神漫画家のアシスタントに未経験で乗り込んだ件
20代後半に差し掛かって、少年漫画家としてデビューもしてない自分はこれではいけないと思い、仕事を辞めて地元から飛び出し上京しました。
勢いだけは良いものの、完全に無職。
担当編集も、受賞歴のない新人の原稿なんか買い取ってくれるわけもなく、収入源のない自分はどうにか漫画で関わることで稼げないかと考えていました。
そんな時、ネットで「漫画 アシスタント」と検索してみると意外と募集していることに気づきました。
2021年、令和3年にして、アナログでしか漫画を描いたことのない私は通いに限って募集している職場を探して応募。
名前は知らない先生でしたがまぁ大丈夫だろうと思っていました。しかもその時送ったのは背景サンプルでもなく描いた原稿を写真で撮ってGoogleフォトでのURLと軽い履歴、未経験ということだけ。
まぁ受からなかったら失業保険も降りるしコンビニ店員でもしてのんびり描こうと思っていました。
数日後、漫画家の先生から返事が来て、まさかの「試しに入ってみますか?」とのこと。
んん???
良いんですか!?逆に!?
本当に助かったと思いました。すぐにやりますとの返信をしました。
失礼なこととはわかっているのですが、その先生の作品は全く読んだことがありませんでした。
ただアシスタントに入るとなると著作を知らなければと思い、早速購入。
ん、まてまてまて、これは神か?神が描いている漫画か、、、?
と思いました。
私が応募していたのは神画力を持ち神漫画を描く超大御所のアシスタントだったのです。
このへなちょこ画力でへなちょこ漫画を描いている私が、神画力をもつ神先生にアシスタントへのお誘いをしていただいたのです。
畏れ多い。畏れ多すぎる。
しかし、これは千載一遇のチャンス。何か勉強になることがあるかもと思いアシスタントに入ることに決めたのです。
編集の友人から聞いた年配の先生は気が長い人が多いと言ったアドバイスと、未経験とは伝えてあるし原稿も見てあるはずだから私にはそんなに重要な仕事は回ってこないはずだと思って、初日を迎えました。
いざ職場へ。
先生の仕事場は一等地にでっかい建物を構えていました。
震えながら扉を開けると先輩のアシスタントさんたちがで迎えてくれました。
重要な先生はなんとも優しそうな年配の男性。
この人があの漫画の作者か。。意外と普通にいそうな見た目だ。
挨拶もそこそこに早速作業に取り掛かります。
初めに任されたのは背景のトーン処理。
生原稿を前にして本当に驚きました。
私は先生の作品を読んでいる時に思っていました。
背景は絶対にデジタルだ。
こんな背景が人間に描けるわけがない。
何か裏がある。
でも、描いてたんです人間が。
何にも裏なんてなかったんです。
全て技術で補ってたんです。
人間には出せないような繊細な線。
複雑なトーンの重ね貼りにも負けない書き込み。
人物画の迫力。
生原稿を見た、その一瞬で私は挫けそうになりました。
原稿を直接手で触るのも緊張します。
自分の原稿は指紋がついても全く気にしなかったのですが、本当に先生の原稿は仕上げまで綺麗なものでした。
参考資料を渡され、軽い指示をいただいた後で作業開始。
本当に大変でした。
一コマのトーン処理に丸一日かかりました。
自分の原稿はトーン処理なんて一週間もあれば32ページ終わります。
それを一コマに丸一日。
でも先生からは
未経験にしてはやるじゃんとの言葉をいただいたきました。
初日なかなか良い感じの滑り出しだったと感じた私は楽しかったなぁなんて思って家に帰りました。
2日目、神原稿の1ページ全体のトーン処理を任されました。
ここからが地獄でした
私はこれまでなんとなくトーンを削っていたんですけど、それがいかにいい加減なことをしていたかと分かり、ちゃんとした技術を身につけてこれなかったことに後悔すらしていました。
丸一日かけて二コマしか進まない。
しかもその2コマも神画力の上に乗るとあまりにも杜撰なものでした。
まともにトーンが削れなかったことに落ち込み、帰宅後、トーンを張る角度、カッターの持ち方を復習しました。
そして迎えた3日目。
2日目の夜から3日目、任されたページがなかなか終わりの見えないことで本当に落ち込んでしまっていました。
もう先生にやめますと言おうと考え、3日で辞めるアシスタントが珍しくないかとか友人に聞こうと思っていたりしました。トーンカスまみれの机を綺麗に片付け連休に入る前に電話をかけようとも考えていました。あまりにも遅いと先生の空気で伝わってきたので、本当に足手まといで、こんな神原稿を汚してしまったりして申し訳ないから、私を雇うお金で別の上手い人を雇っていただいた方が良いと考えていました。
