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【声劇シナリオ】アサギマダラの処方箋

内容

◆ラブストーリー│切ない│
◆文字数:約4000文字
◆推定時間:20分

登場人物

◆フジ:藤川徹。地方の産婦人科医。シニカル
◆ マキ:浅葱真姫。娼婦。頭がいい。

スタート


フジ 毒の匂いがした。
フジ 甘く、軽やかな鱗粉の匂いだ。
フジ 彼女は、アサギマダラの匂いがした。

【タイトルコール】アサギマダラの処方箋
(読まずとも構いません)

〇診察室・フジ、患者を見送る。

フジ 「お大事に。無理しないようにね」
フジ 「……はあ」
マキ 「何、ため息ついてるの? センセ」
フジ 「……診察室には呼ばれるまで入ってきちゃいけないんだよ」
マキ 「勝手に入らなきゃ、先生、サボってるでしょ」
フジ 「ひと息、淹れるだけさ」
マキ 「じゃあ問題ないわね。私はヒスって騒がしくしないから」
フジ 「君だけを特別扱いはできない」
マキ 「今日、最後のオキャクサンよ。どう足掻いても特別なのは変わらないわ」

ーーフジ、待合室を覗く。

フジ 「……本当に最後みたいだね」
マキ 「先生。私もコーヒー欲しい」
フジ 「ここは喫茶店じゃないんだ」
マキ 「あら。お礼のつもりなんだけど? 私との食事は普通はお金がかかるんだから」

ーーフジ、コーヒーを淹れる

フジ 「…………不合理だね」
マキ 「ありがと。ここのコーヒーが一番好きよ、マスター」
フジ 「インスタントなんだ、自分で買って淹れるのをオススメするよ」
マキ 「私はヌく方が得意だからね、淹れるのは先生にしてもらうの」
フジ 「まさか上手いことを言ったつもりかい?」
マキ 「オジサンたちには大受けなのよ」
フジ 「なら、僕がオジサンじゃない証明ができたわけだね。ありがと」
マキ 「どういたしまして」
フジ 「体調に変わりはないかい?」
マキ 「先生はどうなの?」
フジ 「僕は健康さ」
マキ 「それは嘘よ。医者なんだから」
フジ 「医者の不養生?」
マキ 「そうそれ」
フジ 「僕はヤブ医者だから健康なんだ」
マキ 「ブラックジャックみたいね、ふふふ…」
フジ 「免許なら持ってるよ。それにブラックジャックは名医だろ」
マキ 「先生のそれを命題にして対偶をとると、ブラックジャックは不健康になちゃうわ」
フジ 「ん? ……いや、そもそも命題に取れないだろうに」
マキ 「考えるのが面倒だからって投げないでほしいわ」
フジ 「頭がいいのをひけらかされる方の身にもなるといい」
マキ 「そのせいなのかしらね。私、陰口言われてるみたいなの」
フジ 「へぇ……」
マキ 「……」
フジ 「……」
マキ 「ねえ、仕事何時に終わるの?」
フジ 「君が帰ったら終わるさ」

ーーマキ、立ち上がる。

マキ 「帰る」
フジ 「えっ」
マキ 「……ふふっ。怒ったと思った?」
フジ 「うん」
マキ 「どう?」
フジ 「怖かったよ」
マキ 「そう。じゃあ、許してあげる」
フジ 「それは良かった。ありがとう」
マキ 「ただとは言ってないよ」
フジ 「えっ」
マキ 「ふふっ、その顔。怖がらないでよ。ちょっと遊びに行くだけよ」

〇カラオケ

マキ 「はい。何歌う?」
フジ 「僕が歌を歌うように見える?」
マキ 「馬鹿言わないで。職業なら知ってるわよ?」
フジ 「そう。僕は君が思ってるより馬鹿だから許してくれるかな?」
マキ 「自分のことを馬鹿だって言う人嫌い」
フジ 「どうして?」
マキ 「大抵は本当に馬鹿なんじゃなくて、面倒くさがってるだけだから。『馬鹿だから分かんない』じゃなくて、『面倒だから無視するね』だから」
フジ 「ふーん」
マキ 「私って面倒くさい女?」
フジ 「そのセリフは面倒くさいね。手前の意見は面白かったよ」
マキ 「よかった」
フジ 「……歌ってあげようか?」
マキ 「え!? 歌えるの?」
フジ 「僕も日本国民だ。ドラえもんくらいなら歌えると思う」
マキ 「あっははは、いいね。一緒に歌おう!」

