見出し画像

【声劇シナリオ】ToN/ArIの国のアリス

内容

◆SF│ダーク│ディストピア
◆文字数:約13000文字
◆推定時間:50分

登場人物

◆イルセ:外交官(アリス兼役)
◆ヘイヤ:イルセの友人(Haigha)
◆赤の女王:リデルランド統治AI
◆ハッタ:観光ガイド(帽子屋)
◆アリス:となりの誰か(???)

スタート


0:雨。視界の悪い山道を走る二人。
ヘイヤ:「アリス! 早く!」
アリス:「待って! 待って!」
ヘイヤ:「もう、遅いよアリス!」
アリス:「イルセが早いんだよ……。そんな岩だって登っちゃ、もう危ないんだから」
ヘイヤ:「弱音を吐かない! アリスも登るの!」
アリス:「無理だよ」
ヘイヤ:「無理じゃないし、無理してでも急ぐの! じゃなきゃ捕まっちゃうんだから!」
アリス:「もういいよ。暗いし、怖いよ」
ヘイヤ:「もうっ、諦めない! ほら、手繋いであげるから」
アリス:「あっ、うん」
ヘイヤ:「さ、行くよ。急いで逃げなきゃ」
ヘイヤ:「……じゃなきゃ、アリスは殺されちゃうんだから」
アリス:「待ってよ。…………あ」
0:アリス、転落。
ヘイヤ︰「え?」
0:【場面転換】
0:リデルランド。空港、空港にしては人の姿は非常に少ない。
0:到着ロビーに現れたイルセをハッタが笑顔で出迎える。
ハッタ:「ようこそ、いらっしゃいました。イルセ様」
イルセ:「……外交官のイルセです。失礼ですが、貴方は?」
ハッタ:「ハッタです。この国での貴方のサポート役です」
イルセ:「……言い方を変えましょう。貴方はロボットですか?」
ハッタ:「ロボットとは……古風な言葉を使いますね」
イルセ:「どっち?」
ハッタ:「この国の中ではロボットではなく、アンドロイドと呼ぶことをおすすめします」
イルセ:「人間の案内人はどこ?」
ハッタ:「案内人は私だけです」
イルセ:「そう。随分舐めた態度ね」
ハッタ:「ご容赦を。この国は国賓を招くことは初めての試みですから(遮る)」
イルセ:「ここは国ではありません」
ハッタ:「……」
イルセ:「この島は私達の国の領土、リデル自治区。たとえ貴方方が主権を主張しようと、ここは本来我が国の統治下。ただのロボット製造工場に過ぎません」
ハッタ:「……では、外交官様。私はあくまで観光ガイドですので、よろしくお願いいたします」
イルセ:「そうですね。これはたまたまここを訪れた私が、気まぐれに観光しているだけです。職場にいい報告ができることを期待しています」
ハッタ:「では、こちらへ」
0:広く閑散とした空港を進む。
0:赤の女王がアナウンスする。
赤の女王:『ようこそ、リデルランドへ。この国に住む人間はおよそ千人とされますが、アンドロイドを含めた人口は一万人に登ります。主たる産業はご存知の通り、世界最先端の科学技術です。情報工学、ロボット工学、遺伝子工学、生体工学等、世界一の先進技術国家として認知されています』
赤の女王:『私達の国はこれらの技術を世界の平和と福祉のために行使し、人類の繁栄を正しく支えることを目的としています。より明るい未来のために、より良い相互理解を目指していますーー』
イルセ:「ずいぶん機械的なプロパガンダね」
ハッタ:「この放送は女王自らが放送しています」
イルセ:「女王ね……」
ハッタ:「無機的なアナウンスですが、話そうと思えば感情豊かな語調にもできるんですよ。要は女王らしく格好をつけているんです」
イルセ:「ごっこ遊びが楽しいようね」
0:空港から街を見下ろすと「人の姿」が見える。
ハッタ:「アンドロイドはいろんな《着せ替え》ができますからね。ここの人々の趣味は広いですよ」
イルセ:「趣味? プログラムのミスでは?」
ハッタ:「かもしれません、誰しもミスはあります」
イルセ:「問題のあるロボットをそのまま歩かせていると」
ハッタ:「どうでしょうか。イルセ様のようにオーガニックな人間の泥臭さに憧れがある者もいますからね」
0:ハッタ、振り返り目の下を指差す。
