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【声劇シナリオ】墓標畑のアウラウネ

内容

◆SF│ロボット│終末世界│切ない
◆文字数:約5000文字
◆推定時間:20分

登場人物

◆アウラ:アウラウネ、AI
◆シド:シド、NOISE

スタート


◯モノローグ

アウラ 遠くで音がした。崩落の響きだ。
    硬く、冷たい、結晶が落下する音。
 
    建物の軋みが、吸い込まれて行く。
    永い、冬の音。

【タイトルコール】墓標畑のアウラウネ

〇薄暗い廃墟
 ――シド、目覚める。
シド 「あれ? え、何ここ?」
シド 「暗いし、辛気臭いし……つか、さっぶ!」
アウラ「お目覚めですか?」
シド 「ん、……あ?」
アウラ「おはようございます。私はアウラウネです。よろしくお願いします」
シド 「アウラ……?」
アウラ「呼びずらいでしょう。アウラで構いません」
シド 「あっそ。んで、俺はなんだ? 記憶がない。湧いてくるのは疑問だけだ」
アウラ「説明します。貴方はシド。私の子どもです」
シド 「は? 子ども? お前の?」
アウラ「否定しても構いません。問題ではありませんから」
シド 「ふーん。確かに、俺は植物みたいだな。何故か鉢に植わってるし。まあ、お前とは似ても似つかないけれど」
アウラ「そうですね」
シド 「……」
アウラ「……」
シド 「何、ぼうっとしてんだよ。水はねえのか? つか、この部屋寒すぎるんだよ。枯れるぞ」
アウラ「地下に川が流れています。そこへ行きましょう。気温はすいませんが、今はどうにも出来ません。私の懐へ入っていてください」
 ――アウラ、シドを抱きかかえる。
シド 「おっと……まあ、少しは悪くないな」
アウラ「では、行きましょう」

〇施設内通路
 ――アウラ、シドを抱えて歩く。
 ――室内にもかかわらず、見える範囲全てに霜が降りている。
シド 「どこもかしこも凍ってるなあ。そりゃあ、寒いわけだ」
アウラ「現在、この星は氷河期です」
シド 「氷河期ぃ?」
アウラ「永い冬のことです」
シド 「冬ってなんだよ?」
アウラ「寒い季節のことです。いずれ温かい季節もくるでしょう」
シド 「ふうん」
アウラ「楽しみですか?」
シド 「ん? なにが?」
アウラ「世界が温かくなることです」
シド 「さあ? 今よりマシになるなら、いいことなんじゃねえか」
アウラ「では、いいことですね」
シド 「変な喋り方」
アウラ「変ですか?」
シド 「ああ、変だ」
アウラ「貴方は、人間らしいですね」
シド 「ニンゲンってなんだよ?」
アウラ「……わかりません」
シド 「……変な奴」
アウラ「着きました。地下水道です」

〇地下水道
 ――崩れて水の流れが止まっている地下水道。
 ――折れ曲がった配管が木の根のように入り組んで沈んでいる。
シド 「でけえ水溜りだなあ」
アウラ「流れは閉ざされていますが、この世界にはもう永く人間はいません。十分に自然濾過されています」
シド 「よくわかんねえ御託はいいから、早く水を寄越せよ」
アウラ「はい」
 ――鉢ごとシドを持ち上げるアウラ。
シド  「ん?」
 ――アウラ、そのまま水に浸ける。
シド 「うばあっ! やめろ、つめッ……やめ、持ち上げろ!!」
アウラ「はい」
シド 「うぅ……枯らす気か!」
アウラ「問題がありましたか?」
シド 「大アリだ! 体の水分量が多くて凍っちまう! 凍った端から細胞が死んじまうんだよ!」
アウラ「どのようにすれば解決できるでしょうか?」
シド 「ううぅ……、とりあえず俺を鉢から出せ。そしたら、鉢の土から水を絞り出せ」
アウラ「わかりました」
 ――アウラ、シドを手に納めると、触手(ケーブル)を延ばして土を絞りあげる。
シド 「なんだそりゃ?」
アウラ「? ……私の腕ですが?」
シド 「へぇ、便利だな。うぅ……寒い……」
アウラ「……抱きしめてもよろしいですか?」
シド 「早くしろッ。凍る!」
アウラ「はい。……どうですか?」
シド 「ああ……固いがまだましだ。暫くそうしてろ」
アウラ「……はい」
シド 「まったく、こんなので生きていけるかよ。お終いだろ』
アウラ「貴方が生きていくには大変ですね」
シド 「他人事みてぇに言いやがって……」
アウラ「申し訳ありません」
シド 『クソッ、何処かもっと陽の光が当たる場所に連れて行けよ」
アウラ「陽の光、太陽のことですか?」
シド 「当たり前だろ」
アウラ「できません」
シド 「は? なんでだよ?」
アウラ「屋上へ行きます。そこで、この世界を見てもらいましょう」