でもこのページだけ、このページだけは終わらせようと思って、約2日かけてトーン処理をしていました。
すると私が出していた雰囲気を察してか、先生が近くへやってきて、
「挫けちゃダメだよ。来週もよろしくね」
と一言かけてくださったのです。
そうでした。
私はは漫画を描きたくて上京してきて、漫画のためにアシスタントを始めたのでした。
無理矢理にでも辞めないように、先生が放った「来週もよろしく」で私から「はい」を引き出してくれたのでした。
この日は、絶対に続けてやる、と気を持ち直して帰りました。
ただ、この決心から、数日経ち、またアシスタント業を再開した時、私の中にはやはり辛いという感情が大きくなっていました。
アシスタント4日目。
この日は絶対与えられたページを一枚でも終わらせたいと思い自分の思う急ピッチでなんとか処理を終わらせました。
この時点で、私は複雑な心境でした。
1日の半分をアシスタント業に奪われ、自分の原稿に取り組めないことに焦りを覚えていました。
この生活が続いたらどうなるだろうという焦りです。
そして画風の違いでした。
私と先生では描いているジャンルが異なり、先生の原稿に私の技術があまり使えないことによって、想像以上に時間がかかってしまうとのことでした。
私はアシスタント先に、何か自分の原稿に持ち帰れるものができれば良い。そしてお金ももらえるなら一石二鳥だと考えていたのです。
しかしその違いによって、またレベルもだいぶ違いますから、持ち帰りたい技術が身につくまでにはだいぶ時間がかかるだろうと察していました。
まぁ、アシスタントで勉強できるところは勉強して、原稿に落とし込もうと思っていた考えが甘かったのかもしれません。
自分の原稿ができないと漫画家にはなれないのです。
私には時間がないのです。
頭がそれで支配された中でできた原稿はひどい物でした。
そんな原稿を先生に見ていただくと、やはり、汚い、とのお叱りの言葉。
確かに、素人同然のトーン処理。
1日かけたとしても神原稿にふさわしいわけないのです。
加えて、心ここに在らず。
それが尾を引いた5日目、私はついにクビの宣告をされました。
そりゃそうだよなと思いました。
アシスタントという仕事は修行の場ではなく、あくまで仕事をする場です。
給料の発生するような使い物にならない人間はさっさといなくなって仕舞えば良いのです。
先生も申し訳なさそうにしていたので、私はから別のアシスタント先を探します。という話になりました。
クビというのは聞こえが悪いので言い直しますが、お互いが求める適切な場所ではなかったので正式なアシスタントに昇格辞めておこう、というような感じだと思ってください。
先生も私の作風との違いを感じてくれていたのだと思います。
そして私は晴れてまた無職に戻ったのでした。
はじめてのアシスタント経験談は想像以上に短くなってしまいました。
それでも、たった数日ですが、神画力を持つ漫画家先生の元にアシスタントに行けて良い経験になったとおもいます。
漫画で食べていくことの大変さ、原稿の扱い、仕上げの方法、アシスタント全員と力を合わせて一本の原稿を作り上げること。
そしてそれを吸収して自分の原稿に落とし込みデビューするということの難しさ。
まぁ今回は話のネタになるくらいの気持ちで挑んで、見事にクビになったわけですが
不思議と落ち込んではいません。
漫画家への道のりの通過点と思うことにします。
アシスタントなんて経験してない漫画家もたくさんいますし、神先生に直接会えただけでもすごく光栄なことです。
今思えばサインくらい貰っておけばよかったとすら思います。
漫画アシスタントをする時は、誰でも初めは、未経験なわけで、技術がすごいある人で言えば、サクサクっと即戦力になれる方ももちろんいらっしゃるとは思います。
多分、これは私の憶測なのですが、未経験でも一から教えてくださる先生もいらっしゃると思いますし、全ては自分とその職場の相性かなと思います。
今回は、私の技術不足、そして先生の作品のレベルが桁違いなこと、さらに私と先生の作品の相性も相まってこのような結果になってしまいました。
しかしアシスタントも漫画家を支えるプロの仕事なので、飛び込んでみるのもいいかもしれません。(経験が短い私が上から目線で言ってしまうのもなんですが。。。)
今回、この記事が漫画アシスタントをしてみたいという方の励み、そして情報になれば幸いです。
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