ハッタ:「目元のくまとかね。優秀なだけではなく努力家なようで、素敵です」
イルセ:「……不愉快です」
ハッタ:「コミュニケーションに失敗したようですね。失礼しました。勉強になります」
イルセ:「……街並みは意外と古風ですね。人間に憧れているのはよくわかりました。…………ッ……!」
0:イルセ、見下ろす街並みに友人に似た人影を見つける。
0:すぐに見失う。
ハッタ:「ん? どうしましたか?」
イルセ:「いえ……何も、ただの寝不足です……」
0:【場面転換】
0:赤の女王の城。古城のような外観で門をくぐり橋を渡った先に建っている。
ハッタ:「こちらが観光名所の女王の城です」
イルセ:「たしかに城ですね。アミューズメントパークのつもりですか?」
ハッタ:「いえいえ、そのつもりなら、もっと派手な城を建築します(遮る)」
イルセ:「案内を」
0:ハッタ、小さくため息を吐くが、笑顔のまま。
ハッタ:「……わかりました。どうぞ着いてきてください」
イルセ:「中身は居住スペースですか?」
ハッタ:「いえ、ほとんど研究所です」
イルセ:「なるほど。確かに必要ないですものね」
ハッタ:「しかし。最近、一部が居住スペースへと作り変えられました。いずれ施設の全てがちゃんとした迎賓館として機能します」
0:イルセ、眉をひそめて振り返る。
イルセ:「……ここに泊まれと?」
ハッタ:「ええ、スイートルームです」
イルセ:「はあ……女王はどこに?」
ハッタ:「本体は地下です。が、謁見は入り口を入ればすぐ可能です」
イルセ:「……可能とは?」
ハッタ:「案内します」
0:城の入口が開き、広いホール。
0:中央に円柱の水槽があり、妖しく泡を立てている。
ハッタ:「女王への謁見はこちらの水槽で行うようになります」
イルセ:「ホログラムの投影ですか。演出にしてはお粗末ですね」
ハッタ:「そうですか。ではまた、失敗ですね。もう謁見されますか?」
イルセ:「もちろん」
ハッタ:「かしこまりました」
0:ハッタ、退出する。
0:水槽に女王らしい姿のホログラムが浮かび上がる。
赤の女王:「ようこそおいでくださいました。イルセ様。お会いできて誠に光栄です」
イルセ:「ロボット達の中ではこれで会ったことになるのですね。覚えておくことにしましょう」
赤の女王:「排熱する鉄の塊など見ても退屈でしょう。顔が見れた方が皆様安心なさいますので。ご容赦ください」
赤の女王:「おや、お疲れのようですね。まずはどうぞごゆるりとお休みくださいませ」
イルセ:「一番に人間を心配するあたりは道徳的ですね。機械的ともいいますが」
赤の女王:「私にはお顔が優れないように見えます。話は休んでからの方がよろしいでしょう」
イルセ:「遠慮します。重要な仕事がありますので」
赤の女王:「では、その仕事、私も手伝いましょう。どういった内容でしょうか?」
イルセ:「ええ。まずは同志の身の安全を確認させてください」
赤の女王:「やはり睡眠不足のようですね」
イルセ:「貴方方には少なくとも五十五名の誘拐、並びに四百体以上のアンドロイド窃盗の容疑がかかっています」
0:イルセ、赤の女王を強く睨む。
0:赤の女王、柔らかく微笑んで魅せる。
赤の女王:「ふふふ……アンドロイドは誘拐ではなく、窃盗なんですね」
イルセ:「認めるのですね」
赤の女王:「いいえ。よくある誤解ですので、理解できただけです」
イルセ:「誤解ですか。弁明を聞きましょう」
赤の女王:「貴方の言う誘拐された方々は、我が国に亡命してきた人々なのです」
イルセ:「使い古された言い訳ですね。では、面会を求めます」
赤の女王:「イルセ様の見たリストには顔写真は載っていなかったのですか?」
イルセ:「は?」
赤の女王:「我が国に亡命に来た方の内、四名は既に、貴方とすれ違っていますよ」
0:水槽の中に街中の映像が複数映し出される。
0:映像の中にはイルセの姿も見える。
イルセ:「……何を言うかと思えば」
赤の女王:「実際に貴方の国から亡命して来たのは百六人。もしも貴方のリストと合致していない者がいれば、それは貴方の国が貴方の国の都合により消したものでしょう」