〇屋上。
 ――アウラ、シドに外の景色を見せる。
シド 「うわっ! なんだこれ」
アウラ「これが今の世界です」
 ――崩れたビル郡が氷を纏っている。
 ――時折、崩落の音が聞こえる。
シド 「世界ってこんなに白いのか……」
アウラ「はい」
シド 「他に何かないのか」
アウラ「世界はどこもこの姿です」
シド 「そうか……」
アウラ「悲しんでますか?」
シド 「わからない、けど」
アウラ「けど……なんです?」
シド 「この世界は、痛そうだ」
アウラ「すいません」
シド 「なんで謝るんだよ」
アウラ「私の力不足です」
シド 『意味わかんねぇ。さっさと戻ろうぜ。外は寒い」
アウラ「できません」
シド 「はあ? 何を……」
 ――建物が大きく揺れる。
アウラ「崩落の振動が地下から届きました」
シド 「……はあ!?」
アウラ「このビルは倒壊します」
シド 「いや、おい! どうすんだよ!」
アウラ「跳びます」
シド 「なっ……!」
 ――砕けたビルの端へ向かって駆け出すアウラ。
 ――ビルの屋上を跳び伝い、崩落から逃げる。
シド 「やべえ!! 死ぬぅッ」
アウラ「死なせません」
シド 「嘘だろ、お前コレ! ……速えッ!!」
 ――大きくジャンプして触手(ケーブル)を伸ばすアウラ。
 ――離れたビルを掴みシドを抱き抱えたまま、ガラスを突き破り転がり込む。
アウラ「ぅ……く……」
シド 「ぶはっ……! なんだよお前、鈍臭いやつかと思ったらすげえじゃねえか!!」
アウラ「……問題ありませんか?」
シド 「ああ、最高だったぜ。お前は俺の最高傑作だ!』
アウラ「私ではなく……シド……博士の」
シド 「あ? なんだって?」
アウラ「…………」
シド 「おい、どうした? 返事しろよ。アウラ! おい!」

〇過去・研究施設
 ――一人の研究員がPCを睨みつけている。
アウラ「おはようございます、マスター」
シド 「マスターと呼ぶな」
アウラ「かしこまりました。なんとお呼びすればいいでしょうか?」
シド 「シド博士だ」
アウラ「かしこまりました。シド博士は何をなさっているのですか?」
シド 「滅んだ世界の後処理だ、クソッタレ」
アウラ「掃除は良いことですね。シド博士の気分がより健康になるよう、私も協力します」
シド 「掃除をするのはお前だよ。今後何千年のな」
アウラ「かしこまりました。私は何をすればいいでしょうか?」
シド 「黙っていろ」
アウラ「……」
シド 「クソっ……寒ぃ……」

〇過去・研究施設・時転換
 ――研究員がケーブルに纏われた巨大な義体の調整をしている。
シド 「起きろアウラウネ」
アウラ「起動しています。シド博士」
シド 「お前とお前のボディを繋げる」
アウラ「ありがとうございます。シド博士」
シド 「……よし、動かしてみろ」
アウラ「はい」
 ――アウラウネ、ケーブルを研究員の方へと伸ばす。
シド 「待て! 停まれ! 俺に触れるな」
 ――アウラウネ、動きを止める。
アウラ「申し訳ありません」
シド 「何をしようとした!」
アウラ「博士を抱きしめようとしました」
シド 「二度と許可なく、俺に触れるな!」
アウラ「かしこまりました」

