片腕のココロ、子供ゴコロ
横浜家の父・ユタカは、テレビ局のアナウンサーだった。いわゆる業界人だったので、子供の登校時は寝ていたし、夕食時には不在、帰宅は子供たちが寝てからと、とにかく、子供ライフとの接点がとても少ない人だった。
休みも不定期で、週末はいないことがほとんど。仮にいても昼頃まで寝ていたり、書斎にこもって何かしている感じだった。ただ、記憶の中では、数えるほどではあったけれど突然休みになることもあり、家族と一緒に時間を過ごすこともあった。
ヨーコによれば、ユタカは本来、子煩悩な人だったらしいが、なにしろ子供ライフも娘の扱いもまったくと言っていいほど知らない、いわゆる昭和な父だったので、たまに一方的に提案されるユタカの「遊ぼうぜ」は、子供ながらに戸惑うものだった。
そして、突然の休みが訪れたある日。ユタカはひかりの両手を引っ張って「高い高~い」のようなをことしようとした。そう、「遊ぼうぜ」の時間だ。父の頭の中には、きゃっきゃと喜ぶ娘が描かれていたが、現実世界ではひかりの左腕が「ゴキっ」と音を立て、垂直状態に上がったまま降りなくなるという顛末が待っていた。大泣きするひかり、気まずい父、慌てる母。「たまに家にいると思ったら、ろくなことしないっ」とでも言いたそうな目で(実際のところ、言葉は口から滑り落ちたかもしれないが)、母は「んもー」と言った。そう、ヨーコは結構手厳しいのだ。
ひかりの左腕は上がったまま。ヨーコは大泣きするひかりを連れて、団地内の救急病院まで歩いた。受付を済ませ、待合室で待つ母娘。シクシクと泣くひかりの腕は相変わらず垂直に上がったまま。時間は静かに過ぎていった。
ようやくお医者に呼ばれ、上がったままの片腕とともにトボトボと診察室へ向かう親子。涙はいつしか止んでいた。ことの顛末を話す母の横で、お医者を見つめるひかり、うなずくお医者。
「ゆっくーり、おろしてごらん」。そのお医者は優しく、ひかりに声をかけた。
次の展開を緊張感をもって見守るヨーコの前で、ひかりの腕はお医者の言葉に合わせて、素直に「ゆっくーり」と降りて行った。びくともしなかった左腕が、どうしてお医者のひと声で降りたのか。子供ゴコロとは妙なもの。
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