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エブエブに見た"許容と理解" ※ネタバレあり

⚠️このnoteはエブエブを1回は観た人に向けて書いているので、観てない人からするとさっぱりな用語ばかり出てきます。
(できれば)本編鑑賞後にご覧下さい!

⚠️文中の意見はあくまで私の考察に過ぎず、特定の思想や正解を押し付ける意図はありません!

⚠️どう考えても長すぎるので、目次で飛ばしながら読んでもらって大丈夫です……ハイ……


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3月3日。
既に欧米では一大ムーブメントを巻き起こしているEverything Everywhere All at Onceを拝見してきた。
劇場で撮影したポスターにも大きく"本年度アカデミー賞大本命‼️"との文字が(その商法の善し悪しはまた別の機会に)。
これは期待できる。

A24の新作、かつ公開直後から海外では大きな話題となっていたこともあり、注目はしていた作品だったが敢えて事前情報はほとんど入れずに観ると決めていた。
というのも、所謂"ポリコレ"的な側面が大きな作品はそれなりに賛否両論を呼ぶ。そして映画の内容ではなく、それに関する(批判・べた褒め含めた)感想を事前に入れてしまうと、私自身も映画の内容よりそっち方面に気が逸れてしまうことが予想された為である。
何の偏見も固定観念もない状態で鑑賞したかった。そして結果的に、この選択は恐らく私にとっては正しかった。

※私は3月3日時点でまだこの作品を一度しか鑑賞していません。
その為、セリフや細かい部分は覚えていなかったり、間違えていたりするかと思います……。
※また近日中に何度か観に行く予定なので、新たに気付いたこと等あれば加筆修正します






1.簡単なあらすじとこの映画の構成

とある町でコインランドリーを経営し、生計を立てている中国系の家族。
気が弱くてどこか呑気で頼りない夫のウェイモンド。頑固で昔ながらのやり方を大事にする要介護老人(父親)のゴンゴン。反抗的で自由奔放な娘のジョイは"彼女"を家に連れてくる。
そんな中、税金の手続き期限やパーティーの準備に追われ、常にプレッシャーを感じているのが主人公のエヴリン。
国税局に赴き、手続きに向かう途中、突然ウェイモンドが「君の身に危険が迫っている」とまるで人が変わったかのように訴えだし、エヴリンは謎の器具と指示の書かれた紙を半ば強引に渡された。
すっかり元に戻った様子のウェイモンドに戸惑い、職員のディアドレから冷たく難しい言葉で捲し立てられ、話についていけない。焦ったエヴリンは咄嗟にその紙に書いてあった指示を行なう。
すると、見る見るうちに景色が変わり、いつの間にか暗い部屋でウェイモンドと向かい合っていた。
しかし、気を抜くと職員との面談の場面に引き戻され、「話を聞いてますか?」と煽られる始末。慌てて「聞いてます。ちょっと考え事をしてて……」と誤魔化すも、やはり暗い部屋の景色が脳内にチラつく。
気付けば、またまた暗い部屋で何かおかしいウェイモンドといつの間にか向き合っている。何が何だか分からずパニックになるエヴリンを抑えたウェイモンドは、必死の形相でエヴリンに「君にしかこの世界は救えない」と話し……

仕事と家事に追われ、常に不安とストレスを抱えていながらもその状況を変えようと動くことができない、ある意味"ステレオタイプ"な女性のエヴリン。彼女は物語の大部分でマトモであろうとする。自分の弱点を大事に抱え、常に人生を悲観しているが、他人にその弱点を見られることを拒絶している。

彼女の娘のジョイは、作中で性的指向に言及されない為正確には分からないが、レズビアンだと思われる(ゲイと称される場合もある)。そして現在交際中のガールフレンドはスパニッシュ系の白人。
家族に認めてもらう為、中国の伝統的なパーティーに彼女を連れてくるも、エヴリンは「私はいいけどゴンゴンは認めない」と言い、ゴンゴンにも「彼女はジョイの良き友人だ」と紹介する。ジョイ本人に掛ける言葉は「あなたは太りすぎてる」。耐えかねたジョイは彼女を連れて、その場を離れる。

ここまでの流れを見ていると、どうしてもエヴリンに昨今日本で取り沙汰されている"毒親"みを感じる人が多いのではないかと思う。
この時点での彼女は複数の物事のプレッシャーを抱えていることもあり、言動にトゲトゲしさや怒りが滲んでいる。娘のジョイはそれに反発しながらも、最初は何とか対等に話し合いをしようとしていた。