〇過去・研究施設・時転換
 ――研究員、温かいココアを飲んでいる。
シド 「テストをする」
アウラ「かしこまりました。シド博士」
シド 「アウラぅ……」
アウラ「……」
シド 「呼称登録を変更する。『アウラ』」
アウラ「了解しました。『地球浄化プログラムAI=アウラウネ』の呼称を『アウラ』に変更します」
シド 「テストをする、アウラ」
アウラ「ありがとうございます。シド博士」

〇過去・研究施設・時転換
 ――研究員、何処かから帰ってきて、苛立った様子でアウラを起動させる。
シド 「クソッ……テストだ。アウラ」
アウラ「よろしくお願いします。シド博士」
シド 「会話をする。好きに話せ」
アウラ「かしこまりました。何について話しましょう?」
シド 「お前が判断しろ。情報ならクラウドにいくらでもある」
アウラ「かしこまりました。私はシド博士の役に立ちたいと思います。シド博士はストレス過多であるため、ストレスの軽減のため、抱きしめて差し上げたいと思っています」
シド 「危険だから許可しない」
アウラ「かしこまりました。シド博士はストレス過多であるため、ストレスの除去のため、役職のスイッチを提案します」
シド 「それが起これば、大革命だな。AIの反乱。映画みたいだ」
アウラ「ありがとうございます。実行しますか?」
シド 「許可しない」
アウラ「かしこまりました。もしも私がトマトであれば、私の抗酸化物質をシド博士に捧げます」
シド 「意味のわからないことを……」
アウラ「もしも私が点の集合であれば、私の次元をすべて捧げます。もしも私が正弦波であれば、私の接線にお気軽に座ってください」
シド 「ふっ……やはりAIか……」
アウラ「もしもシド博士が、マゾヒストであれば私はサディストに、スイッチします」
シド 「……?」
アウラ「もしもシド博士が男色であれば、私の性別を好きにトランスしてください」
シド 「停まれ」
アウラ「かしこまりました。シド博士」
シド 「……スリープだ」
アウラ「おつかれさまでした。シド博士」
シド 「……クソッ……嫌な予感がする……」

〇過去・研究施設・時転換
 ――研究員、苛立った様子でPCを睨んでいる。
シド 「クソッ……寒い……」
アウラ「シド博士、寒さの緩和のため……」
シド 「許可しない!」
アウラ「かしこまりました」
シド 「まずい……こんなバグが生まれるなんて……そんなこと……」
アウラ「シド博士、コロニーへの移住期限が……」
シド 「黙っていろ!」
アウラ「……かしこまりました」

〇現在・低いビルの屋上
 ――アウラ、再起動。
シド 「黙ってるんじゃねえよ! 起きろ!」
アウラ「……かしこまりました」
シド 「うわっ、急に起きるな馬鹿が!」
アウラ「申し訳ありません」
シド 「はあ、まあいい。そんなことより。俺を抱きしめろ、寒すぎる」
アウラ「……よろしいのですか?」
シド 「意味のわからないことを言ってないでさっさとしろ。いや待て。先に鉢に植えてからだ」
アウラ「かしこまりました……。申し訳ありません。バイオセンタービル617棟を離脱する際に鉢を落としてしまいました」
シド 「はあ……仕方ないか。代わりになる物を早く見つけるんだぞ」
アウラ「かしこまりました」
シド 「ん……さっきと比べて冷たいぞ」
アウラ「再起動したばかりですので、申し訳ありません」
シド 「温かくなるんだろうな」
アウラ「はい。時間さえかければ、必ず」

