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顔の見えない女とのドライヤー戦争

彼氏やセフレの家の洗面所にはパンドラの箱で溢れている。
何かあるはずと意気込んで見付ける場合もあるし、ふとした時に見付けてしまう場合もある。

例の彼との話である。

最初は私も偶然だった。
例の10年思いを寄せる彼の家、泊まった翌朝シャワーを浴びてドライヤーを使う。
違和感がある。
ドライヤーの先のノズルの向きが、いつも使う向きとは違く縦になっていた。
新たな敵の登場だ。

10年も一緒にいればこんな事は珍しくない。
気になるのは、ラウンジの女の子をランダムに連れ込んでいるのか、それとも特定の女の子がいるのか。
私にとっての脅威は、後者の特定の女がいつか彼女に昇格する事だ。

この数ヶ月行くたびにドライヤーでその女の存在を感じる。
ゴミ箱に捨てられた使い捨ての歯ブラシ。
彼が旅行先のホテルで貰って来たアメニティを私の為に持ち帰って来てくれたのだが、日に日にメイク落としが減り、先日ついに捨てられた。
お風呂場やリビングに落ちているセミロング位の茶髪。
綺麗に畳まれたバスタオルや下着。
鏡裏に置かれた安物のヘアクリップ。

このヘアクリップを見た時、茶色のべっこう風の風貌に見覚えがあった。
良くラブホテルのアメニティで置いてある、持ち手がハートになっている使い捨ての物。
他の男とラブホテルに行く様な女がある程度のポジションにいる事が許せなかった。
その日、彼の部屋のゴミを捨てる時にその安クリップも一緒に捨ててやった。


つい2週間前、彼は引っ越しをした。
引っ越した当日、とても居心地が良いと彼が写真を送って来た。
ふざけて「新居で早く抱いてね。」と送ると「先週したばっかでしょ。笑」とやり取りをした。
引っ越して1週間足らずの日に初めて新居へ遊びに行った。
9月に入ってから雨の日が続いていたので、洗濯物が部屋に干されていた。
この日、彼は友人との北海道旅行から帰って来たばかりだったので、一度一緒に家に戻りシャワー浴びて出掛ける身支度をしていた。
やる事もないので部屋干しされた洗濯物を畳む。
とても綺麗に干されている。
パンツや靴下が同じ向きに整列し、明らかにあの女が干した様だった。
「あ、洗濯物ありがとねー」
と、悪びれる様子もなく彼が出て来る。
私はこの10年で殆ど他の女性の事で愚痴や嫌味を言った事がない。
6年位前に
「メイク落としとかコンタクトの保存液とか、貴方は使わないくせに堂々と洗面台の上に置くのは失礼だ。私が来るって分かってるのに、他の女が泊まった後にゴミ箱を綺麗にしないのも失礼だ。」
と後日談で冗談混じりで駄目出しを一度したのが最初で最後だ。
一緒にいる間は笑って楽しく過ごしたいと言った思いが強い為、それ以来言わない様にしている。

なんとなく、自分は特別だと思っていたので、引っ越してから旅行までの僅か3日の間にあの女に先を越されるのが悔しくてたまらなかった。

この時、ヘアクリップを発見した時よりも段違いのレベルで、私の中で何かが溢れ出した。

小さな反撃に出る。
ドライヤーのノズルの向きを横に変え、コードをいつもとは違う巻き方にして引き出しに戻した。
これが俗に言う「マウントを取る」と言う事なのだろう。
次に彼に会えるのは3週間後位だろうか。
その時は確実にドライヤーのノズルは縦になっている予感はしている。

歴史上の大きな戦争のきっかけは些細な事の方が多い。

この私の小さな反撃はドライヤー戦争の開戦なのだ。

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