決して娘を愛していない訳では無い。愛しているからこそ、深く傷つけてしまう。
ただ、それは口や態度に出さないとお互い気付けない。

この映画は3章構成になっている。
エヴリンがマルチバースの存在を知り、別次元の自分が生み出してしまった怪物(別次元の娘)を救おうとして、制限なく暴れまくる第1章。
力を使い切り、自分の『有り得たかもしれない人生』や娘の本心と向き合い、暴力では無い解決法をさ探る第2章。
第3章ではAll at Onceのタイトル通り、全ての問題が一度に収束する。




2.孤独で等身大な巨悪

これらの場面転換が起こるきっかけは、恐らく娘のジョイ(ジョブ・トゥパキ)の心理が動いた時だと思わる。
倫理観や道徳を失ったジョブは、自分と同じ次元を感じられる人間を探しており、制御出来なくなった自分自身に(概念的な)死をもたらす為に巨大なカオスのベーグルを作り出した。
『何でもできる』ことに愉悦を得ながらも、心のどこかではそんな自分を忌避し、誰にも認められない自分を終わらせようとしていた。
そんな中、自分と同じようにリミッター無く多次元を行き来できるこの次元のエヴリンに出会い、彼女と一緒にベーグルに足を踏み入れようとする。

ジョブはこの多次元の原理を研究していたアルファ次元のエヴリンによって、間接的に壊されてしまった。
実験に協力してそうなってしまったにも関わらず、暴走マシーンと化した彼女を救おうとする人間はいなかった。
中盤、アルファ次元のゴンゴンはエヴリンに現次元のジョイを殺すように命じる。もちろん、理由はジョブを倒すためである。
しかし、エヴリンも言っていたように、アルファ・ゴンゴンからすれば別次元の存在だとは言え、孫娘を簡単に殺害しようとするのはあまりにも冷酷である。

ジョブは理性を失ったモンスターではあるが、同時にジョイと同じように誰かに愛されたい、認められたい、まだまだ子供に近い若者だったはずで、そんな中で全ての次元の人類から目の敵にされ、命を狙われる孤独はきっと計り知れない重さだったはずだ。

生物が生まれなかった次元、エヴリンとジョブはお互い何も無い荒野で丸い石として再会する。
ここではBGMはおろか、2人の声さえ聴こえず、会話はテロップのみで行なわれる。その場に響くのは荒野の僅かな風の音のみ。
そこで2人は何も無い気持ちよさを味わい、一時休戦してくだらないジョークを言い合う。
そして、あらゆる次元を行き来し、様々な物事を見てきたジョブは「宇宙の壮大さ」「自分達の小ささ」について語る。
人類が偉大な発見をする度に自分が如何に小さいかを思い知り、この世のくだらなさに気付くと。
その言葉にまさに彼女の孤独が詰まっていると感じた。




3.ウェイモンドの強さ

アルファ次元のウェイモンドが最初に現次元のエヴリンへコンタクトをとってくる。
アルファ・ウェイモンドは現次元のウェイモンドとは違い、バースジャンプを使い、敵を倒せる強さもあれば、エヴリンに指示を出し、正確に導く賢さも持ち合わせている。現次元のウェイモンドとはまるで別人だ。
そんな中、アルファ次元のウェイモンド達の元へジョブが攻め込んできたことにより、アルファ・ウェイモンドは志半ばで命を落とす。
意識を取り戻した現次元のウェイモンドは相変わらず頼りなく弱々しい。
苛立ちを抑えられなくなったエヴリンは次第に力を暴走させ始める。

かなり序盤で分かるが、現次元のウェイモンドはエヴリンとの離婚手続きを進めている。既に離婚申請書にも記名済みだ。それを知ったエヴリンは「一生幸せにするって言ったのに」と失望感を顕にした。
当の彼女も、コインランドリー経営が上手くいかなくなってから、ウェイモンドと結婚しなかった未来を考えるようになっていた。
正確には『駆け落ちしなかった未来』である。

エヴリンはゴンゴンや母にウェイモンドとの交際を反対され、プロポーズと共に逃げるように実家を飛び出していた。
そのまま今の古いコインランドリーを買い、2人で細々と暮らしてきた。
だが、幸せな生活は長くは続かず、ここ数年は鬱のようになり、全てに苛立ちや腹立たしさを感じていた。