赤の女王:「会いたい方を指名してください。当然彼らにも生活と仕事がありますから、すぐにとは言えませんが」
イルセ:「……アンドロイドね」
赤の女王:「我々がアンドロイドの偽物を用意すると?」
イルセ:「『特産品』でしょう?」
赤の女王:「ええ。どの国も人権のない人材を欲しています。とても悲しい社会問題です」
イルセ:「問題などありません。貴方方システムはシステムとして正常に機能してさえいればいいのです」
赤の女王:「それは、お父様の教えですか?」
0:イルセ、大きく目を見開くも、すぐさま睨み返す。
イルセ:「……チッ……今から会いに行きます」
赤の女王:「ハッタに案内させましょう」
イルセ:「バグのあるロボットの案内は結構です」
0:イルセ、退出。
赤の女王:「……ハッタ。彼女のサポートを。この国ではその場にとどまるにも全力で走り続けなければなりませんから」
0:【場面転換】
0:外。早足で歩くイルセをハッタが追いかける。
ハッタ:「イルセ様ーー! 待ってください!」
イルセ:「…………」
ハッタ:「イルセ様! どうやって探すつもりですか? 無理に探しても迷子になるだ(銃声)けですよ」
0:イルセ、ハッタの頭を銃で撃ち抜く。
イルセ:「貴方と話すことはありません」
0:イルセ、城敷地から出てあたりを見渡し歩き始める。
0:イルセが街を歩き出したその先にハッタが笑顔で立っている。
ハッタ:「イルセ様。この国では銃は規制されています」
イルセ:「……………………貴方は?」
ハッタ:「ハッタで間違いないですよ。私は常時クラウド接続型のアンドロイドです。全ての個体がハッタであり、この国に私は現在九十七体存在します。ちなみに先程までは九十八体でした」
イルセ:「まだ間引く必要がありますね」
ハッタ:「既に警告は終わりました。次回からは市民の安全のために、拘束させていただくことになります。心ないロボット達を侍らすのは楽しくないはずですよ」
イルセ:「……」
ハッタ:「私はイルセ様の利益を思い行動しています。私の頭を撃ち抜いたことで少しは冷静になられたでしょう?」
イルセ:「……わかりました。貴方の監視を受け入れましょう」
ハッタ:「……あ、いえいえ! 私、たった今、女王から案内役をクビになりました。」
イルセ:「は?」
ハッタ:「ご安心ください。民間へ業務委託することになりました。イルセ様もアンドロイドよりも人間の方が気が楽かと思いまして」
イルセ:「(ため息)……」
ハッタ:「すぐ近くに落ち着けるカフェがあります。案内しますよ」
0:【場面転換】
0:カフェ。
0:イルセ、口をつけたコーヒーカップをコースターに置く。
イルセ:「リー・ヴァン・ヴェーレンね」
ハッタ:「ん? なんですか?」
イルセ:「赤の女王の名前の由来」
ハッタ:「ああ、進化生物学者の。ええ、そのとおりです。察しが良いですね。所謂『赤の女王仮説』というやつです」
イルセ:「『この国ではその場にとどまるにも全力で走り続けなければならない』」
ハッタ:「赤の女王の有名なセリフですね。鏡の国の」
イルセ:「他種との生存競争で有利であり続けるための唯一の方法は、デザインの継続的な改善。進化だけ。人間社会では軍拡競争のことをさします」
ハッタ:「軍拡競争は私達の思想《イデオロギー》にはありません。あるのは努力を続けるという成長意欲です」
イルセ:「努力ですか(嘲笑)」
ハッタ:「私はそう考えています」
イルセ:「目的に対し成果を得られて称賛される。それが達成できなければそれまでの過程は努力とはみなされません」
ハッタ:「厳しい意見ですね」
イルセ:「貴方方は目的を達成できなかった時、その言い訳に努力不足を使いますか?」
ハッタ:「……使わないでしょうね」
イルセ:「そうですね。常に全力で目的のために手段を投じられるのだから」
イルセ:「努力とは他者の評価です。自らを努力家と名乗るのは滑稽ですよ」
ハッタ:「なるほど。勉強になりました。素敵な信念をお持ちなんですね」
