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【声劇シナリオ】いばら姫と悪魔の願い

内容

◆ラブストーリー│感動│
◆文字数:約10000文字
◆推定時間:40分

登場人物

◆いばら姫:少しツンツンした少女。お嬢様。本当は心が弱い。
◆悪魔:3つの願いを叶える悪魔。考えが固い。実はロマンチスト。

スタート


いばら姫:スズラン
悪魔:清らかな愛情
いばら姫:ペチュニア
悪魔:心の安らぎ
いばら姫:ハイビスカス
悪魔:繊細な美
いばら姫:……バラ
0:いばら姫・モノローグ
いばら姫:薔薇の花にはいくつかの意味があります。
いばら姫:全般の意味としては、『愛』と『美』。
いばら姫:流石、花の女王とも呼ばれるだけあって、単純明快な美しい意味を持ちます。
いばら姫:実は私、そんな美しい花と同じ名前で呼ばれているのです。
いばら姫:しかし、その意味は……
0:悪魔・モノローグ
悪魔:その少女を選んだのは、絵になると感じたからだ。
悪魔:最初に目にした姿は、テラスで静かにお茶を嗜んでいるだけだったが、確かに絵になっていた。
悪魔:その少女は目が見えず、物憂げだったからだ。
悪魔:悪魔とは古来より酔狂な存在だ。
悪魔:俺は、その少女の物語を見てみたいと思った。
0:朝。いばら姫の寝室。
0:いばら姫、起床。
いばら姫:「……んんん〜〜……」
悪魔:「ん? 起きたのか」
いばら姫:「嫌。私、寝ているの」
悪魔:「しっかり返事をしていて何を言う」
悪魔:「起きたのならさっさとベッドから出てこい」
いばら姫:「いいえ。しっかり寝ているの」
いばら姫:「ベッドに根が生えてしまっているんですもの」
悪魔:「くだらないことを言ってないで早く起きろ。もう朝だ」
いばら姫:「はあ、朝なのね……。Heyアクマ。今の時間は?」
悪魔:「午前6時22分だ」
いばら姫:「Heyアクマ。今日の天気は?」
悪魔:「快晴。日焼けに注意」
いばら姫:「Heyアクマ。モーニングミュージックをかけて」
悪魔:「ンなもんねえよ」
いばら姫:「あなたが歌えばいいじゃない?」
悪魔:「ふざけんな。ほら、そろそろホントに起きろ」
いばら姫:「じゃあ近くに来てよ。すぐ近く」
悪魔:「はあ……。ほら、お前の言うすぐ近くだ」
0:いばら姫は匂いを嗅ぐ。
いばら姫「……ホントね。貴方の匂いがするわ。近くにいるのがわかる……」
0:いばら姫、悪魔を捕まえようと両手で叩く。
悪魔:「おい、潰そうとするな!」
いばら姫:「触ろうとしただけよ」
悪魔:「両手で叩いてただろうが! “ススワタリ”なら潰れていたぞ」
いばら姫:「そんなもの知らないわよ。ケチ!」
悪魔:「ケチじゃない。俺は触られるのが大嫌いだと、何度も言っただろ」
いばら姫:「忘れたわ」
悪魔:「上等だ。思い出させてやる」
いばら姫:「こっちこそ……今日こそ捕まえて−−あぁッ」
0:いばら姫、転ぶ。
いばら姫:「いったーい」
悪魔:「ざまあみろ」
いばら姫:「この悪魔め。……ッ……」
0:メイド、扉をノックする。
いばら姫:「……!! 入ってこないで! 何にもないわ。何もないから……」
いばら姫:「……はあ」
悪魔:「……さっさと起きろよ」
いばら姫:「起こしてよ! 『友だち』でしょ!」
悪魔:「『友だち』であることは、起こすこととは関係しないだろう?」
いばら姫:「するわよ! 貴方、友だちいないの!?」
いばら姫:「お前はどうなんだ?」
悪魔:「貴方がいるじゃない!」
悪魔:「あーそうかい。じゃあ、そろそろカーテンを開けてくれ」
いばら姫:「自分で開けなさいよ!」
悪魔:「俺は潔癖なんだ」
いばら姫:「使えない友だちね! ……よいしょっと…」
悪魔:「ああ、そっちそっち……もうちょっと左だ。棚の花瓶を倒すなよ」
いばら姫:「はあい。…………ぃしょっと……」
0:いばら姫・モノローグ
いばら姫:太陽の熱が、私の肌を包みました。