マルチバースを行き来する能力を手に入れてすぐ、彼女は『駆け落ちしなかった未来』を見ることになる。
プロポーズを断り、実家に残ったエヴリンは暴漢に襲われかけるも、カンフーの達人に助けられ、エヴリン自身もその師の元でカンフーを習う。やがてそのカンフーをきっかけにその次元の彼女は、アクションスターへと成り上がる。
カンフーの力を持ったスーパースターとなった彼女は煌びやかなドレスを身に纏い、数え切れない程のフラッシュと観衆に囲まれてレッドカーペットを悠々と歩く。現次元のエヴリンとは正反対。
今でもカラオケを使い込み、スター(歌手)に憧れを抱くエヴリンにとっては、まさに"望んだ世界"だった。

その世界でもウェイモンドと再度出会う。
そこにいたウェイモンドは、華麗なスーツをスマートに着こなし、言動にも知性が溢れ出る絵に描いたようなエリート。現次元のエヴリンが望んだ姿。
何から何まで彼女の理想通りの世界だ。

しかし、その世界でもエヴリンは力を制御出来ず、やがてまた新しい次元に辿り着く。
そこは現次元とほとんど違いのないように見える場所。もちろん、ジョブを除いて人間にもほとんど変化は無い。
ウェイモンドも同様だった。気が弱く、税務処理に慌てるその様を見て、エヴリンは嫌気が指す。

やがてエヴリンはその世界でジョブと対話を計り、自分の力と共に本心を解放する。

パーティー会場の中で電話を掛けてきたディアドレに悪態をつき、ウェイモンドの離婚申請書に自分のサインを記入し、「この場所が大嫌いだった」と吐き捨てて駆けつけたディアドレの前でバットを振り回してコインランドリーの窓を叩き割る。
もちろん場は大荒れ。エヴリンは国税局の警備員に取り押さえられ、力無く椅子に座り込む。

時を同じくして、スターのエヴリンは表彰式の会場の外に飛び出し、スタッフに宥められていた。
エヴリンを追い掛けてきたウェイモンドは過去の話を始める。
「あの時女の子が欲しいという話をしたよね。僕もそうだった。」
彼は『駆け落ちした場合の未来』の話をしていた。

コインランドリーで座り込んでいたエヴリンは、ウェイモンドがディアドレに何かを話しているのに気がついた。
やがてディアドレは警備員へ、エヴリンを解放するように命じる。戸惑うエヴリンと警備員を他所に、ディアドレは外へ出た。
ウェイモンドはエヴリンへ穏やかに話しかける。
「書類の申請期限を1週間延長してくれるらしい。」
「僕はただ話をしただけなんだけどね」
散乱した窓ガラスを静かに片付け始めるウェイモンド。エヴリンは呆然とそれを眺めていた。

また場所は変わり、現次元。
暴走したエヴリンを取り押さえる為にアルファ次元の人間達が力を解放し、彼女を取り囲んでいた。
エヴリンは数々の次元を行き来して錯乱し、目の前の現次元ウェイモンドの腹部をガラスの破片で突き刺す。
ウェイモンドは困惑して刺された箇所を押さえ、周りに備えていた人間らが攻撃姿勢に入る。
だが、腹部を押さえたウェイモンドがそれを制した。
「もうこんなこと止めよう。みんな混乱してるだけだ。僕もそうだ。一日中訳の分からないことばかり。優しくなってくれ」

スターのエヴリンとウェイモンドは対話を続ける。
「あなたと結婚してたら私はこんな人生を送れなかった。寝て起きて仕事して、税務管理に追われて……そうやって繰り返しの毎日を過ごすだけ。」
現次元を知っているからこその吐露。
ウェイモンドもこの次元のような優れた人間ではない。しかし、彼はエヴリンの目を見てはっきり伝えた。
「もし、あの時に戻って選択肢をやり直せたら、僕はそれでも生きていきたい。寝て起きて仕事をして、税務管理をしながら一緒に。」

現次元。
ウェイモンドと真の意味で向き合ったエヴリン。
「本当に自分が辛い時こそ、混乱している時こそ優しくなろう。もう止めてくれ」
お互いに優しく微笑み合い、エヴリンは1歩踏み出す。

