読書感想文 破船
ネタバレ、あらすじありの読書感想文です。
タイトル 破船
作者 吉村 昭
出版社 新潮文庫
あらすじ
17軒だけの貧しい漁村は、村おさが中心となった閉鎖的な社会だった。
男は海で漁をし、女は山で木の皮を剥ぎ糸にして織物を作る。冬は村人総出で塩を作る。干物や塩を隣村に売って穀物に替え、なんとか生活をしている。死者は赤子として生まれかわると信じられていて、子を堕胎することはゆるされず必ず産む。すると食い扶持が増え、より貧しくなる。
そこで、男や女は年季奉公に出る。前金がもらえ、口減らしにもなるので食い詰めた家では誰かが、売られていく。
九歳の伊作の家でも父が三年の年季奉公に出て行った。男として家や家族を守りたい伊作は、漁の腕をあげたい。そんな時、夜の塩焼きにかりだされ、大人になれたと喜ぶ伊作だが、夜の塩焼きには、村の秘密があった。
塩焼きの火を灯りと勘違いさせ、商人の船を誘い寄せ、座礁させるのだ。
村では「お船様」と呼び、座礁した船の乗組員を殺し、積み荷を奪って生活の糧とすることが、村の風習だったのだ。
「お船様」が来れば年季奉公に行く必要がない。村人は「お船様」を待ち焦がれていた。そして、とうとう「お船様」が現れ、積み荷の米俵が村人に分け与えられ、村は豊かになった。
そして、次の年。また「お船様」が現れた。
だが、積み荷はなく、中では赤い衣服を着た死人と赤い猿の面が残されていただけだった。智恵のある村の老人は、赤は縁起の良い色で、良い織物を使っているから赤い衣服だけでも村の女子供に分け与えるべきだと言うが……
感想
本屋大賞 超!発掘本だったので、読んでみました。
古い作品ですが読みやすい文体です。民俗学的な考証もされているのではないでしょうか。生活やしきたりがとてもリアルに描かれています。
閉鎖的な漁村のしきたりは、恐ろしいのですが、リアルです。
死者の弔い方、自殺者の扱い、「お船様」を呼び寄せる儀式。
船を灯りで呼び寄せて座礁させ、水夫を殺し、積み荷を奪うなどおぞましい行為であるにもかかわらず、村では「神事」のように思われ、罪の意識はない。だが、その船が商人のものではなく藩の船だとわかると、お上の罰を恐れて、自ら申し出る愚直さを持っている村人たち。お上や藩の役人のことは、恐れて抵抗する気配もない村人たちの、善悪の基準のあいまいさ。
だが、村おさが言えば、それが正しいことのように思えてしまいます。
漁村での生活も、船の操り方や、サンマの漁法など詳しく描かれていて面白いです。
伊作の淡い恋心が見え隠れするのも、読んでいてほっこりします。
赤い衣服を着た死者は、天然痘の死者で、赤い衣服を介して村を天然痘が襲います。疫病が村に蔓延し多くの死者が出て、治った村人も死を覚悟して村おさと共に山に入っていく。
最初から最後まで、貧しさ、飢え、過酷な労働、暴力、死、が淡々とした文章で描かれて、幽霊や妖怪が現れる訳ではないのに、恐ろしいです。
それでいて、最後は伊作の待ち焦がれていた父が戻ってくるという、わずかな希望の光が見える終わり方で、読後感が悪くないのも秀逸です。
でも、コロナ禍の現代、この物語を読んでいると未知の感染症に対峙する人間の智恵というものを考えてしまいます。
天然痘という恐ろしい感染症に、感染して死ぬ者、感染しても自力で治る者、感染しない者がいるわけです。そして、天然痘から身を守るために当時は祈りや赤い衣服を着るということが信じられていたわけです。
ワクチンや薬が存在する現代の人間から見れば、迷信のように思えることですが、現代の人間がコロナウィルスに対してワクチンやマスクを信じていることが、遠い未来の人間からみれば不思議に思われる行為かもしれないって可能性だってあるんじゃないかしら?ってちょっと思ってしまいました。
コロナのない時代に書かれた作品だけど、人間が信じる「赤い衣服」という存在は、未知なるものに対して必ず存在するんじゃないかしらって思ってしまいました。