いばら姫:私はまぶたの奥で、光の重みを感じて眉をひそめます。
悪魔:「窓も暫く開けとけよ。この部屋、空気が悪いぞ」
いばら姫:「分かってるわよ」
0:いばら姫・モノローグ
いばら姫:悪魔は口うるさい友だちです。
いばら姫:悪魔は契約により3つの願いを叶えてくれます。
いばら姫:その対価は何か知りませんが、悪魔にとって契約は神聖なもので、絶対に守るもののようです。
いばら姫:プライドのようなものかしら。
いばら姫:そして私が彼にした……2つ目の願いは『友達になって』でした。
0:いばら姫、退屈そうに頬杖をついている。
いばら姫:「ねぇ、“ニグレット”。お腹すかない?」
悪魔:「すかない」
いばら姫:「そう……」
悪魔:「だが、喉は乾いたな」
いばら姫:「ホント? ホントね?」
悪魔:「ああ」
いばら姫:「わかったわ。じゃあ、電話で頼んであげる。何がいいかしら?」
悪魔:「水」
いばら姫:「え?」
悪魔:「水だ」
いばら姫:「えー。まあ、いいか……」
0:いばら姫、部屋の受話器を取り話し出す。
いばら姫「もしもしセバス? 水と紅茶とサンドイッチを用意なさい。部屋の前に置いておくのよ」
悪魔:「俺は紅茶とサンドイッチは頼んでないぞ」
いばら姫:「えっと、水が欲しいということは私とティータイムを共にしたいということでしょう?」
悪魔:「そんな事はない」
いばら姫:「あるの。友だちなんだから」
悪魔:「そうかい」
いばら姫:「テラスまでいく?」
悪魔:「嫌だね。そこのテラス、毛虫が出るじゃないか」
いばら姫:「前回の1回だけよ。貴方、本当に毛虫が嫌いよね」
悪魔:「馬鹿にするな。毛虫以外なら問題ない」
いばら姫:「毛虫が、苦手なだけで十分マヌケに見えるけどね」
悪魔:「マヌケとはなんだ!?」
いばら姫:「いいじゃない。友だちでしょ」
悪魔:「なんでも友だちで片付けるな。」
いばら姫:「ダメよ! 友だちなんだから」
悪魔:「まったく……なんなんだよ、友だちって……」
いばら姫:「なによ……。そんなに私と友だちでいることが嫌なの……」
悪魔:「ああ、嫌だね。何をしたらいいかさっぱりわからない」
いばら姫:「悪かったわよ。面倒くさいなら……やめたって構わないわよ」
悪魔:「いいわけないだろ! 悪魔にとって契約は何よりも大切なんだ。俺は何があってもお前と友だちなんだからな」
いばら姫:「なにが、あっても……?」
悪魔:「当然だ」
いばら姫:「ふふっ……そうね。それでこそ私の友だちね」
悪魔:「? 意味がわからん……」
いばら姫:「友だちは余計な一言は言わないものよ! 言わぬが花ってね。でも、許してあげる。友だちだから!」
悪魔:「友だちだと言うなら早く、『お願い』をするべきなんじゃないか? いい加減に3つ目の願いを……」
0:いばら姫、悪魔の言葉を遮る。
いばら姫:「友だちは急かすものじゃないのよ」
悪魔:「待たすようなものでもないだろ。そもそも、せっかく、1つ目の願いで……」
0:いばら姫、悪魔の言葉を遮る。
いばら姫:「うるさいうるさい! ニグレットは私に優しくしなきゃダメよ」
悪魔:「その心は?」
いばら姫:「友だちだから!!」
悪魔:「だろうな。ケチめ」
0:いばら姫、小さな声で呟く。
いばら姫:「だって、3つ目の願いをしたら……」
悪魔:「うん? なんだって?」
いばら姫:「……もうっ……何でもないわよ!」
悪魔:「はあ……。しかしそもそも、友だちとは何をしたらいいんだ?」
いばら姫:「えっと……。でも、対等な存在だと思うわ!」
悪魔:「対等な存在、か……そうか……なるほど……」
いばら姫:「もしかして、私、すごくいいこと言ったんじゃない?」
悪魔:「ああ。『友だち契約』で叶える『お願い』の範囲がそれなりに絞ることができた」
いばら姫:「……もうっ、そんなこと言って……って、じゃあ“アレ”は?」
悪魔:「“アレ”とはなんだ?」
いばら姫:「寝る前の読書よ。貴方が、読んでくれないと私読めないじゃない」
