2021.7.11「漂流=Drift」
この一週間、狂ったように映画を観ていた。
なぜかというと、ジム・ジャームッシュ・レトロスペクティブというイベントが行われていたからだ。ジム・ジャームッシュ監督作品を都内各所の映画館で上映するという企画。
私はジャームッシュ作品がなんとなく好きで、でも映画館で観たいという気持ちが強くほとんどの作品を観たことがなかったので、この機会に観ることにした。そしたら一日に3作品とか観ることになった。
「ギミー・デンジャー」
初手からなぜかドキュメンタリーを見てしまった。
The Stoogesというアメリカのバンドについてのドキュメンタリーで、とにかくめちゃくちゃなロックミュージシャンだったイギー・ポップの半生が語られる。
舞台上で犬の首輪をつけて半裸で跳ね回るロックミュージシャン、ロック以上に60年代のアングラ演劇を想起させた。これを大衆の前でやっていた時代すごいな。
ジャームッシュの洒落も利いていてよかった。全然知らないバンドだったが、途中で知ってる名前が出てきて時代を感じた。
それにしてもニコってすごい人だったんだな。
「パーマネント・バケーション」
ジャームッシュが学生時代に制作した作品。
去年家に籠り切りだった時、一度配信で見た。その時はただ男がブラブラしているな…という印象だったが、今回映画館で見て、この作品の魅力の一端を掴めたような気がする。
この作品が制作された当時の時代の空気、私は永遠に振れることができないけれど、当時この人の作品を観て少し救われたような人がたくさんいたのだろうなと思う。
それにしても主人公の男、いちいちかっこいいな…。ジャームッシュ作品の男の歩き方、みな一様にかっこよくてすごい。
「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」
変わって2013年に制作された作品。吸血鬼である男女の物語。
冒頭がめちゃくちゃ好きだった。とにかく音楽がいい。ジャームッシュ作品は音楽と映像が気持ちいい瞬間が無数にあって、この作品も映画に酔うような感覚の作品だった。
ティルダ・スウィントンがかっこよすぎて最高。「デッド・ドント・ダイ」の時に謎すぎる役をやっていたのが印象に残っているが、この人は見れば見るほど引き込まれていく。こういう美しくかっこいい人間を美しい映像に残すのがジャームッシュ作品はめちゃくちゃ上手い。
あとはやっぱりちょっとした会話の「良さ」を感じる場面が端々にあって良かった。この人の映画の会話シーンのことが本当に好きなので…。
これは「ラブストーリー」と銘打たれていることが多いけれど、恋愛感情を強く描きすぎないところがジャームッシュ作品の好きなところでもある。この作品の主人公は何百年も連れ添った夫婦の吸血鬼だけど、愛し合っていることはわかりつつも、どこか他者であるように見える。それぞれの人間が他者として存在してくれていることに対する安心感のようなものがある。
「ダウン・バイ・ロー」
あ~~~~最高~~~~~~~~~最高です。
奇妙な縁で出会った男3人が刑務所からの脱走を試みる、こう書くだけでその「良さ」は伝わると思うんですけど、でもこう書くとジャームッシュ作品における「良さ」は伝わらない気もする。
そういう「良さ」もあるんだけど、そういう「良さ」だけではないっていうか、そういうわかりやすい「良さ」ではないところが「良さ」なので…。これ伝わりますか?
トム・ウェイツとジョン・ルーリーという2人の音楽家が主演している。音楽も担当していて、これがものすごく良い。ジャームッシュ作品は本当に全ての作品の音楽が良い。
全編モノクロであり、それも良い。多分劇的な映像でないのが好きなんだと思う。上にも書いた「他者と他者の距離」が心地良く、喧嘩したりもするが、それもどこか可笑しい。
現代は強い感情・強い愛みたいな情緒ドロドロのコンテンツに触れる機会の方が多いので、そういうものに疲れているとこういう作品が温泉のように全身に染み渡る。
それにしてもジョン・ルーリーかっこいいな~~~~~~~~~~。不健康な歩き方だ。ジャームッシュ作品の不健康な男が………………………。
「ダウン・バイ・ロー」の「良い…………」ところ、人と共有したいので見た人は連絡をください。
「コーヒー&シガレッツ」
短編集。コント集に近い。全員がコーヒーを飲みながら煙草を吸うので、否応なしにコーヒーが飲みたくなる。
ジャームッシュ作品の会話劇の良さが凝縮されている作品。他作品に比べてコント色が強いので、少し皮肉的な状況が多いようにも感じる。
出演者が豪華でメタ的な笑いもあるので、出演者のことを知った上で見た方が面白いんだと思う。
「ギミー・デンジャー」のロックミュージシャンであるイギー・ポップと「ダウン・バイ・ロー」に出ているミュージシャンのトム・ウェイツがそれぞれ本人役で会話している短編があり、二人のことを知った上で見るととても面白かった。トム・ウェイツの台詞の端々に「ダウン・バイ・ロー」のオマージュがあり、連続で見たのでかなり最高だった。あの動きとかあのセリフとか……完全にあの場面のあれをオマージュしていて……いいよね……