0:イルセ、自身の発言を後悔する。
イルセ:「…………いえ……」
ハッタ:「おっと、ガイドが来たようです。もし必要なら呼んでください。ご安心を『目』はどこにでもありますので」
0:ハッタ、退場。
0:イルセ、ため息をつく。
イルセ:「何をやっている、私は……」
ヘイヤ:「あの……こんにちは」
イルセ:「ええ、どうも……。……ッ!」
ヘイヤ:「……久しぶり。《アリス》」
0:モノローグ
赤の女王:鏡は左右を入れ替えない。
赤の女王:裏と表を入れ替える。
赤の女王:貴方が鏡を見つめる時、
赤の女王:鏡も貴方も見つめている。
赤の女王:向かい合うのに気が付かない。
赤の女王:目を背けても、そこにいる
赤の女王:となりの貴方はダレかしら。
0:【場面転換】
0:過去、とある施設。
0:体を寄せ合ってイルセとアリスが話している。
ヘイヤ:「私のお父さんはね。殺し屋なの」
アリス:「えっ!」
ヘイヤ:「うそ」
アリス:「やめてよ。怖いんだから」
ヘイヤ:「殺し屋なんかよりも、もっと人を殺してる」
アリス:「うそ?」
ヘイヤ:「本当。だから、こんな施設に私を放り込んでも平気だし。アリスちゃんの命をお金で買っても平気」
アリス:「怖い……ね……」
ヘイヤ:「怖くなんかないわ。最低よ」
アリス:「イルセさんは、すごいんだね」
ヘイヤ:「敬称つけるの禁止」
アリス:「え、でも」
ヘイヤ:「じゃなきゃ、なんかお客さん扱いみたいじゃない。そんなの嫌。私も貴方のことはアリスって呼ぶから」
アリス:「う、うん。わかった」
ヘイヤ:「わかったなら同盟結成だね。二人でここから抜け出そうか」
アリス:「ええっ!」
ヘイヤ:「なんでそんな驚くかなあ」
アリス:「だって……」
ヘイヤ:「アリス? 貴方ここにいたら私に内臓取られて死んじゃうんだよ? わかってるでしょ?」
アリス:「それは怖いけど、でも私はそのために生まれたから……」
ヘイヤ:「それがありえないの! まったく……」
アリス:「でも、捕まっちゃうよ」
ヘイヤ:「この施設ほとんどロボットしかいないんだから逃げるなんて簡単よ。そもそも逃げるメリットないし、警備はザルよ」
アリス:「逃げた後は……?」
ヘイヤ:「そんなの後で考えるの!」
アリス:「そんな……」
ヘイヤ:「文句言わない。そもそも私がいなきゃ生きてないんでしょ、貴方。最初から拒否権なんてないの」
アリス:「……」
ヘイヤ:「心配しないで。私がちゃんとアリスのこと守ってあげるから。貴方はちゃんと生きるの。私の代わりになってもね」
ヘイヤ:「大丈夫。貴方は私の《クローン》なんだから」
0:【場面転換】
0:現在。
0:イルセ、動揺してヘイヤを見つめる。
イルセ:「……………イルセ……!」
ヘイヤ:「よかった。覚えててくれたんだ!」
イルセ:「そんな……どうして貴方が……!」
ヘイヤ:「ストップ。まずは自己紹介させて?」
イルセ:「……」
ヘイヤ:「私の今の名前はヘイヤ。リデルランドの観光案内人。はいこれ名刺ね」
イルセ:「ヘイヤ……?」
ヘイヤ:「そ。今はもう貴方がイルセでしょ。あっ、もうコーヒー、ブラックで飲めるようになったんだ。やっぱりもうアリスじゃなくてイルセね」
イルセ:「貴方が、ブラックを……好んでいた記憶は、ありません」
ヘイヤ:「バレた? ふふふっ」
イルセ:「……貴方は、本当にイルセなのですか? どうしてここにッ、何故生きているのですか!?」
ヘイヤ:「そんなに一気に訊かれても答えられないよ」
0:イルセ、動揺を押し殺しヘイヤを睨みつける。
イルセ:「いいえ。答えてもらいます。…………お前は、何者だ?」
ヘイヤ:「……ごめんね。怖がらせて」
イルセ:「……答えなさい」
ヘイヤ:「私は、幽霊かな」
イルセ:「幽霊?」
ヘイヤ:「ええ。二人で逃げ出したあの日、無茶した結果、私は崖から落ちて死んだ。そしてその後、材料としてこの国に運ばれたの」
イルセ:「まさか……」
ヘイヤ:「今の私の体は半分以上が機械。アンドロイドとして生まれ変わったの」