悪魔:「アレは『友だち契約』の範囲だ」
いばら姫:「朝の着替えの手伝いは?」
悪魔:「手伝ってやる」
いばら姫:「魔界整体師の使い魔の召喚は?」
悪魔:「駄目だ。あっちは依頼してるんだ。金がかかる」
いばら姫:「ああ、お金の問題なのね……」
悪魔:「ほら、いい加減、うだうだ言うのをやめろ。クローゼットまで歩け。手伝ってやる」
0:テラス。
悪魔:「日差しは、まあ……程よく気持ちいいんだがなぁ……」
いばら姫:「自慢のテラスだもの。当たり前じゃない。貴方もオドオドしないで座ったら?」
悪魔:「オドオドなんてしてない。少し警戒しているだけだ!」
いばら姫:「そういう所は、貴方、可愛いのにね」
悪魔:「誰が可愛いだ! 俺はなぁ。棘だらけの身体。緑色の翼。血のように真っ赤な形相。禍々しさを煮詰めたような姿をしているのだ。それを見てもそんな事が……」
0:いばら姫、悪魔の言葉を遮る。
いばら姫:「見てないもの」
0:悪魔、呆れる。
悪魔:「……そうだったな」
いばら姫:「優しくない」
悪魔:「はあ?」
いばら姫:「友だちと過ごしているのよ? もっとお互いに楽しくなるよう工夫するべきよ」
悪魔:「……ゲームか?」
いばら姫:「そう! この間のゲームをしましょう?」
悪魔:「『20の質問』か?」
いばら姫:「そう、それ!」
悪魔:「やりたいなら、そう言えばいいのに」
0:悪魔、暫く考える。
悪魔:「……いいぞ」
いばら姫:「やった! じゃあ……それは美味しいものかしら?」
悪魔:「わからん。悪魔は人間の食事をしないからな」
いばら姫:「ああ、そうか。……それは可愛いもの?」
悪魔:「イエス。そうだな。アレは可愛らしいと思うな」
いばら姫:「あなたが可愛いっていうなんて珍しいわね。それは生き物?」
悪魔:「イエスだ。」
いばら姫:「絶対に当ててみたいわ。それは蛇?」
悪魔:「ノー。もっと絞ってから当てにこい。次、5つ目だ」
いばら姫:「えっと、じゃあ……人よりも大きい?」
悪魔:「ノー。大きくないな」
いばら姫:「それは犬?」
悪魔:「ノー」
いばら姫:「それは猫?」
悪魔:「ノー。もっと絞るんだな」
いばら姫:「えー。……あ。空を飛ぶ?」
悪魔:「ふむ。イエスだな」
いばら姫:「わあっ、近くなった! もう簡単ね。カラスかしら?」
悪魔:「ノー、だな」
いばら姫:「えぇ……。じゃあ、ハト?」
悪魔:「ノー。違う」
悪魔:
いばら姫:「なんで違うのよ……」
悪魔:「センスがないな」
いばら姫:「うん……そうかも……」
悪魔:「ん、なんだ? 言い返さないのか?」
いばら姫:「うん。ごめんなさい……ごめんなさ……」
0:◯いばら姫、テーブルに倒れる。
悪魔:「エレーヌ? おい……おい!? しっかりしろ!!」
0:◯いばら姫・モノローグ
いばら姫:私は使用人に運ばれて寝室に戻された。
いばら姫:悪魔は運んでくれなかったけれど、倒れたことを使用人が気づくように仕向けてくれたらしい。
いばら姫:本当に人に触れることが嫌いみたい。
いばら姫:とても失礼。
いばら姫:でもいいの。友だちになってくれているんだもの。
いばら姫:許してあげる。
いばら姫:ほんの少し、さみしかっただけ。
0:◯悪魔・モノローグ
悪魔:“エレーヌ”は日に当たりすぎたのか軽い貧血だった。
悪魔:大したことなくてよかった。
悪魔:まったく! 自分の体調管理もできないなんて。
悪魔:世話が焼けるなんてレベルじゃない。
悪魔:これじゃあ、友だちじゃなくて保護者じゃないか。
悪魔:前にだって同じことがあった。
悪魔:その時、彼女は俺にうわ言のように言い続けていた。
悪魔:『ごめんなさい』と。
悪魔:しかも、どうやら俺のことを父親と勘違いしているようで。
悪魔:いつも閉じられたままの瞼がその時は涙で濡れていたんだった。
0:いばら姫、呻くように呟く。
いばら姫:「ごめんなさい……私、弱くて……」
0:◯悪魔・モノローグ
悪魔:俺は、どうしたらいい?