あとカフェで突然ニコラ・テスラの実験を始める兄妹がめちゃくちゃ面白かった。なんなんだよ一体。「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」にも出てきたし、ジャームッシュはニコラ・テスラが好きなのか。
「デッド・マン」
ジョニー・デップ主演のモノクロ映画。西部劇で、ニール・ヤングが音楽をやっている。
これは完全に「古き良き西部劇」のオマージュで、それがわかった瞬間嬉しくてニコニコしていた。古い映画を敢えてオマージュしている作品や、その作者の姿勢のことを愛しているので。
「デッド・ドント・ダイ」もそういう、「古き良きゾンビ映画」のオマージュとして楽しんでいた部分があった。
(これは「デッド・ドント・ダイ」の話ですが、この作品をつまらなかったと言い切るのは簡単で、でも私はそういうある種のつまらなさもオマージュの一つとして楽しんでいるので、これは三谷幸喜の「ギャラクシー街道」と同じ状態だと思っていて、だから私は他の人がオマージュを踏まえずに詰まらなかったと言っているのを見ると、より強く愛したくなってしまう)
ジョニー・デップの浮世離れした表情がすごくよく似合う役だった。たしかにジャームッシュ作品の"顔"をしていた…。
絵が美しくて、ここだけ切り取ってずっと眺めていたい!と思う場面がたくさんある。だからポスターが売り切れているんだな。わかります。
あとまたイギー・ポップが出ていたな。このおじさんが舞台の上で犬のように吠えまくっていた男と同一人物だと思うと恐ろしい。
「ミステリー・トレイン」
メンフィスのとあるホテルに泊まった人々の一晩を描く短編集。これだけでもう「良い」(そしてその「良さ」が全てではない……)。
1話目に日本人のカップルが出て来て、とても自然に日本語で会話をしているので、びっくりする。
最初の方はジャームッシュ作品というファンタジーの中に自分に近い存在がいることに「うわうわうわ~~~」となりかけていたが、あまりにも完璧にジャームッシュ作品の中の人間だったので、気にならなくなった。永瀬正敏がめちゃくちゃかっこつけてて最高だった。完全にジャームッシュ作品の男だった。ライターのつけ方、何? ライターで出来るかっこいいことを全部やった?
別の場所の同じ時間を巧妙に描いていて、気持ちが良かった。この気持ちの良さはジャームッシュ作品の中では珍しいかもしれない。でも結局最後の短編の3人の、大変なことになっているのにどこか可笑しい雰囲気が好きだったな……。
「ストレンジャー・ザン・パラダイス」
これは一度テレビで見たことがあった。一番好きかもしれない。
登場する3人の男女が、微妙な距離感の関係なのが良い。一人の男性と女性はいとこ同士で、家族でありつつもそれほど距離が近いわけではない。ただ居合わせたから一緒にいる3人という感じで、その「他者」感が好きだった。
初めて見た時は音楽が良くて映像が美しくてちょっと面白い作品、くらいの認識だったが、これだけジャームッシュ作品を観続けていると、なんとなく見え方も変わってくる。「パーマネント・バケーション」で描かれていた「ここ」から「ここ」への物語、という意味が浮かび上がってくるような気がした。
「ダウン・バイ・ロー」でも「ストレンジャー・ザン・パラダイス」でも、ある場所から逃げ出して新しい場所にたどり着くと、そこには結局狭くて薄暗い部屋があり、「見たような部屋だ」と一人が呟く。
どこに行っても結局は居心地が悪くなって逃げ出してしまう漂流ーDriftを繰り返す登場人物ばかりで、それが心地よく感じるのだと思った。
ジャームッシュ作品の良さを言葉にするのはとても難しいが、イベントにかこつけて観まくったことで、自分が何に惹かれているのか少しわかったような気がする。
こうなったらパターソンとデッド・ドント・ダイも見返したくなってきた。アダム・ドライバーが無表情にゾンビの首を掻っ切るところが見たい。あとアダム・ドライバーの乗ってためちゃくちゃ小さい車も見たい。
映画館に通いまくってジャームッシュ作品を観るというこの行為、「漂流」そのものだった。この世の現実を何も見たくなくて、現実と距離感の近い作品すらあまり見たくなくなっている。知らない土地で知らない人間がほっつき歩いている映像が見たかった。
客席と笑いを共有できたのもよかった。ジャームッシュ作品の笑い所ってそれと分からず過ぎ去っていくような微妙な距離感のものが多くて(だからこそ良い)、それを人と共有できたのが楽しかった。ストレンジャー・ザン・パラダイスのハンガリーのおばさんは全部面白いです。
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