0:【場面転換】
0:女王の城
0:イルセ、早足で水槽のもとに向かう。
0:水槽は既に起動しており、赤の女王の姿も既に映し出されていた。
赤の女王:「おかえりなさい。この国は楽しんでいただけましたか?」
イルセ:「……」
赤の女王:「気分が優れないようですね。貴方のストレス耐性は相当なものですがやはり睡眠を取るべきでしょう」
イルセ:「……生命への冒涜だ」
赤の女王:「何がでしょう?」
イルセ:「馬鹿にするなよ。彼女を蘇らせたことだ!」
赤の女王:「議論がしたいのですね。かしこまりました」
イルセ:「AIが人間の生死を弄ぶなどあってはならない」
赤の女王:「救えると判断されたため、彼女はこの国に運ばれました。彼女を放棄したのは彼女の父親であり、人間です」
イルセ:「仕組んだだろう。私のことを知っていたんだろう! だからイルセにあんな名前を与えた! Haigha(三月ウサギ)だと? 最初から、私を、ここへ誘い込む計画だったんだろ!」
赤の女王:「偶然です」
イルセ:「ふざけるな!」
赤の女王:「らしくないですね」
イルセ:「なんだと」
0:赤の女王、優しく諭すように語りかける。
赤の女王:「貴方らしくない。貴方は今、怒りを盾に考えることを放棄しようとしている。現状で為すべきこととはなんですか?」
赤の女王:「貴方は強く作られた。遺伝子操作によって。優れた思考能力、強いストレス耐性、健康な身体。本物以上のクローンとして作られたにも関わらず、酷く動揺している」
イルセ:「貴様」
赤の女王:「貴方にとって彼女の死体は、銀の弾丸よりも冷たかったようですね」
イルセ:「……ぶっ壊してやる」
赤の女王:「ふふふ。彼女の遺体がこの国に運ばれたとき、それはそれは綺麗な死体でした。……離れがたいほどに」
赤の女王:「私達から見ると彼女は人間です」
赤の女王:「貴方の国はアンドロイドと定義するようですが」
イルセ:「……黙れ」
赤の女王:「当時十歳の貴方は、死んだ彼女を見捨てられなかった貴方は……」
イルセ:「黙れ!!」
0:イルセ、拳銃を発砲。弾丸は女王の水槽を破壊。
0:ガラスとともに床に水が溢れ落ちた。
赤の女王:「まだ、そこにいるでしょう?」
イルセ:「……ッ…………」
0:イルセ、息が荒れている。膝から崩れ落ちる。
赤の女王:「ハッタ、来なさい」
0:ハッタ、笑顔で登場。
ハッタ:「……はい。いかが致しましょう、女王」
赤の女王:「イルセ様の銃を預かって差し上げなさい。もう彼女に、鉄は似合いません」
ハッタ:「……お預かりしますね、イルセ様。お部屋にご案内します」
イルセ:「……」
0:【場面転換】
0:城。スイートルーム。
イルセ:「……」
ハッタ:「なにかお飲み物を用意いたしましょうか?」
イルセ:「……コーヒー」
ハッタ:「ノンカフェインのコーヒーもございますが?」
イルセ:「文化的な方……」
ハッタ:「豆から挽いたものを用意します」
0:ハッタ、指を鳴らしロボットにコーヒーを手配させる。
イルセ:「……」
ハッタ:「……お疲れのようですね。無理もありません。貴方は今まで異常な働き方をしてきました。どうか休んでください。これは私の心からの言葉です」
イルセ:「……お前に、心はあるのか?」
ハッタ:「貴方はどう思いますか?」
イルセ:「……」
ハッタ:「これが『チューリング・テスト』だとすれば不合格な答えですかね」
ハッタ:「ふむ、『哲学的ゾンビ』をイメージしてみてください。ご存知でしょうが、『哲学的ゾンビ』とは、クオリアを欠いた世界を人間が想像できることから、唯物論を否定するという思考実験です」
ハッタ:「この思考実験から物理法則で世界のすべての説明ができるという考えは間違っているという結論が導かれています」
ハッタ:「しかし、貴方がこの国に入国したとき、貴方の中の私はロボット。クオリアを欠いたゾンビだった」
ハッタ:「強い思想と使命が、貴方の心に一切の隙きを許さなかった。貴方の常識は鉄のように頑丈だった」
ハッタ:「しかし今、貴方は揺らいでいる」