ーーフジ、ひとしきり歌い終える。

マキ 「アハハハ」
フジ 「ご機嫌だね」
マキ 「サイコー」
フジ 「僕のドラえもんはそんなに良かった?」
マキ 「うん。毎週歌ってね」
フジ 「流石に主題歌に選ばれるのは遠慮したいかな」
マキ 「ね。ドラえもんのひみつ道具、何がほしい?」
フジ 「とりよせバッグ」
マキ 「お。即答」
フジ 「整頓の必要がなくなるからね」
マキ 「倉庫を借りて物は全部その中に放り込んでおくんでしょ?」
フジ 「部屋がスッキリするね」
マキ 「でも倉庫まで返すのが面倒くさそう。四次元ポケットでいいじゃん。ポケットだけだけど」
フジ 「四次元ポケットの中身は整頓が必要だから却下だね」
マキ 「そんなに整頓苦手なの? 意外かも」
フジ 「病院のカルテを全部電子データにしてもらったくらいには苦手だよ」
マキ 「紙のカルテは?」
フジ 「秘密」
マキ 「いいことね。最近の患者のデータとかってブロックチェーンで消えないようになってるんでしょ?」
フジ 「そんないいもの導入してないよ」
マキ 「高いの?」
フジ 「知らない。まだ日本では使ってないんじゃない? 僕の所のカルテは月2万円くらいのサービスを使ってる」
マキ 「いい値段するね」
フジ 「安い方だよ。君は?」
マキ 「5万円かな」
フジ 「ひみつ道具」
マキ 「面白くなかった?」
フジ 「君ならそのジョークで笑う?」
マキ 「仕事ならね。これ系のジョークは言ってる方は楽しいね」
フジ 「聞いてる身はつまらない」
マキ 「知ってる。私はねタケコプター」
フジ 「どこでもドアじゃなくて?」
マキ 「うん。道中楽しみたい旅人でして」
フジ 「国土交通省に飛行許可を取るのが、面倒くさそうだね」
マキ 「当然低空飛行でこっそり飛ぶことにする。もちろんジーンズで」
フジ 「なんでジーンズ?」
マキ 「カッコイイでしょ」
フジ 「ふーん」
マキ 「嘘でも似合いそうって言ってほしい」
フジ 「お似合いだね」
マキ 「ありがと。ちょっと助かる」
フジ 「……」
マキ 「ねえ、膝枕させて」
フジ 「どういうこと?」
マキ 「先生の膝を貸してってこと」
フジ 「……」
マキ 「変なことしないから〜」
フジ 「……元気?」
マキ 「はい?」
フジ 「いや、なんでもない。片膝なら貸すから聞き流しといて」