悪魔:本当は、嫌なのだが……片翼をそっと伸ばした。
悪魔:玉の露が零れる長いまつ毛にそっと触れて掬った。
悪魔:夜の暗がりの中でその玉だけが小さく光を秘めていた。
悪魔:「俺は、どうしたいんだ……?」
0:◯夜・いばら姫の寝室。
0:寝息を立てるいばら姫を悪魔が起こす。
いばら姫:「……んん……」
悪魔:「おい、起きろ」
いばら姫:「んっ……え……?」
悪魔:「起きろと言っているんだ」
いばら姫:「もう朝なの? なんだかまだ暗い気がするんだけど」
悪魔:「朝なわけあるか。草木も眠る丑三つ時だ」
いばら姫:「ん~……それって何時ぃ?」
悪魔:「2時くらいだな」
いばら姫:「おやすみ」
悪魔:「ここにニッポンの団子があってな」
いばら姫:「おはよう。今日もいい夜ね」
悪魔:「ククッ……やはりお前は、花より団子だな」
いばら姫:「ダンゴは昔一度だけ食べたことがあるの。美味しかったわ。どこにあるの?」
悪魔:「外だ。行くぞ」
いばら姫:「え。……え?」
悪魔:「え? じゃない。行くぞ、今から外に」
いばら姫:「ちょ、ちょっと何よそれ。そんなの無理よ」
悪魔:「いいから来いよ」
いばら姫:「無理! だって私……目が……」
悪魔:「友だちの誘いを断るな。今から夜の外出なんだ。知らないのか? 悪いことってのは楽しいことなんだぞ」
いばら姫:「それは……そうかもしれないけど……」
悪魔:「そう。その通りなんだ。だから来い。遠くまではいかない。俺の声に続けばいいだけだ」
0:◯外・いばら姫は悪魔の声を頼りに夜の暗がりを歩いている。
いばら姫:「ねえ、本当に外に出たのね!」
悪魔:「嬉しそうだな」
いばら姫:「あなたが言ったんじゃない。悪いことは楽しいことだって」
悪魔:「そうだったな」
いばら姫:「ねえ! 続きをしましょ?」
悪魔:「ん、続き?」
いばら姫:「『20の質問』。途中だったでしょ。」
悪魔:「ああ、諦めてなかったのか」
いばら姫:「諦めたりなんかしないわ。あとちょっとだったんだもの。鳥の種類!」
悪魔:「何を言っている。鳥だなんて言ってないぞ」
いばら姫:「え!? でも、可愛いって言ったじゃない」
悪魔:「それは俺の主観の話だ。お前の中の可愛くて空を飛ぶものは鳥しかいないのか?」
いばら姫:「ええー、わからないわ」
悪魔:「ほら辿り着くまでに当ててみろ。きっとできる」
いばら姫:「……ふふ。ええ、頑張る。えっと……それは手のひらに乗る大きさ?」
悪魔:「イエス。その調子だ」
いばら姫:「それは……鳥じゃないのよね?」
悪魔:「イエス。鳥ではない」
いばら姫:「うーん。……あ、虫?」
悪魔:「イエス。やるじゃないか」
いばら姫:「当然よ。えっと……可愛い虫? 」
悪魔:「そうだな」
いばら姫:「あ。駄目よ。今のはカウントしないでね」
悪魔:「わかってるさ。少し先に太い木の根がある。気をつけろ」
いばら姫:「うん。…………カブトムシよりも大きい?」
悪魔:「ノー。大きくない」
いばら姫:「足は6本?」
悪魔:「イエス。昆虫に違いない」
いばら姫:「あー。害虫?」
悪魔:「ノー。むしろ、益虫だな。いや……場合によっては危ないのか?」
いばら姫:「何よそれ。はっきりしない答えね」
悪魔:「益虫に違いないが。不用意に脅かしたなら人間にも襲い掛かるということだ」
いばら姫:「へえ。いいこと聞いちゃった」
悪魔:「のこり質問は3つだけだぞ」
いばら姫:「えぇ……。あっ、わかったかも。それは花と仲良し?」
悪魔:「ほう……イエスだ」
いばら姫:「ふふふっ。それはしましま模様ね?」
