした味で、豚叉焼のコクがアクセント。暑いなかでも何杯でも食べられる味。料理だって、食べてみないと味はわからないもんね。

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