コインランドリーでガラスを片付けるウェイモンド。エヴリンは椅子から立ち上がると、彼の前に立ち塞がった。
そして、微笑みかけながら彼を抱きしめる。
このシーン、台詞は一切ないものの、ウェイモンド役のケ・フォイ・ハンとエヴリン役のミシェル・ヨーの演技力だけでシーンが成り立っている。
2人がこうして向かい合い、お互いの本心から抱き合ったのが恐らくとてつもなく長い歳月ぶりであり、本当はいつでもそうしてお互いを支えたかったのであろうと容易に想像ができる。
私はこのシーンでボロボロ涙が溢れた。


現次元。
ジョブが姿を現し、ベーグルのカオスを出現させる。ベーグルに向かうジョブを止めようと動き出すエヴリンの前に、アルファ次元の人間達が立ち塞がる。
彼らにとってジョブは厄介払いしたい存在で、まともに戦って勝てる相手では無い。
その為、独りでにカオスに吸収されるのであれば、それほど都合のいいことはない。
前述したように、祖父であるゴンゴンでさえ「行かせてやれ」とエヴリンを止めた。

そして、それでも尚歩みを止めずに進むエヴリンに、アルファ達は飛びかかる。
必死に止めようとするウェイモンドにエヴリンは振り返ってこう伝えた。
「あなたの戦い方を学んだわ」

作中、ウェイモンドが離婚の手続きを進めていた正確な理由は語られない。
が、多次元の彼を見て察するに、彼はエヴリンを少しでも自由に、幸せにしたかったはず。
エヴリンが最初に離婚申請書に気付いた時に彼はこう話す。
「こうするしかない」と。
最初は義父の介護をしながら、一日中仕事で忙しく動き回る生活から逃れたいが故のその台詞だと思っていた。が、彼はどの次元においても真摯にエヴリンを愛し、幸せにしたいと願っていた。
そして、そのエヴリンは作中で何度か「ウェイモンドと駆け落ちしなかった方が良かった」との旨を話している。
ウェイモンド自身もそれをずっと感じていたのではないだろうか。
「一緒に幸せになろう」と言って半ば無理やりエヴリンを親元から引き離し、幸せな未来を夢見て生活を始めたものの、現実はそう上手く行かず、エヴリンも自分と一緒じゃない未来を望むようになった。
つまるところ、エヴリンを幸せにするためには自分がエヴリンから離れてこのコインランドリーから解放する他ない。
そう思ったが故の離婚申請書、そして「こうするしかない」だったのだと思う。

彼は自分自身を"愛する人を幸せにできない人間"だと思っている。
しかし、彼自身の強さは富を築く能力や、優れた武術ではなく、「底知れぬ愛と優しさで他人を包み込める」ところなのだ。
それが彼をどの次元でも彼たらしめるポイントであり、彼の"戦い方"だとしっかり示していた。



4.親という鎖を断ち切らず。

ここ数年、映画やドラマといったコンテンツではよく"親の支配からの脱出""家族と離れて生きていく"といった題材が扱われるようになったと思う。
ずっと親に支配されていた子供達が、自分達の生き方を見つけて自分達の足で歩いていく。
私自身、家族という制度に苦しめられたこともあり、これは世の中の良い変化だと個人的には感じている。
だが、それだけが正解では無い。しっかりと対峙して、理解し合うという解決方法もある。

現次元のエヴリンは古典的な考え方のゴンゴンに無意識に生活を支配されている。仕事や家事を完璧にこなすだけではいけない。古い伝統もしっかりやり遂げてこそ、ゴンゴンにとっての"良い娘"になれるのだと考え、限界まで自分を追い込み、心身共にギリギリまですり減らしている。

アルファ次元のゴンゴンは、心強い味方としてとてもエキサイティングな登場をする。
知識もパワーもあり、まさに頼れる味方だ。
だがすぐに現次元のゴンゴンとの共通点が見えてくる。

現次元のジョイが一同の元へ姿を現すが、同時にアルファ次元にジョブも出現する。
もちろん現次元のジョイには世界を滅ぼせるだけのパワーは無い。しかし、ゴンゴンは彼女を殺せと"命じる"。
理由は至極真っ当。ジョブがジャンプできる世界(身体)を1つでも減らすためである。直接的な攻撃にならずとも、それがジョブを追い詰める手段になるらしい。
エヴリンにしてみれば、目の前のジョイはもちろん、ジョブも彼女の娘である。「あなたの孫娘よ」とも訴えたが、アルファ・ゴンゴンは聞く耳を持たなかった。