ーーマキ、フジの膝に頭をのせる。

マキ 「はーい。よっと」
フジ 「お酒飲んでたっけ?」
マキ 「私、お酒飲まない主義なんだよね」
フジ 「僕もだ」
マキ 「気が合うね〜」
フジ 「そうだね」
マキ 「あ。先生もそう思ってくれてる?」
フジ 「まあ、それなりには」
マキ 「趣味とかさ。話が面白いとか、どれだけ互いを知ってるかとかじゃないんだよね。欲しいのは」
フジ 「ほう」
マキ 「先生と私、いつも中身のない会話しかしてないでしょ」
フジ 「そうだね」
マキ 「この空虚が好き」
フジ 「中身のない話をするユーチューバーが好きみたいなものかな」
マキ 「違うよ。無駄な話は無駄」
フジ 「さっぱり違いがわからないよ」
マキ 「ユーチューバー始めてみる?」
フジ 「仕事の延長でも流石に嫌かな」
マキ 「私はユーチューバーやってみたいかな。旅チューバー」
フジ 「似合いそうだね」
マキ 「今も転々虫[テンテンムシ]してるからね。もう少しでまた何処かに行っちゃうよ」
フジ 「やっぱり、そろそろ行くつもりだったんだ」
マキ 「お? そんなこと思ってたの? 寂しい?」
フジ 「急に僕を誘い出したのも、地方の思い出を一つ作りたかったんだろう?」
マキ 「違うよ。いや、違くはないけど」
フジ 「どっちなのか」
マキ 「……中身のある話をしちゃうぞ?」
フジ 「するのは構わないよ。期待はされても困るけどね」
マキ 「この仕事、疲れたなあって」
フジ 「仕事は、みんな疲れるものだよ」
マキ 「私もそう思ってた。私なら割り切ってしまえると思ってた。私、頭いいからね」
フジ 「頭いいと君の周りではイジメられそうだね」
マキ 「悪いフリくらいちゃんとできてたよ『頭悪いからわかんなーい』って。そんな上辺が何枚も重ねられててさ。重たいなあって」
フジ 「何枚か数えてご覧よ」
マキ 「整形した顔。豊胸したおっぱい。エロ味の高い服。無駄に高い啼き声。匂いを作るアメニティ。部屋に並べるぬいぐるみ」
フジ 「ぬいぐるみ?」
マキ 「女の子の部屋を演出するグッズ」
フジ 「なるほど」
マキ 「重た〜い」
フジ 「メイクのしすぎで肌荒れしたみたいな感じかな」
マキ 「まさにそんな感じ。そりゃ、いろんな感覚がイカれるに決まってる」
フジ 「どんな感覚?」
マキ 「品性が落ちに落ちたね。下着が面倒くさい。あとギャグセンも落ちた。つまらないギャグも口から駄々漏れ」
フジ 「それなりに面白いギャグも言ってたよ」
マキ 「先生といるときは多少はマシよ。仕事中は酔っぱらいババアみたいね」
フジ 「老けたんだね」
マキ 「それが一番大きいかも」
フジ 「……老けたから、落ち込んでるの?」
マキ 「まさか。でも、老けたみたいに疲れてしまってる。周りの泡嬢と同じみたいに」
フジ 「なるほど」
マキ 「自分はあんなふうにならない自身があった。あっさり稼いで好きなことをして、地方を転々と遊び回るの。資格も取りながら程々の貯金をしておいて、程々のタイミングでリタイア」
フジ 「理想的だね」
マキ 「でも、最近はすごく重たい。心みたいなものかな。すごく重たい。毒を溜め込みすぎた」
フジ 「毒……ね」
マキ 「うん。身体もいじってるし、ますます、重たい。出てくる声もなんだか変な色してる気がする」
フジ 「……そんなことはないよ。無色だ」
マキ 「あー。無職になりたい」
フジ 「君さぁ……」
マキ 「ほら、ギャグセン落ちてるから」
フジ 「……そ。まあ、いいけど」
マキ 「ありがと」
フジ 「……隣の芝は青いって言うよね。……やっぱり何でもない」
マキ 「あ、ギャグセン伝播した」
フジ 「慰めようとしたんだけどな」
マキ 「慰めるなら私の身体触ってみてよ」
フジ 「どういう理屈、それ?」
マキ 「私に触れてほしいの。私の体に届いて欲しい」
フジ 「詩人みたいだね」

ーーマキ、フジの目を見つめる。

マキ 「ただのギャグのつもりはないよ」
フジ 「そう」
マキ 「今から外に出ると、先生は気がつくの。夜の色がこびりついていている私は、とても汚いだろうからね。そしたら、あなたも私を可愛そうだと思うから、ほんの少し、情が湧いて一晩くらいは幸せにしてあげたいと思うの」
フジ 「君は、汚い」
マキ 「なら、あなたが洗って」

〇フジ自宅・ベッド

フジ 彼女は、綺麗だった。
フジ 夜、彼女は声を上げなかった。
フジ 静かに啼いただけだった。

マキ 「ルックスでもないし、優しさでもないし、テクニックでもないの。空気が好き。先生の空気。だから、先生とは浅い会話しかしたくない。不純物の情報を入れたくない。情を混ぜたくない」

フジ 彼女は破綻していた。
フジ それがわからないくらいには。

フジ 「……僕を洗剤だと勘違いしてる?」
マキ 「優しくしてって言ってるでしょ?」

フジ 翌朝、彼女は消えた。
フジ 僕なりに優しくはしたつもりだ。
フジ 僕の手が、彼女に届いたかは分からないけど、
フジ 彼女の匂いの大半は、僕の部屋に落としていった。
フジ 僕の心を過ぎ去らぬままに。


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