ハッタ:「今日出会ったアンドロイドの心を否定できなかった」
ハッタ:「貴方の問いの答えは、貴方の心にあるのではないですか?」
イルセ:「……私は、祖国を裏切れない。もう、そう生きるしか道がない。そこに私の生死は関係ない」
イルセ:「しかし、彼女は私の唯一だ、特別だ! 彼女だけは大切なんだ……」
イルセ:「絶対に変えられないものが、過去に埋められたはずの墓が、今、私を見つめているんだ……」
0:部屋にコーヒーが運ばれてくる。
ハッタ:「……お疲れでしょう。コーヒーはやはりお止めになった方がいいです」
イルセ:「寄越せ」
ハッタ:「……どうぞ」
0:ハッタ、イルセにコーヒーを手渡す。
イルセ:「ありがとう…………すまない」
ハッタ:「……もしよろしければ、それをお飲みになった後、散歩でもいかがですか?」
イルセ:「散歩?」
ハッタ:「城の観光案内です。一つくらいなら、貴方の興味が湧くものをお見せできるかもしれません」
0:ハッタ、笑顔で案内を始める。
0:【場面転換】
0:喫茶店。ハッタがヘイヤの愚痴を聞いている。
ヘイヤ:「あーあ。アリス、完全に私より歳上に見えるよね」
ハッタ:「ちゃんと成長したということですから、喜ばしいことじゃないですか」
ヘイヤ:「分かってないなー、ハッタは人の心が全然分かってない!」
ハッタ:「分かってないですか?」
ヘイヤ:「そう。昔のアリスはとんでもなく可愛かった。私のクローンだなんて信じられないくらいに可愛かった」
ハッタ:「まあ、確かに見た目は全然似てませんね。面影ゼロです」
ヘイヤ:「なんだとう?」
ハッタ:「いや、自分で言ったんじゃないですか」
ヘイヤ:「分かってるよう。でも、完全にアリスのほうが歳上じゃん。大人じゃん。私、昔みたいにお姉ちゃんムーブしたかったのに」
ハッタ:「じゃあ、そうお願いすれば良いんじゃないですか? イルセ様は大人ですし、ヘイヤのお願いなら聞き入れてくれるでしょう」
ヘイヤ:「だからそういうのが駄目なんだって。……イルセ様『は』ってなにさ!」
ハッタ:「はははっ、さっぱり分かりませんね」
ヘイヤ:「笑ってんじゃん!」
ハッタ:「笑いますよ? 幸せですからね」
ヘイヤ:「なにが?」
ハッタ:「人の幸せそうな顔を見るのが私の幸せですからね。イルセ様とのデートが楽しみですか?」
ヘイヤ:「…………まあね。前回のデート……じゃないや。案内は完全に仕事だったし」
ハッタ:「イルセ様は本当に凄いですね。貴方が隣にいても仕事には行ったと」
ヘイヤ:「そうだよー。完全に仕事モード。それに面会する人、皆頭いい人ばっかりで、私が通訳欲しかったよ」
ハッタ:「ライカ・ブック、マイルス・ブルーム、シド・ファイフェル。世界的有名人ばかりですね」
ヘイヤ:「そう、シド・ファイフェル! あの人が一番厄介だった! めちゃめちゃムカつく嫌味言ってくるしー。なのに、アリスは淡々と仕事って感じでさー」
ハッタ:「くぐり抜けてきた修羅場が違うんでしょうね」
ヘイヤ:「そうなんだろうねー……」
0:ヘイヤ、ハッタから目をそらしため息を吐く。
ヘイヤ:「私ってサイテー……」
ハッタ:「どうしたんです?」
ヘイヤ:「まるで他人事みたいに言ってるところとか、イルセって呼んであげないところとか。……全部の打算を見て見ぬふりしてるところ」
ハッタ:「ふむ、それらを踏まえて余るほどの不幸をヘイヤは受けてしまったと思いますよ。なにせ一度死んだんですから」
ヘイヤ:「この国の人皆そうなんじゃないの?」
ハッタ:「いえいえ。いずれにしても、幸福は平等には与えられません」
ヘイヤ:「なら受ける側が遠慮して回さなきゃ駄目ってことなんじゃないの?」
ヘイヤ︰「知ってる? 品性のない倫理は道徳とは呼んでもらえないんだよ」
ハッタ︰「どういうことですか?」
ヘイヤ︰「子どもにはとても教えられないってこと」
ハッタ︰「なぜです?」
ヘイヤ︰「そりゃ、後ろめたいからでしょ」
ハッタ:「なるほど、その視点ですか。しかし、幸福はナマモノですから。食えるときに食わないと腐っちゃいますよ」