悪魔:「イエス。残り1つ」
いばら姫:「それは蜜を集める働き者?」
悪魔:「イエス。さあ、答えてみろ」
いばら姫:「えへ……あなたが好きなのはミツバチね」
悪魔:「ふっ。正解だ。さあ、ご褒美にダンゴを食べようか」
悪魔:「目的の湖畔についた。こっちに椅子がある。……おいで」
0:悪魔、エレーヌを椅子まで案内する。
いばら姫:「これね。わっ……この椅子って」
悪魔:「ああ、木の根で編んだ椅子だ。魔法の椅子だな」
悪魔:「ヤドリギをクッションに巻かせてある」
悪魔:「虫は退散の魔方陣を用意しておいたから安心しろ」
いばら姫:「ホント。虫が嫌いなのね」
悪魔:「毛虫だけだ。ミツバチは好きだと言っただろう。それにあの時、本当はお前の方が騒いでいた」
いばら姫:「なら、お互い様ね。知ってる? 嫌いなものを共有してるとね。仲良くなれるの」
悪魔:「ふっ、もう十分さ。さあ、団子だ」
いばら姫:「お茶は?」
悪魔:「ハーブティーがある。タイムだ」
いばら姫:「へぇ。狙ったの?」
悪魔:「何がだ?」
いばら姫:「タイムの花言葉は『勇気』や『行動力』なの」
悪魔:「知らないな。だが、私は魔法生物だ」
悪魔:「言葉や運命を引き寄せることはある。よくやったじゃないか」
いばら姫:「えへへ。ありがとう」
0:二人、暫し夜を感じる。
悪魔:「いい夜だ」
いばら姫:「そうね。風が気持ちいい」
悪魔:「月も綺麗だ」
いばら姫:「……そうなんだ」
悪魔:「……説明してやる」
いばら姫:「え?」
悪魔:「この空はな。森の木に囲まれている。高い木だから空は湖と同じ大きさだ。
悪魔:「星はない。満月で明るいからな。
悪魔:「木の輪郭がしっかり縁取ることができるくらいに、夜に光が差している」
悪魔:「月は青みを帯びた銀色だ」
いばら姫:「とても明るい夜なのね」
悪魔:「それだけじゃない」
悪魔:「遮る木がない水面にだけ風が吹いているから浅く波ができているんだ」
悪魔:「そこに光は落ちて増えている。わかるか? 増幅しているんだ」
悪魔:「小さい光に切り刻まれてきらきらと輝いている」
悪魔:「水面は、この世界で一番明るい」
いばら姫:「綺麗ね……」
悪魔:「まだまだ。これから花を咲かせてやる。それ!」
0:ーー悪魔、魔法で辺りに花を咲かせる。
悪魔:「さあ、スズランが咲いた。大人しくだが、小さな鈴がたくさん咲いたぞ。
悪魔:「あっちにはペチュニアだ。豊かに枝垂れている」
悪魔:「負けじとこっちにはハイビスカスが咲いたぞ」
悪魔:「夜の中でもひと際華やかだ」
悪魔:「同じようにはっきりした色で咲いたのはルドベキアだ」
悪魔:「しかしこっちはえんじ色で落ち着いていているな。
悪魔:「遅れて静かに咲きだしたのが、ブルースターだ」
悪魔:「月光を浴びて透明感を帯びているな。アイスブルーだ」
悪魔:「その合間にオキナグサがのんびり首をかしげている」
悪魔:「離れたところででトリトマも大きく咲いたぞ。花火みたいだ」
悪魔:「それを足元のリナリアが眺めているな」
悪魔:「いつの間にか遠くでナンテンがたくさん実っているな」
いばら姫:「素敵、わかるわ……気配が、音が、匂いががするの」
悪魔:「ああ。ひっそりしているが、サギソウも白く羽を広げているな」
悪魔:「みんなお前に向かっているみたいだ」
悪魔:「あっちの白は別物だ。カスミソウだな」
悪魔:「この夜じゃ。あれが星屑みたいだな」
悪魔:「お前の足元にもいるぞ。左側、スターチスだ」
悪魔:「大人になろうとして紫を着飾って背伸びしている」
