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読書感想文 荒地の家族 佐藤厚志

芥川賞受賞作品です。仙台の書店員をしながら作品を書いておられるという作家さんです。この方の作品は初めて読みました。
芥川賞受賞作品と言うと、読みずらい作品も多いのですが、この方の文体や表現は読みやすいものでした。

あらすじ、ネタバレありの読書感想文です。

ひとり親方の植木職人祐治は、独立した直後に震災に見舞われる。震災の二年後、4才の一人息子の啓太を残して妻晴海はインフルエンザで亡くなる。その6年後再婚した相手、知加子は子供を流産したことから一方的に出て行ってしまった。
祐治は母和子と息子啓太と暮らしているが、高学年になった啓太との接し方が難しく感じられてきた。
祐治の同級生明生は、別れた妻と子を津波で亡くし、今は酒ばかり飲んでいる。健康上の問題も抱えている明生は、密猟にも手を出しているようだ。明生は昔祐治の妻晴海のことが好きだったことで、祐治と明生の間には、わだかまりがある。
晴海が死んだことも、知加子が流産したことも、祐治は自分のせいのように感じてしまう……

特別ではない、どこにでもありそうな、平凡な男祐治の人生が、静かに語られます。祐治の中に存在する様々な感情が丁寧に描かれています。祐治は自分に降りかかった不幸を他者のせいにはしない。すべて自分のせいではないかと感じる人なのです。

東北在住の作者は、「震災」とか「津波」とかいう言葉を使わず、「災厄」とか「海の膨張」という表現を使っています。
そこに作者のどんな気持ちがあるのかは推しはかるしかないけれど、ニュースや世間で使われる「震災」や「津波」という言葉は、人々の好奇心という手垢にまみれている気がして、使われなかったのかな?って私は想像しました。
震災から時が過ぎて、巨大な防潮堤が作られ記憶にある浜とは姿がかわってしまった。
復興と言っても、決して元に戻ったわけではないのですね。

この作品の作品情報の一節
元の生活に戻りたいと人が言う時の「元」とはいつの時点か
元に戻れずあがく主人公の存在は、災厄にあったすべての人の気持ちなのかもしれません。

厄災から時が過ぎ人々は生きています。
前向きに新たな人生を歩んでいる人もいるでしょう。深く語られないけれど、百貨店の同僚や上司、身内にガードされ生活している知加子などは周りが認めるような新たな人生を歩み始めているのかもしれません。そうでなければ、周りの人たちがあれほど協力的にはならないでしょうから。彼らの目から見れば、祐治が過去にとらわれている亡霊のように見え、それから知加子を守りたいと考えるのかもしれません。
祐治自身はやり場のない感情を抱えています。
そして同級生の明生も、ままならない生活を送っています。
それでも一人息子の啓太を育て上げなくてはという使命感を持っている祐治と酒におぼれていく明生の生き方は違っています。
とはいえ、祐治が啓太を失っていたら、明生の妻子が生きていたらと想像すれば、二人の生き方は逆転していたかもしれません。

生きづらいのは、災厄のせいだけではないのかもしれないのです。
仮に、災厄にあわなかったとしても、晴海は亡くなり、知加子とは別れていたかもしれません。
祐治ははたから見れば、すでに災厄から立ち直り、一人息子を育てながら生活しているまっとうな大人に思えます。
でも、その心の奥底は空虚で、無心に汗を流して植木に対峙している時だけ生きていることを感じているように思えます。
でも、植木職人であることが好きではないし、こだわりもないから、仕事が生きがいであるわけでもない。
災厄があろうが、なかろうが、祐治はこんな人間なのかもしれません。

それでも災厄が彼の人生を変えてしまったのは事実です。
自分の家族だけではなく、彼とは関わり合いのない多くの家族をまきこんだ悲劇だということを、彼は時が過ぎて改めて思いをはせるのです。
自分が安全地帯にいたことに後ろめたささえ感じている。
本当に、苦しいですね。

私は、東北は行ったこともなく、知人、親戚などもいないので、縁のない場所です。だから、震災のニュースや特集番組を見ることで得た知識を元に、惻隠の情を感じていました。
でも、それは大きな心得違いだったなと、この作品を読んで感じました。
私にとって東北の震災は他人事で、映画の登場人物を見るようにそこに生きる人々を観ていたなと感じました。
この作品は静かだけれど生々しい、そこに生きる人々の虚無感が描かれていて、読んでいると苦しくなりました。

震災の艱難辛苦を乗り越えて、新しい人生に歩みだしていく人々や、そんな人々を応援するような人と人の絆を描くようなドラマやドキュメンタリーや特集をテレビで目にすることは頻繁にありました。
時が過ぎでも、忘れてはいけない。
忘れはしない。けれど、私は前に進むのだというスポ根ドラマのような健全でポジティブな精神がもてはやされる一方で、これほどの閉塞感と空虚な思いにさらされて今も生きている人がいるということを、この作品を読んで知った気がします。

命を諦めた明生を責めるでもなく、ひきずられるわけでもなく、生きていこうとする祐治の姿と、希望の見えるラストに救われました。

何度も読み返したいとは感じませんでしたが、震災に見舞われた人の生々しい本当の感情を垣間見た気がします。

読書により初めて気づく感情や状況を教えられた気がした作品でした。




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