【おたべさんとは】#01・幼少期のおたべさん

みなさんどうも。
おたべです。

今回はまず手始めに、という感じで
おたべさんについて少しお話しようと思います。

確実に長くなる気がするので

  1. 自己紹介と幼少期のおたべさん

  2. 中学生のおたべさん

  3. 高校生のおたべさん

  4. 専門学生~現在のおたべさん

という4つの構成でいこうと思います。

本記事は#01ということで
幼少期のおたべさんについて
スポットライトを当てていこうと思います。




1.自己紹介

おたべさんの生い立ちをいきなり書く前に
ある程度のプロフィールだけ公開しておきましょう。

【名前】
おたべ (イントネーションは おこげ と同じです)

【出身地】
京都府 宇治市

【生年月日】
2000年(平成12年) 5月 22日

【職業】
医薬品登録販売者 (薬局勤め)

【趣味】
旅、ショッピング、食べること、音楽

【特技】
整理整頓、日常にいる人のあるあるモノマネ

【好物】
トマト、ラスク、辛いもの、麺類

【資格】
医薬品登録販売者
調剤報酬請求事務技能認定
薬学検定2級
心電図検定2級
漢方アドバイザー
薬膳漢方マイスター
日本化粧品検定2級
サービス接遇検定2級
秘書検定2級




2.出生~幼稚園


おたべさんは
京都の宇治 というところで
この世に生を受けました。
抹茶 と 平等院鳳凰堂 が有名な、あの町です。

宇治というところは
洛中の街並みに比べれば
それほど大きく発展している訳ではなく、
山や川に囲まれた長閑な土地です。

そんな自然に囲まれて育ったので、
遊ぶことといえば川遊びや虫取りなんかしてました。

山に行けば  木に登り、
川に行けば  パンツ一丁で泳ぎ、
夏には  お囃子が鳴り響いて、
冬には  積もった雪で雪合戦をする。


田舎でできることは
あらかたしたのだと思います。


幼稚園は父親の都合で、
神奈川県の幼稚園に入りました。
そこから現在まで神奈川で過ごしています。

私自身はというと、
ごく普通、平凡な男の子だったと思います。

ただひとつ、周りと違うこと。

それは脆弱な身体で生まれてしまったということ。

これといって持病がある子ではなかったものの
床に伏せる回数は周りの子供たちよりも
多かったと自身も親も感じています。

生まれたときの体重も、
同じ産婦人科で生まれたの男の子と比べると
少し小さいと言われていました。

また、当時はとてつもなく偏食で、
野菜は カレーに入れる具材くらいしか
口にしなかったらしいです。

更には野菜だけでなく肉や魚もそこまで好きではなく
母親曰く好物は
じゃがりこ(サラダ味) だったとのこと。

なんだこの子供。
自分の子だったら絶対嫌ですね。

幼稚園の入園式には  38℃の高熱という
なんとも相応しくない記録を叩きだし、
毎年冬には はなたれ小僧

さらに酷いことはそんな脆弱さでも、
必死に身体を動かすことが好きだった ということ。
体調不良でなくとも外で遊べば
ひとつやふたつの擦り傷切り傷は当たり前。

あるときは急斜面を三輪車で大爆走した挙句、
顔面から転げ落ちたこともあります。
スタントマンか何かですかね?

とんだクレイジーボーイですね。
お母さん、ごめんね。

そんな わんぱく型ひよっこ 
幼稚園のときに生まれたわけです。




3.小学生時代

そんな わんぱく型ひよっこ  おたべくん(5)
遂に小学生になります。

このとき人生においての
1回目の転機が訪れます。

それは
偏食がなくなったこと と、
インドア派になった ということです。

まず、偏食について。

大多数の方が経験してきていると思いますが、
小学校では 給食というものが始まるんですね。
家の中では好きなものを好きなだけ食べることが
可能といえば可能だった環境から一変します。

嫌いなもののオンパレードでした。
魚など鮭フレークでしか食べたことがないし、
お漬物、味噌汁、野菜炒め、ひじきの煮物……
食べたことがないものが多すぎる!!!!(米倉涼子)
ってなりました。

パニックですよね。
齢5歳にして立ちはだかる壁。
召し上がれ、と出されたものは知らぬものばかりで
それを周りの子たちは美味しそうに食べている。

仕方なく口にしたらあら不思議。
なんということでしょう。
美味しいではありませんか。

そんな些細なきっかけが拍車をかけたように
食べられる物が沢山増えていきました。

おかげで今嫌いなものは
梅干しくらいしかありません。


そして、インドア。

学校という教育機関にではですね、
図書室、というものが存在するんですよ。
皆さんご存知でしたか?
あの図書室ですよ、図書室。
すごいでしょう?

何冊もの蔵書の中、
歴史の事を分かりやすく記した、
所謂、伝記というものをよく読んでいました。

そこから本を読む楽しさに嵌り、
わんぱく型ひよっこ  おたべくん(5)も
インドア派文学少年  おたべくん(6)
誕生日を迎えたついでに
フォルムチェンジした訳でございます。

それからというもの
色々な本を読み漁っては また読み漁ってを
繰り返し続けた小学校でした。

いつ頃か、
物語になっている書籍だけでは飽き足らなくなり、
小4くらいから広辞苑をよく読んでいました。

自分の知らない日本語を見つけるのが楽しく、
日本語には様々な表現があって、
子供ながらに母国語に美しさを見出しました。

広辞苑を読み耽る変態さを除けば、
至って普通の小学生男児でしたね。

外で遊ぶ機会があれば遊ぶし、
放課後に友達の家でゲームしたり、
英語塾なんか通ったりしていました。

おたべさんの通っていた小学校は
クラス数が少なかったこともあり、
クラスの壁を越えて仲の良い友達がいることも
当たり前でしたので、平穏に過ごしていました。
(田舎だったというのも大きいと思います。)

平行線のまま卒業を迎え、
中学に進学します。

そこでは色々転機が訪れ、
私の性格的、精神的な、内側の部分が
歪な形として形成されていくことになります。




というわけで、幼少期編終了でございます。

次回は、おたべさんの中高生時代のお話を
していこうと思います。

投稿期間が開いてしまい、
申し訳ございません。

会社勤めなもので、
仕事と仕事の合間に作成しているものですので、
どうかご了承くださいませ。

次回もまた、
読み下していただけると幸いです。
よろしくお願いします🙇‍♂️

おたべでした、どうも。


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