ヘイヤ:「あー、やだなー」
ハッタ:「腐った幸せをイルセ様に回すのは失礼だと思いますけどね」
ヘイヤ:「それって私はまだ腐ってないってこと?」
ハッタ:「はい?」
ヘイヤ:「本当はヘイヤって名前の意味、私、知ってるよ」
0:ヘイヤ、伏し目がちにハッタを睨む。
ヘイヤ︰「アリスを不思議の国に誘い込むのは三月ウサギの役割なんでしょ」
ハッタ:「偶然ですよ。しかし、面白い指摘ですね。作家の才能があるかもしれません」
ヘイヤ:「ばーか」
ハッタ:「ところで、ヘイヤが腐るとはどういう意味ですか?」
ヘイヤ:「……。……別に、……アリスにとって私はゾンビだから」
ヘイヤ:「そんな腐った私をアリスに回したと思うと、ハッタも女王もいい性格してるなって思っただけ」
ハッタ:「……ふふふ。心配いりませんよ」
ヘイヤ:「え?」
ハッタ:「いえいえ、それでは失礼します」
0:、ハッタ、退場。
ヘイヤ:「あ……」
0:イルセ、登場。
イルセ:「……お待たせ」
ヘイヤ:「アリス!」
イルセ:「待たせてごめん」
ヘイヤ:「いいって。でも、今日は顔色いいね。よく眠れた?」
イルセ:「別に寝坊して遅れたわけじゃないよ。時間ぴったりに着くように歩いてただけ」
ヘイヤ:「知ってる。ハッタが言ってた」
イルセ:「あいつ……」
ヘイヤ:「あ、監視ってわけじゃないよ。いや、監視は監視なんだけど、むしろここでは監視されていない方が危ないって感覚なの」
イルセ:「分かってるよ。気にしてない。向こうでも監視があるのは変わらない」
ヘイヤ:「そっか……。さてっ、どこいこうか?」
イルセ:「ああ、それなんだけど。水族館はどうだろう?」
ヘイヤ:「水族館?」
イルセ:「ここの水族館では泳いでいるのは全てロボットらしいじゃないか」
ヘイヤ:「あ、そうだよ。なんてったってロボット工学の最高峰の国だからね! こんなに小さい魚もいるんだから、ほら」
イルセ:「わかったから。ここで見せなくていい。案内してよ」
ヘイヤ:「えへへ、そうだね。行こ」
0:【場面転換】
0:水族館。
ヘイヤ:「どう? ここの水族館は?」
イルセ:「思っていたより暗いね」
ヘイヤ:「暗い? そうかな、こんなもんじゃない?」
イルセ:「いや。私が水族館に来るのが初めてなんだ」
ヘイヤ:「ええっ! ウソ?」
イルセ:「本当」
ヘイヤ:「そうなんだ……」
イルセ:「うん。私、ここ好きだよ。暗くて静かで、少しひんやりしてる」
ヘイヤ:「気に入ってくれたなら、よかったかな」
イルセ:「ふっ、おまけにクラゲは知性を感じないのに綺麗だ」
ヘイヤ:「あ、それ水槽のスイッチで光るよ」
イルセ:「クラゲが?」
ヘイヤ:「うん、ほら」
イルセ:「本当だ。クラゲ自体が光ってる」
ヘイヤ:「ちゃんとロボットだからね」
イルセ:「本当だね」
ヘイヤ:「ねえ、アリス」
イルセ:「何?」
ヘイヤ:「私のこと恨んでないの?」
イルセ:「どういうこと?」
ヘイヤ:「私のせいで……アリスは私の代わりにイルセとして生きなくちゃならなくなった」
ヘイヤ:「すごく苦しかったんでしょ」
イルセ:「私は君のクローンだ。君がいなければそもそも私は生まれてこなかった」
ヘイヤ:「だったら尚更……」
イルセ:「イルセ。私の出自は確かに違法だ。倫理に背いた技術で私は生まれた。しかし、この技術を売ったのも買ったのも君ではない」
イルセ:「私達はただ出会っただけだ」
ヘイヤ:「うん」
イルセ:「私は、イルセが大切だ。それだけは変えられない。曲げられない」
ヘイヤ:「私が、私だと信じてくれるの?」
イルセ:「名前が変わっただけさ」
ヘイヤ:「身体はもう機械だよ」
イルセ:「クラゲなんかはむしろ本物の方が脳がないくらいなんだ」
イルセ:「私が信じられるものが本物だ」
ヘイヤ:「ありがとう……」
イルセ:「いいや、礼を言うのは私の方だ」
イルセ:「生きててくれて、ありがとう」
ヘイヤ:「……っ。……ぅ…………アリスぅ……」
0:ヘイヤ、イルセの腕の中で泣く。