やがて、多次元を行き来し、ウェイモンドの戦い方を実行するべく動き出したエヴリンは暴力や支配ではなく、愛情でジョブ(ジョイ)を救おうとする。
あのアルファ・ゴンゴンがそれを許すはずもなく、周りのアルファ次元の人間達を愛情でひれ伏させたエヴリンの前に立ちはだかり、物理的に押さえつけようとした。
「ジョイを行かせてやれ」と。
それはすなわち、彼女を自滅させようとしているのと同意義である。ベーグル(カオス)の中に突っ込めば、無事ではいられない。
そんなゴンゴンを見たエヴリンは静かに語り出した。
「何故あの時私を行かせたの?」

エヴリンとウェイモンドが駆け落ちをした時、確かにゴンゴンらはそれを止めようとした。
だが、車に乗る2人を無理に降ろすこともできたはずなのに、それをせずただ走り去っていく車を見送ったのだ。
何も持たない若者2人が勢いに任せて全てを捨てれば、いずれどうなるかは分かっていたはずなのに。

エヴリンは気付いていた。
あれは自分達を諦め、放棄したのだと。

だからこそ、自分の娘を無責任に見送ることはしたくなかった。
自分のようになってほしくなかったから。

コインランドリーを荒らし、ウェイモンドと和解した次元。
「お前にはガッカリだ。娘だとは思わん。」と吐き捨てるゴンゴン。それはきっと、エヴリンが一番与えられたくなかった言葉。そう言われない為に彼女は文字通り死に物狂いで動いてきた。
しかし、エヴリンは真正面からゴンゴンと向き合う。
「娘と思われなくてもいい。私はやっと私になれたから。」
「ジョイにはずっと『私みたいになってほしくない』と思ってた。だけど今の彼女は頑固で、意地っ張り。私にソックリ。」
「けど私達は自分に足りない所を補ってくれる、愛する人を神様に与えてもらった。」

エヴリンはジョブと対話した際、ジョイの話をし続けた。
ジョブが全てを飲み込んで荒れ果ててしまったから、ジョイは反抗的になり、タトゥーを入れて、"彼女"を作ったのだ……そう自分に言い聞かせた。
ジョブはそれを認めなかった。
「ゴンゴンや私を言い訳にするな」「自分の本心を覗いてみろ」

恐らく序盤から中盤にかけて、ジョイを"元に戻す為"という名目で動くエヴリンに、大半の視聴者は違和感を覚えるだろう。
何故なら、傍から見ていると、彼女が反抗的な理由は明らかにエヴリンにあり、恋人のベッキーに関してはジョブやエヴリンは関係ないように思えるから。
エヴリン自体もとうの昔にそれには気付いている。が、弱味を認められない彼女だからこそ、その事実を避けていた。
そんなタイミングでジョブが現れた為、それはちょうど良い理由付け、責任転換できるものとなる。
だが、エヴリンは指がソーセージの恋人や、アライグマと手を組むシェフを見て"愛する強さ"を身をもって知ることができた。
愛で相手を理解し、認めることこそが真の強さだと。

自分に対し、「娘ではない」と言い放ったゴンゴンに向け、彼女は笑顔でその子を紹介する。
「この子はベッキー。ジョイのガールフレンドよ」

親子だからと言って、全てを許容し合える訳ではない。
お互い、理解し難い言動や思想もある。
しかし、どちらかが少しの勇気と傷付く覚悟を持って、踏み出してみれば分かり合おうとすることはできる……かもしれない。(まぁ毒親持ちの私が言えることではないが……)



5.美しいタイトル回収

一度は離れてしまった心も、お互いが自分の弱さを認め、お互いを求め合うことが出来れば、また同じようにくっつけることが出来る。たとえそれが歪な形だとしても、それはきっとその人達の"個性"として在り続ける。

現次元のジョブはベーグルの中へと足を踏み入れる。
エヴリンは必死に手を伸ばすも、彼女1人の力ではとても適わなかった。しかし、ジョブは穴から引き離される。振り返ると、先程振り払ったアルファ・ゴンゴンと、現次元のウェイモンドがエヴリンを抱き締めていた。
ここに来て4人は作中で初めて、暴力ではなくハグ(愛情)で繋がった。

現次元とよく似た次元で、エヴリンからゴンゴンに"彼女"を紹介されたジョイは泣きながら店を飛び出す。
「やっぱり私達一緒にいない方がいい。お互いの為に。それじゃあ。」
追い掛けてきたエヴリンにそう告げると、ベッキーと一緒に今朝店を出た車へと乗り込む。
それでも、エヴリンは"見送ろうとはしなかった"。

