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看護学生に知ってほしい生活

大学病院の相談員から「急で申し訳ないけど、今日退院。80歳代の男性。気管切開して自分で吸引する方で、一人暮らし。介護申請はしていない」と訪問依頼の電話が入った。
不安材料だらけ。
すぐに訪問の約束をしようと自宅に電話した。何度かけても一向に出ない。次の日も出ない。もしも倒れていたら・・・と悪いことを想像して、とにかく行ってみた。

洗濯物が干してある。「よかった。生きてる」玄関も開いている。「こんにちはー」「こんにちはー」大声で何度叫んでも返事はない。名刺の裏に訪問したことと、「明日〇時にまた来ます」と書いて郵便ポストに入れて失礼した。

やっと会えた翌日「電話は出ないよ」「通じないから」と笑う。

反回神経麻痺があるので、スピーチカニューレを通した声はかすれていて息が漏れる。知らない人が聞くと、息も絶え絶えで話しているように聞こえる。

                *

彼は襟のあるシャツをいつも着ている。大きな手術の後、反回神経麻痺になった。気管切開している首の前をおおうようにガーゼを首からぶら下げるエプロンをしている。シャツのボタンをエプロンが見えないようにかける。
スピーチカニューレを使っているので、話はできるし、野菜を作るし、車の運転もする。一見、病気を持っている人には見えない。「どこが悪いの?」と聞かれると笑う。


カニューレが抜けたら気管の穴が閉じてきて息ができなくなる。
大学病院では「もしカニューレがはずれたら救急車を呼んでください」と指導を受けた。
妻は認知症で施設入所している。一人で、救急車も呼ばなければいけない。その時が来てしまった。
救急隊は「歩けるのに救急車よんだの」と言ったそう。それからは、カニューレがぬけても救急車は呼ばない。

それでも、お風呂に入る時に肌着を脱ぐのと一緒にカニューレがぬけることがある。同じ敷地に息子さんは住んでいるものの、一人の時間にカニューレが抜けて息ができなくなったら・・・と考えると看護師としては恐ろしい。


訪問は週に1回で、その度に「この1週間、抜けなることはなかったですか」と聞く。

真顔で「抜けたよ」と返事をする。

「えーっ、また」大丈夫だったの?と思うのと同時に、そうだ耳鼻科外来に行ったんだった。と気づく看護師。(カニューレは定期的に交換の必要がある)「耳鼻科で交換したから、先生が抜いたってこと?」と確認。
「そうそう」といたずらっぽく笑う。
帰りは、採れた野菜を持っていけと言う。

彼は人生を楽しんでいる。

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看護学生の実習は同意書を頂く。いつも快諾してくれる。

気管カニューレが入って在宅療養していて、本人から話しが聞ける。
痰や唾液を上手く処理できない体なので、自分で吸引機という医療機器で吸い取っている。
学生にとっては勉強の宝庫。
学生さんが見学させてもらいたいと伝えると、意気揚々と目の前で実践してくれる。
1回の吸引時間は10~15秒と勉強してきた学生さんは驚く。
彼の場合、ものすごーく長い、1分ちかくチューブで吸っている。私たちも内心ビクビクする。それでも彼は大丈夫。

学生さんの振り返りで、印象的だったエピソードになる。
「病名や状態から想像した人と実際の彼の姿が違って衝撃だった」と言う。

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在宅(家)にいるから、身の回りのことを自分でやるしかない。野菜作りも自動車の運転もできてしまう。
こちらからの電話は出ないけれど、彼からはかかってくる。ゼーハーして何度か聞き返して内容がわかる。

「用事ができたから、今度の訪問時間変更して」

介護度がついて担当のケアマネがいる。
電話のことを伝えると「週1回の訪問を楽しみにしているからキャンセルしませんよ」とケアマネは言う。

ありがたい。

楽しい出逢いに感謝。

これから、看護師になる学生さんに、オリジナルの生活で頑張っている彼の姿を知ってもらえることに感謝。

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