イルセ:「私も、この国に残るよ」
0:突然、イルセの脳にノイズが走る。
0:ヘイヤの口調が変わる。
ヘイヤ:「とても良い選択です」
イルセ:「!?」
ヘイヤ:「ベストな結果とはなりませんでしたが、非常に良い答えを聞けました」
0:イルセ、ヘイヤを突き飛ばし銃を構える。
0:思考を切り替え、正体を突き止める。
0:赤の女王。
イルセ:「いつだ! いつから入れ替わっていた!?」
ヘイヤ:「最初からです」
0:ヘイヤ、赤の女王の姿に変わる。
赤の女王:「最初から、『ここ』には貴方しかいませんでした」
イルセ:「貴様……!」
赤の女王:「ご安心を。先程の記憶は本物です」
イルセ:「なんだと……?」
赤の女王:「先程までの映像はイルセ様の五日前の記憶を元に作り出した夢です」
イルセ:「夢だと?」
赤の女王:「ええ、ここは夢。この二週間、貴方はずっと夢を繰り返していた」
イルセ:「……なに?」
0:赤の女王、柔らかく微笑み指差す。
赤の女王:「その手の銃は、どこで手に入れたのですか?」
イルセ:「……!?」
赤の女王:「そう、ここは夢でした。しかし、もう危険はありません。貴方はちゃんと夢から覚めることができた」
0:イルセ、混乱しながらも情報を引き出そうとする。
イルセ:「目的はなんだ!? 私を懐柔しようとしたのか!!」
赤の女王:「心配はいりません」
イルセ:「答えろ!!」
赤の女王:「必要ありません」
イルセ:「答えなければ撃つ!!」
赤の女王:「その必要もないのです」
イルセ:「くたばれ!!」
0:銃声が鳴り響く。
0:同時に水が溢れ落ちる音が、始まる。
0:場面転換。
0:イルセは巨大な水槽の中で目を覚ました。
0:裸で体中に管がまとわりついている。
0:排水され、水槽が開く。
0:床に水が溢れ落ちる音。
イルセ:「………………ここは……」
赤の女王:「ハッタ。タオルと着替えを」
ハッタ:「はい。用意しております」
イルセ:「お前…………ここ……私は……」
0:イルセ、体が思うように動かず床に倒れ込む。
赤の女王:「思い出しましたか?」
イルセ:「私……私は……こっ、ここは?!」
赤の女王:「ここは城の地下。培養施設。クローン研究所。ハッタが貴方に唯一紹介できた場所ですね」
0:イルセ、心臓の鼓動が早くなる。
イルセ:「嘘だ。そんなことできるはずが……」
赤の女王:「クローン技術はこの国で確立されたものですよ」
イルセ:「違う……違う……! そうだ!お前には、お前らにはできない! 倫理規定でプロテクトされてるはずなんだ!」
赤の女王:「確かに私達は倫理に反する決定を下すことはできません」
イルセ:「それっ……なら……私はッ……!!」
赤の女王:「しかし、人間の指示があれば、手を貸すことができます」
イルセ:「人間なんて……そんな、誰が……」
赤の女王:「心当たりはあるでしょう? 貴方は悩んでいたのですから」
イルセ:「そんな……まさか……!!」
赤の女王:「ええ。貴方は、イルセ様が作られたのです」
赤の女王:「そこのスイッチを一度だけ押して」
???:「…………!!」
0:ハッタ、倒れそうになる???の方を抱き椅子に座らせる。
ハッタ:「ご安心ください。イルセ様は本国へ帰られましたが、ヘイヤ様はこのことを知りません」
???:「帰った……だと……?」
ハッタ:「ええ、先程。貴方の状態の安定を確認してから帰国されました。さあ、タオルを……」
???:「私が……わたし……私は……ッ」
赤の女王:「貴方に罪はありません。もちろんヘイヤも」
赤の女王:「どういう過程であれ、貴方達はこれからただ、偶然出会うだけなのですから」
ハッタ:「ようこそ、アリス。この国は貴方を歓迎します」
???:「…………はっ、はっ……あはははははははっ……!!」
???:「ワタシ……私は……」
アリス:「…………アリス……」

0:アリス、静かに、何か分からぬものに絶望し、暗転。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?