悪魔:「お前に寄り添いたいんだ」
悪魔:「右側にはカランコエ」
悪魔:「パステルな癖に落ち着いていて、こいつはすまし顔だな」
悪魔:「ワスレナグサだ。これは夜に映える青色だな」
悪魔:「さっきから生えていたが。お前に会いたくてこっちやってきたみたいだ」
いばら姫:「綺麗。とても綺麗なのに……ごめんなさい」
悪魔:「なぜ謝る?」
いばら姫:「私が見ようとしないから
いばら姫:せっかく、1つ目の願いで目を治してもらったのに」
悪魔:「……」
いばら姫:「私の目は事故で見えなくなったの」
いばら姫:「車の事故」
いばら姫:「お母さんが守ってくれたから、私は生きているけれど……」
いばら姫:「お母さんは私をかばって死んじゃった」
悪魔:「そうか」
いばら姫:「私、お父さんにたくさん怒鳴ったのよ」
いばら姫:「信じられないかもしれないけど、私、それまで大きな声なんて出したことなかった」
いばら姫:「それなのにたくさん怒ったの」
いばら姫:「全部お父さんのせいだって」
いばら姫:「お母さんがいなくなって寂しいことも、目が見えなくなって悲しいことも」
いばら姫:「全部お父さんのせいにしたの。そんなわけないのに」
悪魔:「……そうだな」
いばら姫:「それからずっとこんな感じ」
いばら姫:「屋敷の使用人にもきつく当たって……」
いばら姫:「棘だらけの“いばら姫”なんて呼ばれてるわ」
悪魔:「ああ、そうだった」
いばら姫:「あなたと出会った時」
いばら姫:「自分の目が治った瞬間。もの凄く嬉しかったの」
いばら姫:「でも、ほんの一瞬。すぐに怖くなったわ」
いばら姫:「だって、みんなの顔が見えてしまうんだもの」
いばら姫:「ずっと昔から知っているみんなの顔が怖い表情をしてたらどうしようかって」
いばら姫:「ずっと悪いことをしていたのは私なのに」
いばら姫:「そんなこと当たり前なのに」
いばら姫:「お父さんが、私のことを嫌いになってたらどうしようかって……」
悪魔:「エレーヌ……」
いばら姫:「ごめんなさい。私に勇気がなくて」
いばら姫:「弱くてごめんなさい」
いばら姫:「本当は見てみたいのこの満月も、輝く湖も、魔法の花達も」
いばら姫:「あなたと一緒に見たいの」
いばら姫:「でも、勇気が出ない」
いばら姫:「本当は3つ目の願いだって決まってる」
いばら姫:「『ほんの少しだけ勇気が欲しい』」
いばら姫:「でも、それすら願えないくらいに私は弱いの」
いばら姫:「私には、あなたしかいないから……ごめんなさい……」
0:◯夜・寝室。
0:◯悪魔・モノローグ
悪魔:エレーヌは眠った。
悪魔:胸の内に秘めたものを抱えなおして。
悪魔:「俺はどうすればいい?」
悪魔:エレーヌを、俺はどうしたいんだ? 
悪魔:いや、わかっているさ。
悪魔:私は彼女を幸せにしてあげたい。
悪魔:幸せにしてあげたい。
悪魔:心から笑わせたいんだ!
悪魔:あの涙は、辛すぎるんだ。
悪魔:しかし、彼女自身が願わなければ、願いを叶えてやることはできない。
悪魔:もし願ってもいない願いを叶えたりすれば……
悪魔:そんなことをすれば、私は……。
悪魔:契約違反は重罪だ。
悪魔:この身に宿った悪魔の力は……、失ってしまうだろう。
悪魔:物言わぬ石像や、ただの鏡になってしまった悪魔を何度も見たんだ。
悪魔:馬鹿な奴らだ……。
悪魔:そうさ、私は悪魔だぞ!
悪魔:数々の悪を成してきた。闇を掬ってきた!
悪魔:なのにどうして今更!
悪魔:高々少女1人のために、そんな馬鹿な真似をしようとする?
悪魔:そうだ、馬鹿げている! 
