ワンピース――はじまりのペットフード

 『ONE PIECE』で一番好きなエピソードはなんですかっていうと世代が出ますよね。今30前後の人だったら断然イーストブルーのどこかを挙げる人が多いと思うけど、もう少し下だとアラバスタとかW7だったりとか、逆にもう少し年齢を上げると流行りに乗って読んだ非リアルタイム世代になって、とりあえずよくテレビで話題になっていたドラム王国を挙げたりするんじゃないかな。

 で、こう書く以上は僕のお好みはイーストブルーでして、今のヤングな読者達はあそこら辺のことをあまり知らないかもしれないけど、どのエピソードも圧倒的に完成度が高くて膝をつくしかない。

 そりゃ悪魔の実の能力者はバギーとスモーカー、それに2回目のアルビダの3人しか出てきませんよ。でも連載序盤ならではの、白紙の海図が徐々に埋まっていくかのような、世界がどんどん広がっていく夢あふれる感覚があるのはイーストブルーなんですよ。

 そこで作った世界観の上に積み上げたのがグランドラインの戦争編までの話で、基礎固めが完了したからその上で思う存分やるぞってのが新世界なわけで、さあ次は何を見せてくれるんだろうっていうワクワクのガツンとした甘みはどうしても序盤が一番強くなる。単純に目新しいし、1つのエピソードが短いから読みやすいってのもある。

 あとは仲間との出会いから共感を経ての共闘、そして出航っていう一連の流れの美しさですね。これはやっぱり仲間の数が少なくてこれからどんどん増えていくぞっていう序盤だからこそできる強さの最たる部分だと思います。共感や共鳴みたいな描写を入れての共闘が熱いんですよね。
 そして僕の好きなエピソードは、その「共感」が最初に発動した回です。

 最初の強敵バギー海賊団との戦いは、作品の向かうベクトルを決定づけ、「ワンピースとはこういうものだ」と堂々と示すものでありました。その中で、ルフィは共感から怒りにつながるとハチャメチャに強い、っていう描写がされるんです。

 そう、あの、主人が死んだペットフード店でずっと店番している犬のくだり。バギー一味の幹部猛獣使いのモージに店を襲われ、奪われ、燃やされ、今や燃え盛る火炎の中で黒く小さくなっていくだけの店舗に向かって吠え続ける犬を見つめていたルフィが、モージの行手を遮ってワンパンでブチのめすシーン。

 そこ、そこです。そのシーン。それこそが俺の『ONE PIECE』!!

 仲間の絆とか危険に満ちた冒険とかドデカい野望とかそういうんじゃなくて、これ。これだよ。この共感と怒り、そしてモージを前に颯爽と立ち塞がりワンパンでのしてしまう腕っぷしの強さ。あらゆる理不尽を豪快に打ち砕くそのカッコイイ姿! これがモンキー・D・ルフィ! これが『ONE PIECE』!!

 つまりね、ルフィがヒーローなのはそういうところなんですよ。

 ただの掴みどころのない大物じゃなくて、話の通じないアホってだけじゃなくて、肝心な時に頼りになる、味方になってくれる、それでいて行動力があって力も強いヤツ。辛い時も苦しい時も、泣きたい時も挫けそうな時も心が折れそうな時も、いや例え折れてしまったとしても、僕らの立ち位置が正しい限り、間違っていない限り、ルフィはいつも側に居てくれるんです。

 誰が何と言っていようと、僕らがどれだけ侮辱を受け笑われていようと、ルフィは「うるせェ!!」と跳ね除けてくれるし、例えどんな嫌なことがあってもどれだけ上手く行かなかろうと、ルフィは「うっしっし、気にすんなよ!」と笑って手を差し出してくれる。僕らが抱くなんらかの悔しさに、苛立ちに、あるいはやるせなさに、ルフィは単純ながらも懐深く共感して、一緒になって怒って、ときには暴れて、最後には一緒になって笑う。初期から一貫して、そういうイメージを構築していっている。それがルフィの魅力で、大物感で、作品として重要なところだと思うんですよね。

 勿論感動エピソードの完成度も凄いし、作品自体が前向きで上り調子だから作品のあり方それ自体に夢と希望があって、一般的にはそっちのほうがウケる要素なんだろうっていうのは、わかってるけど。

 連載初期に小学生だった僕らはもうアラサーになって、人生の底が見えちゃった人も結構いると思う。そんな自分とは裏腹にどんどんビッグになっていくルフィ達が眩しくて、見ていてどこか寂しさを感じてしまうこともあるんじゃないでしょうか。かくいう僕もその類の読者です。
 ただ、ルフィは今まで『ONE PIECE』に励まされてきた大勢の読者達の代わりに、どんどん大物になっていってくれてるんじゃないかとも思うんですよ。だって昔優しく声をかけてくれたアイツが、大人になって落ちぶれてたらそれこそ悲しいじゃないですか。そういう意味で、なんかもう、ルフィの成功って責任みたいなもんになってるんじゃないかって思う。読者みんなを背負って、身体がどんどん重くなっていくのも物ともせず、歯を食いしばって成功への階段を駆け上がってゆく。

 それでいながら、ルフィはどこまで上り詰めようとも、しょぼくれた僕らが寂しそうに見上げているのに気が付いたら大きく手を振って声をかけてくれるはず。

「おーい! 久しぶりじゃねェか! どうしたんだよ! こっちに来いって!」

 そう言われても人生の底が見えちゃってる僕なんかは、無茶言うなよお前とは違うんだって思うわけですよ。じゃあそれを聞いたルフィは何というか。
 そりゃあもう、「うるせェ! いいから来いよ!!」じゃないですか? ルフィはきっとそう言ってくれるし、僕も「そうかな、もうちょいやてみようかな」という気になれる。

 だからこそ、ルフィはヒーローだし、そのベクトルが決まったのがあのペットショップなんですよ。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。