「月と六ペンス」は神秘的な表現の辞書のような小説
あらすじ
死後その作品の価値が認められた画家 ストリックランドの人生を、彼の知人である主人公の視点から描いた作品。
ネタバレと感想
「人間の絆」が面白かったので期待して読んだ。「人間の絆」は、主人公フィリップが様々な人間との出会いを通して、信仰について、生きることについて、考える物語だ。そして一番のボリュームを占めるのが恋に絡めとられ苦しむ場面である。女性に手酷く扱われ、それでも愛することをやめられずに、自ら苦痛と後悔の道を選ぶフィリップは、やがて自分が感情に支配されていることに気づき、自己の客観視に成功する。
「月と六ペンス」では、ストリックランドという芸術家の、身勝手な行動と美に取りつかれる様子を描いている。性欲を嫌悪しながらも逃れられないという葛藤はあるものの、恋愛の要素はほぼ無い。また、他人から見たストリックランドという描き方のため、彼の思想や感情はすべて推測という形をとっている。ストリックランドは人間として最悪であるにも関わらず、彼に金を与える人間が少なからずいるのが不可解だった。生きているうちは無名で、へたくそな絵だと周りに思われていた。加えて口が悪く礼儀の欠片もない人間であるのに、芸術家というだけで擁護する人間がいるのが不思議だ。主人公は小説家であり、変わった人間に対する興味から、ストリックランドを憎み切ることができない。好奇心が強く、人間の行動原理や思考が気になって仕方がないという、いかにも作家らしいキャラクターである。
そんな主人公が冒頭で語る芸術論が興味深い。
この劇的な表現が良い。また主人公はストリックランドについて「太古、万物が大地とつながりを持ち、すべてに魂が宿っていたころの自然に存在した霊のような禍々しさを感じとった」という。壮大だ。
ストリックランドに惚れてしまったブランチを抽象的に描く場面は、海外文学ならではの神話を用いた表現が光る。
ストリックランドの絵を絶賛するストルーヴェの目利きはたしかで、彼はとても感受性が豊かだ。
この部分だけでなく、絵を称賛する言葉はどれも抽象的で曖昧だ。けれど、具体的に言い表せない、そうしてしまうと失われてしまうような魅力を想像させる。
最後に主人公によるストリックランドの絵の評価を。
主人公もまた芸術家であるからか、ストリックランドの意図をなんとなく理解しているのが流石だ。
総括
面白く読めた。
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