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僕には一人称がない。

こんなことを書くと、じゃあその頭に乗っけてる「僕」ってのはなんや?飾りか?
と思われるかもしれない。

確かにここでは僕は「僕」を一人称にしているが普段から使っているわけではない。
こういった文章を書くときや目上の人がいる場面で使っているいわば制服みたいなものだ。

ではプライベートではどんな帽子をかぶっているかというと、友達と話すときなどは「俺」を使わせてもらっている。
でも全然気に入っていない。正直ダサい。

確か幼稚園のときまでは自分のことを自分の名前で呼んでいた。
小学生になってからは少し恥ずかしさを感じていて、2年、3年と学年が上がるにつれて徐々に一人称を使わなくなった。

子供の頃の印象とは怖いものでその後の考え方に大きな影響が出てしまう。
小学校では「俺」と言ってる奴はやんちゃで、口が悪くて、頭もちょっと悪そうな奴ばっかりだった。
それに対して「僕」と言ってる子は大人しくて、あまり主張をしないイメージだった。
俺=おバカ、僕=引っ込み思案 という構図を作ってしまいどちらも自分には似合っていないと思ったため小学校では制服を着るのをやめた。

中学校に入ったときに周りにヤンキー気質な子も増えた。自己主張をしないとナメられてしまうと思い、しぶしぶ「俺」を使い始めた。
最初は違和感しかなかった。自分のことを呼んでるのにその距離感は「君」よりも遠い気がしていた。
じきに馴染むだろうと使い始めたダボダボの「俺」。
結局中学3年間ではサイズが合うことはなかった。

そして月日が経った今でも少し裾を引きずりながら「俺」と言っている。

「俺」は少し主張が強い。
「俺」って言ってる人の話は2分だけでもいいから聞かないといけないのかもと思ってしまう。
かと言って「僕」と言ってる人の主張は喧騒に掻き消されてしまいそうなのだが。

折衷案というわけではないが、「私」という選択肢もある。
ただ自分の周りで「私」と言ってる人の顔を思い浮かべると、みんなしっかりしていてパソコンをカタカタするのも速い。
仕事ができるタイプではないし、今の自分の身の丈に合ってないのは分かっているので自然と選択肢からは消える。


「僕」と「俺」のちょうど間の強度の一人称があったらいいのに。
そんなことをずっと思っていた。

考えてみると女性もドレスコードがあるときは「私」の一択で、カジュアルな場面ではちょっと砕けて「アタシ」もしくは「ウチ」くらいしか選択肢がないのだろうか。
ただ、普段着としても「私」が自然にコーディネートできるところと、自分のことを自分の名前で呼んでも可愛らしいのが羨ましい。

ゲームの世界でも最近は主人公の顔も髪型も肌の色も決められるのに一人称は勝手に決められてしまう。
ダイバーシティへの理解が進んだ現代なのに、一人称の選択肢は多く用意されていないことはいささか窮屈ではないだろうか。


ここまで書いて、そういえば英語だと「I」の一択になるのかと気がついた。
確かにいっそのこと統一してくれると迷う必要がなくなるかもしれないが、日常的に使うとなるとどうだろうか。
自分も友達も恋人もお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも大統領もみんな「I」。
本来そこに表現されていたはずの性格も丸め込まれて無機質に感じてしまうのではないか。
そう思うとあんなに大きなアメリカが少しキュッと小さくなった感覚がある。
聞いたところによると英語圏で自分のことを自分の名前で呼ぶ人は全くいないらしい。

「伊代はまだ16だから〜」
これを
「I am only 16 years old〜」と歌われてしまったらニュアンスは大きく方向転換をする。若さやフレッシュ感は伝わるかもしれないがアイドルにとって大切な"守ってあげたい感"というのが全くもってなくなってしまうに違いない。


世間一般的には一人称をきちんと扱うことが基本のマナーとされている。
会社の上司の前で、「俺」や「ウチ」を使うのはゆとりにカテゴライズされている人の中からでも探すのはなかなか難しい。
大人になるというのは普段着を捨て、オフィスに適した一人称を扱うということなのだろうか。

「15の夜」も「卒業」も「シェリー」でも「俺」と歌うが、「僕が僕であるために」にのせて強烈なメッセージを届ける尾崎豊の一人称の変化も、ちゃんとした大人にならないといけないという葛藤があったからかもしれない。


結局僕は、今後も「僕」と「俺」を場面に合わせて使い分ける他なさそうだ。
どっちも似合っているとは思えないが、この悩みはしばらくは抱えていかなければならない。
もしかしたらもう少し歳を食って「私」が似合うようになった頃には解決しているかもしれない。

ただ、その頃には「私」と「ワシ」の2択でまた悩んでいるかもしれないが。

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