悪魔:アイツはただの友だちだ。
悪魔:いつも一緒にいるだけのやつだ。
悪魔:話したり、ゲームをしたり、喧嘩したりするだけの仲だ。
悪魔:目鼻立ちが整っていて、黒髪が豊かで、唇がかわいいだけの女だ。
悪魔:心が弱くて、朝にだらしなく甘える、軽率で、感情を隠せない馬鹿な女だ。
悪魔:ただの友だちだ!
悪魔:ほんの少し好きになっただけだ!!
悪魔:……好きに……。
悪魔:……馬鹿げている。
悪魔:馬鹿げているな、俺は……。
悪魔:もうとっくに契約なんて、違反しているじゃないか。
0:以下引用
0:   花のひらくやうに
0:   おのづから、ほのぼのと
0:   ねむり足りて
0:   めざめる人
0:   その顔幸にみち、勇にみち
0:   理性にかがやき
0:   まことに生きた光を放つ
0:   ああ痩せいがんだこの魂よ
0:   お前の第一の為事は
0:   何を措いてもようく眠る事だ
0:   眠つて眠りぬく事だ
0:   自分を大切にせよ
0:   さあようく
0:   お眠り、お眠り
0:    高村光太郎作『高村光太郎詩集』(岩波文庫、出版1955年)
0:
0:◯数か月後。
いばら姫:「おはよう、セバス。いい天気ね」
0:◯いばら姫・モノローグ。
いばら姫:小さな花瓶から片手を離して挨拶する。
いばら姫:使用人は、にこやかに挨拶を返してくれた。
いばら姫:その表情は変わったような気もするし、変わらないような気もする。
いばら姫:私は、私が思っていたよりも鈍感だった。
いばら姫:鈍感に幸せを感じていた。
いばら姫:でも、人によっては少しだけ緊張したり、恥ずかしかったりもするの。
0:いばら姫、父親を見つける。
いばら姫:「……あ、お父さん。ーーおはよう!」
0:◯いばら姫・モノローグ。
いばら姫:私には友だちがいた。
いばら姫:脅かすような口調で、悪いことをそそのかしてくる、楽しい友だち。
いばら姫:真っ赤な顔をして、緑の翼を生やして、棘だらけの体した、毛虫が嫌いな 可愛いヒト。
いばら姫:何があっても友だちでいると誓ってくれたヒト。
いばら姫:嘘つきなヒト。
いばら姫:今は懐かしい過去のことだ。
いばら姫:私、あなたが思っているほど馬鹿じゃないのよ。
いばら姫:花についてはあなたが思っている以上に詳しいんだから。
0:◯二人・モノローグ
いばら姫:スズラン
悪魔:(清らかな愛情)
いばら姫:ペチュニア
悪魔:(心の安らぎ)
いばら姫:ハイビスカス
悪魔:(繊細な美)
いばら姫:ルドベキア
悪魔:(あなたを見つめる)
いばら姫:ブルースター
悪魔:(幸福な愛)
いばら姫:オキナグサ
悪魔:(告げられぬ恋)
いばら姫:トリトマ
悪魔:(あなたを思うと胸が痛む)
いばら姫:リナリア
悪魔:(この恋に気づいて)
いばら姫:ナンテン
悪魔:(私の愛は増すばかり)
いばら姫:サギソウ
悪魔:(夢でもあなたを想う)
いばら姫:カスミソウ
悪魔:(永遠の愛)
いばら姫:スターチス
悪魔:(変わらぬ心)
いばら姫:カランコエ
悪魔:(あなたを守る)
いばら姫:ワスレナグサ
悪魔:(真実の愛)
0:◯いばら姫・モノローグ。
いばら姫:本当に可愛いヒト……。
0:いばら姫、呟く。
いばら姫:「悪いヒト。好きになっちゃったじゃない」
0:◯いばら姫・モノローグ。
いばら姫:私はテラスに辿り着くと花瓶をテーブルに置いた。
いばら姫:あの頃よりも、ずっと風が冷たい。
いばら姫:花瓶には一輪。1対の羽のような葉の奥には、少し怒っているかのような振りをする棘が、じっとこちらに向けられている。
いばら姫:その顔はそっぽを向いているけれど、真っ赤だった。
悪魔:(……勝手に言ってろ)
いばら姫:「あなた、私をヤドリギの椅子に座らせたわよね」
0:いばら姫はバラの花(悪魔)にキスをする。
いばら姫:「嘘つき。やっぱりあなた、可愛いじゃない」

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