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建築家へ聞く 音環境への気づきから学ぶ吸音の効果 その1

 一般の建築設計において設計の段階では、空間のデザインへ重点が置かれがちで、音環境への意識はそれほど高くないことが現状です。しかし、実際に建築物が出来上がりその利用が始まってから音環境の問題に気が付くケースが多々あります。そこで、実際に建築家として活躍されている方へ、これまでの設計活動において気が付いたことや、現在の設計で工夫しているポイントなどを聞いてみました。

 今回、ご協力いただくのは、建築家の藤江創氏です。
藤江氏のお話を聞き、今回の対象となるご自宅へ実際に訪問して、空間の響きを体験してきました。


■藤江氏にいろいろとお話を伺ってみました

Q:これまで設計した建築物で、音環境についてどの様なご認識を持たれていますか?

-独立前に体育館の設計を担当した時に、音環境で吸音の大切さを感じました。体育館のように大きい空間を設計する際は、吸音に配慮する必要を感じていましたが、住宅などの家具が沢山ある小さな空間の場合は吸音の必要性を軽視していました。

-独立して間もなく自分の母が住むために設計した住宅も、とてもよく響く空間となりました。寝室で、母から「雨の日にベッド横の窓際に設けてある小庇に雨粒が落ちる音がうるさくて寝られない」という話がありました。寝室はその住宅の中で一番響く空間であることから、静かな空間で小さな音が響き渡っていることが原因の一つである※筆者注)と感じました。
 ※筆者注) 庇の雨音低減には庇側の対策が最も有効です

この住宅の設計時は、大きな施設では音の響きへの配慮が必要であるを感じていたものの、住宅においては、音の響きが同様にリンクするとは思わず、意匠的に見栄えが良いタイルやコンクリート打ち放しの空間(よく響く仕様)にすることに、特に疑問は感じていなかった、ということでした。


Q:(体験した)住宅のコンセプトや仕様、響いて困っていることがあれば教えてください。

-基本的には母一人で生活をする空間を想定していました。仕事に集中できる一方、母は人付き合いが上手なので、人を呼んで談話しやすいような設計を心がけました。構成としては、1階がコミュニケーションスペース兼リビング(図1)、2階がプライベート空間(浴室、寝室、書斎)、2階の手前が寝室と浴室で、奥が書斎です(図2)。

図1 1階のリビングの様子
図2 2階の様子

床:(1階)床タイル、(2階)フローリング
壁・天井:プラスターボードAEP
窓:ブラインド(カーテンなし)

-どちらも、壁が塗装で、家具も少ない空間です。また、上下階を隔てる建具もありません。そのため、小さい音が響き渡って気になってしまうことや、1階のテレビの音が2階の奥の部屋でも聞こえ、上下階で音が鳴っていると、音がぶつかり合ってしまうことがあります。

実際にご自宅を拝見し、2階へ上がったすぐのスペースから窓を見ると、浴室があり、その奥には海が見えてとても広々とした印象でした(図3)。

図3 2階上がってすぐの景色


Q:現在はどのような対策を行って生活をしていますか?

-デザインを変えること(壁にタペストリーを掛ける等)はしたくなかったため、間取りの入れ替えをして解決しました。今まで、2階の手前が寝室だったところを普段は何もない空間(いわゆる多目的スペース)とし、奥の書斎を寝室兼書斎として使用しています。そうすることで雨音の響きや小さな音の響きが気にならなくなりました。

-何もない空間は、広いスペースが必要な時に使っていて、洗濯物を干したり、ものづくりをする際など、リビング以外で何かしたい場合に使用するのにとても便利です。奥の書斎兼寝室とは部屋が区切れるため、客人が宿泊する際にはここで寝てもらうこともあります。今考えると、開かれた空間を寝室とするのは難しいので、今の使い方のほうが良かったと思います。

-上下階で別々に音楽やテレビを楽しむ場合は、お互いが気にならない程度のボリュームにするなどの対策をしています。しかし、基本的には一人住まいなので普段は問題なく過ごしています。もしここで複数の人間と生活することを考えると、お互いがストレスなく過ごすには難しいかもしれません。


Q:現在の建築設計において、音環境に配慮したデザインやこだわりはありますか?

-現在は生活空間に吸音は必須だと感じており、積極的に吸音材を使用しています。意匠的にも違和感のないような吸音材の使い方を試行錯誤しています。例えば、手の届かないような吹き抜けの天井にはロックウール化粧吸音板を使用します(図4)が、柔らかい素材は破損の恐れがあるので、低めの天井では石膏ボードと吸音用あなあき石膏ボードを千鳥配置(図5)にしています。こうするとパテでV目地を埋めることができ、目地のない天井をつくることができます。

-空間の特性に応じて、吸音材を用いて設計することを心掛けています。

図4 天井にロックウール化粧吸音板
図5 石膏ボードと吸音用あなあき石膏ボード


■この空間の響きを使って実験をしてみました

①響きのついていない音源を用いた、響き方・聞こえ方の違いの検証
 無響室で収録した響きのついていない音源を、藤江邸で一番響く2階の空間で簡易的にスピーカで再生してみました。使用した音源は、ピアノ、弦楽4重奏、人の声(男、女)で、実際の音量程度に設定し、書斎兼寝室との扉を開閉しつつ、響き方の違いについて検証しました。
 その結果、扉を閉めた状況の方がより反射面が増えるため、音の反響を強く感じました。音楽演奏は、ホールで聞くような気持のよい響きを感じる一方で、人の声は、早い言い回しなどが混ざり合って聞こえ、やや聞き取りにくい印象を感じました。

②オンライン通話による、響く空間で拾った声の聞こえ方の検証
 藤江邸で一番響く2階の空間と、2階の空間ほどは響かない1階のリビングでPCを用いてオンライン通話(zoom)を行いました。上下階で空間が繋がっているため、響きがどう影響するかのみを簡易的に検証することとし、各PCのスピーカより聴取しました。2階は筆者、1階は藤江氏担当。
 その結果、2階の空間で発せられた音声を聞く際、「音が濁って聞こえて言葉が聞き取りにくい」ということが確認できました。


まとめ

 今回は、実際に建築家として活躍されている藤江創氏へ、これまでの設計活動における音環境で気が付いたことや、現在の音環境の工夫しているポイントなどを聞いてみました。さらに、今回話題にしたご自宅へ実際に訪問して、空間の響きを体験し検証を行いました。
 住宅の建築設計というと、照明や水回り、電気設備等の関心が深く、音環境への配慮という視点については、まだ課題が多いのが現状です。建具や家具が少ないことは空間の広さや開放感が得られる一方で、とても響く空間となることがあります。そういった空間的なデザインと求められる音環境とのバランスをどのように意識するか、ということがとても重要です。
 今回の検証からも、響きの使い分けについても体験して考えることが出来ました。生活や利用のシーンを想像して、吸音が必要な空間かまたは響きを楽しむ空間か、という視点で、身の回りの空間を見てみると、新たな発見があるかもしれません。

聞き手:松尾綾子(室内音響小委員会)

今回ご協力いただいた藤江創氏のプロフィール

1995年日本大学理工学部建築学科卒業
1997年東京藝術大学大学院美術学部建築科修士課程修了後、
今村雅樹アーキテクツ入社(~2003年)
東京都立大学21世紀COE研究員(2003年~2008年)
現在は「有限会社アーバン・ファクトリー」(2006年度~)主宰。
早稲田大学、鎌倉女子大学等、非常勤講師多数。

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