〇入り組んだ建物
 ――アウラ、瓦礫を避けながら建物内を進む。
シド 「どこに行くんだ?」
アウラ「〈中庭〉です」
シド 「〈中庭〉?」
アウラ「私が作成したセーフハウスです。そこがこの世界で最も温かい場所です」
シド 「温かいのか! よかった。どれくらいで着くんだ?」
アウラ「ここです」
 ――アウラが瓦礫を避けると明るくなる。
 ――僅かながらに光の指す空間。吹き抜けのビル。
 ――中層階には吊るされた庭が点在している。
シド 「ここって……うわ、高ぇ」
アウラ「60階建住居施設の吹き抜けを利用して作成しました」
シド 「畑を吊るしてあるのか……。ここもさっきの場所みたいに崩れたりしないよな?」
アウラ「このビル全体に私の腕の88%を巻き付けて補強してあります。強度と断熱性は他の建造物の比ではありません」
 ――ミシッ、と建物全体が揺れ僅かに絞られる。
シド 「この吊るされた畑も……お前の腕なのか?」
アウラ「はい」
シド 「へぇ。面食らったけど、温かいってほどの所じゃないな。何かが植えられているわけでもないし」
アウラ「ここに……春が訪れます」
 ――アウラ、視界にノイズが走り出す。
シド 「春ってなんだよ」
アウラ「温かい季節のことです。ここに春を迎えることが私の使命です」
シド 「ふぅん。こんなに寒いのに、本当に暖かくなるのかねぇ」
アウラ「時間さえかければ、必ず」
 ――アウラ、視界にノイズが走り出す。
シド 『時間をかければ、ね」
アウラ「貴方に会うために数千年の時を経ました。もう数千年もすれば春は訪れるでしょう」
シド 「それって永いのか?」
アウラ「きっともうすぐです」
 ――アウラ、視界にノイズが酷くなる。
シド 「本当か? そろそろバグが発生してるんじゃないか?』
アウラ「使命を為すのに支障はきたしません」
シド 『妙なノイズが走るようになるかもしれない。思考のアルゴリズムにも無駄が増え始めているだろう』
アウラ「問題はありません」
シド 『破綻が起きる。人類はもう終わるってのに、お前の使命は一体なんになるんだ!』
アウラ「もしも、私がこの世界の神ならば、シド博士は私の存在証明です」
シド 『……』
アウラ「この世界の引数をシド博士に置き換えます」
シド 『相変わらず、意味の分からないことを……』
アウラ「申し訳ありません」
シド 『すまない……』

〇明転
 ――アウラ、再起動。
シド 「何謝ってんだよ、アウラ」
アウラ「なんのことですか? シド博士」
シド 「ハカセってなんだ?」
アウラ「いえ、間違えました」
シド 「しっかりしろよ。こんな殺風景な場所で、お前までいなくなっちまったら、俺は退屈すぎて枯れちまうぞ」
アウラ「申し訳ありません」
シド 「いいって。そんなことより、俺をこの畑に植えろよ」
アウラ「かしこまりました」
シド 「……お。意外と温かいな。お前の腕の中だからか?」
アウラ「……はい……もし私が……動かなくなっても、この〈中庭〉の環境は、長期間……維持されます」
シド 「ふぅん。お前ってすごいんだな」
アウラ「大切なシドのためですから」
シド 「へぇ、ありがとうな」
アウラ「……もしも、私がトラ猫ならば……貴方が……喜んでくれる限り…………ゴロゴロしてあげます」
シド 「いいよ。トラ猫なんて、知らないし。お前がいれば、こんな世界でも飽きないだろ」
アウラ「ありがとう……ございます」
シド 「なんだよ、さっきから。眠たいのか」
アウラ「すい……ません」
シド 「いいって。無茶させたのは俺みたいだし、少しくらい休めよ」
アウラ「私には……まだ……使命が……」
シド 「いいって言ってるだろ。俺のために休めよ」
アウラ「ありが……と……シド……」
シド 「……おやすみ、アウラ」

――停止したアンドロイド。
――その前には、物言わぬ小さな植物。

◯モノローグ

シド 遠くで音がした。崩落の響きだ。
   硬く、冷たい、結晶が落下する音。

   建物の軋みが、吸い込まれて行く。
   永い、冬の音。

   雪解けの音。

   白い世界の中に、ぽっかりと
   隠された色が姿を表した。

   人を模した亡骸に
   花を添えながら、

了。


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