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坂崎プリ男の明日のために-その2-

-夏の30日、午後-
ダイスケ'トム'ロペスの言うことは激しく僕を動揺させた。

 彼は僕を落ち着かせて、松葉で淹れたお茶と避難所に備蓄してあった大豆のプロテインバーを分けてくれた。


-12時45分-

 水分とカロリーを吸収したことで、多少は思考を落ち着けることができた。
そして自分自身の記憶も回復しつつあるように感じた。

 僕は坂崎プリ男であり、ここは避難所。

部屋の北側にあるのは戸棚で西側にはロッカーが並んでる。
そして中央には木製のベンチが並んでる。

このがらんとした避難所。

僕とダイスケ以外はだれもいない。

部屋の隅には切り出された木材や金属屑が散らばっている。

ダイスケ「あれが気になるのか?」

ダイスケは僕が部屋の隅の『作業場』を見つめているのに気づいた。
その作業場から2,3個、彼が創作したと思われる品物を持ってきて見せてくれた。


ダイスケ「これは金属屑で作ったドライバー、これは石で作ったハンマーだ。避難するときにこういう工具までは流石に持ち出せなかったからな。」

ありあわせで作られたドライバーとハンマーだ。
だが、ダイスケはそれらの工具で実際にネジを外したり釘を打ち込んで見せて、十分に使えることを実証した。

僕「ダイスケは器用だな。しかし工具なんか必要なの?まず水と食料と衣服などを確保して、救援を待つべきじゃないの?」

日曜大工で武器や罠でも作るのだろうか?ゾンビ映画じゃあるまいし。
まぁ『地底の民』に近辺の街を占拠されているという現状は正にゾンビ映画的ではあるが。

ダイスケ「1つ言っとくと、おそらく救援は期待できない。
とりあえず君がこの状況に慣れるまで、込み入った話は控えておくが。」

ダイスケ「どちらにしろ何よりもまず生活物資だ。
 そこで君も体力を回復させたようだし、協力してほしいんだが。」

そして、ダイスケはロッカーから大きいダッフルバックを取り出してきた。

ダイスケ「ここから西に行くと湿地がある。
そこでガマという植物を採取する。虫除けになるんだ。」


避難所を囲む雑木林を抜けると、背の高い草が生えっぱなしになっている荒れ地が広がっていた。
遠くには鉄塔やサイロのようなものも見えた。
元からこの辺りは人口の少ない田舎であったのだろう。

それがさらに『地底の民』に襲撃されて、完全に放棄された抜け殻になっているようだった。

-13時30分-

20分ほど歩くとその湿地に着いた。
おおよそ僕がかつて知っていた湿地と同じものだった。
水辺に生えるような植物や、水面に浮かぶ浮き草。
サギのような白い鳥が泥をつつき、蚊やハエのような羽虫がうるさく飛んでいた。
目当てのガマもそこらじゅうに生えていた。

-14時00分-

僕らがダッフルバックに充分にガマを詰めて帰ろうとした時である。

ガサッガサ

低木が生い茂っている所に小動物がいるような気配がした。

ダイスケ「少しここで見ていろ。

...君をここに連れてきたのはあれを見せるためでもある。」

そういうとダイスケは腰に巻いていた木刀を取り出し、低木をバサバサと叩き始めた。

ギー、ギー

動物の鳴き声のような、だがどこか機械的な威嚇の声をあげながらそれは飛び出してきた。

おおよそ背丈は70センチメートル程。
シルエットは猿のようだった。
それが酔っ払ったような千鳥足で、ノロノロとダイスケに近づいたり後ずさったりしている。

そしてダイスケは一歩踏み込んで

ビュッ

その怪物の首を木刀で打った。
怪物はその一撃だけで簡単にのされたようだった。
 ダイスケはナイフを取り出し、改めてその怪物をシメた。

ダイスケ「もう大丈夫だ。
こっちに来て見てくれ。」

間近で見るとそれはやはり、小さい猿のようであった。黒豆のような小さな目と、小さな鼻。
顔はネズミかモグラのようで、体毛は極端に短かった。
爪や牙は生えていたが、それほど長くも鋭くもなかった。
見た感じではあまり危険には見えない。動作も非常に鈍重だった。
こいつに比べれば野生の蛇やカラスなんかの方が遥かに危険生物だろう。

ダイスケ「実はこれこそが『地底の民』だ。
こいつらがウェスタン市や他のあらゆる街から人間を追い出したんだ。」

僕「どういうことだ?こいつは力が強いようにも見えないし、素早くもなかった。そして賢そうでもない。
コレがどうして人類の脅威になるんだ?」

ダイスケ「プリ男、こいつはまだ『生まれたばかり』なんだ。尤も『生きている』のかもよくわかっちゃいないが。
こいつらには血液というものがないし、そもそも体液と呼べるものもほとんどないからな。」

ダイスケ「だがこいつらはやがて『成長』する。この小さな泥人形がやがて熊をも打ち負かす怪力を持ち、馬をも追い越す快走をするようになる。」

僕たちはガマの入ったダッフルバックを抱え、来た道を避難所へと戻った。あのような『地底の民』の個体は泥偶(デイグ)とも呼ばれるらしい。


-19時45分-

 こうして『この世界』での僕の一日目は終わった。ガマの穂が燻されているので、うるさい蚊はよってこなくなった。
このような状況では蚊の媒介する病原菌も確かに脅威だろう。

 しかし『地底の民』、あの泥偶とは一体なんなのだろうか。
獣とも昆虫とも違う、ロボットとも違う泥の異形。

それが人類と敵対しているのなら、ダイスケの言うとおり『積極的な自衛』が必要であるのかもしれない。

考えても始まらない。
今はただ明日のために体を休めるだけだ。

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