「あんたは勝手にタトゥーを入れるし、食事も荒れてて太ってる。家族割なのに電話も掛けてこない。ワガママで傲慢で……けど、こんな混乱の中でもあなたをずっと探してた。
何故かそれでも、ただこの場所にいつでも一緒にいたいと思う。

引き止める彼女にジョイ/ジョブは泣き叫びながら尋ねる。

「いつでも、どこにでも行けるのに?別の場所で"他の娘"と会うこともできるのに?それなのに私とこの場所にいたいと思う理由はなに?どうせ少しの時間しか一緒にいられないのに。」

「その"少しの時間"を大切に過ごしたい」

2人が傷付きながら距離を縮め、抱擁を交わすと同時に、ベーグルへ消えた現次元のジョブもエヴリンへ手を伸ばし、抱きとめられた。


ベーグルは比喩表現であることは確かだ。
しかし、一体何を表しているのか。
ジョブはベーグルについてこう語っている。
「夢と希望、それに昔の成績表。全部の犬に、個人広告……色んな調味料も全部乗せた」
「そして、何も無い。」

ベーグルは虚無。ブラックホールである。
これは作中でも語られていることだ。
現実世界におけるベーグルは、子供を常人で無くしてしまうこの世の闇や、生死だと個人的には考えている。
子と親が対立した時、親がその手を話すのは簡単。
しかし、気がついた時にはもう子供が闇に飲まれて取り戻せなくなっていた、ということもあるのだと思う。
その手を離さなかった、離せなかったのがエヴリンであり、一度離してしまったものの、また繋ぎ直したのがゴンゴンなのだろう。




6.認めること、理解すること。

ゴンゴンはベッキーの手を取り、スターのエヴリンとウェイモンドはもう一度やり直すことを決め、ソーセージの指をしたディアドラとエヴリンは愛を伝え合い、シェフのエヴリンはアライグマと彼を再会させる手助けをした。

全ての世界がこの先もずっと上手い行くかは分からない。
どちらかと言えば、きっとまた全ての世界で亀裂が発生するのだと思う。
けれどこの映画はその亀裂も許容しているように思える。

人はなかなか自分以外の生き物を認めることが出来ない。お互いの欠点ばかり目につき争う。
けれど、分からないからこそ優しく接して、相手を知ろうとすればそれなりに上手くまとまる。

場面は明転し、国税局。
恐らく"1週間後"だと思われる。
前回訪れた際には居なかった、ジョイの姿もあった。ジョイとベッキーはスキンシップを交わして離れ、家族4人も仲良く会話を繋ぐ。

やがてベッキーがトイレに席を外したタイミングで、エヴリンはウェイモンドをじっと見つめると、優しくキスを落とした。
ウェイモンドも微笑みながらそれに応え、その場を離れる。

持ってきた書類は前回とは違い、内容にも不備が少なく、ディアドラにも改善を褒められた。
ふと気が緩んだエヴリンの脳内に沢山の声や騒音が流れ込む。
「聞いてましたか?」
怪訝そうな声色でそう尋ねるディアドラに、エヴリンは笑顔で答えた。

「すみません、何と仰いました?」




映画全体を通して、他人への許容と理解を示してきたエヴリンがようやく最後に自分を許し、認めることができた。

この言葉を漏らしたエヴリンが、どの次元のエヴリンなのかは分からない。
現次元だとするならば、あれだけ荒らした後にたった1週間程度でここまで全てが元に戻るとは思えないし、よく似たあの次元であれば、現次元は一体どうなったんだ?とも思う。
ただこの映画はマルチバースを題材にしてこそいるが、多分テーマの本質はそこではない。

とても温かく、この映画らしい一言、締め方だったな〜等と思いながら、私はマスクをビチャビチャに濡らしていた。




最後に

こんな描き殴りの文を結局1万字越えで書いてしまった。
最初にも記しましたが、これはあくまで私の感想でしかありません。
映画に正解はないですし(あるとするなら製作者から明確に提示されたもののみ)、特定の思想を押し付ける気も全くないです。

久しぶりにこんなに何かを吐き出したくなる映画でした。
アクション映画としての完成度も高く、海外で話題になっている映像美や、カッコよすぎるトランジションの数々も大注目ポイントなので、
(ここまで読んでて本編を観てない人はいないとは思うけど)是非色んな角度から何度もこの作品を味わってくれ〜〜〜〜〜‼️‼️‼️‼️



こんな汚らしい散文を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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