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「足りないこと」がデザインになる時

昔、とあるデザイナーから「デザインとは何でしょう?」と聞かれた若い女優さんが、「オシャレなものに施されているもの」と答えてらっしゃいました。一般の方が感じていることをすごく上手く表現した言葉だなぁと思って印象に残っています。

デザインとは、直訳すると「設計」という意味です。

ここからして、意外!と感じた方も多いのではないでしょうか。

「デザイン」とは、絵や、オシャレなものに限定された言葉ではありません。「デザイン」ってのを施すことで、性能とか、満足感がUPする、専門家のテクニックみたいなイメージがあると思うのですが、これは少し誤解です。

テクニックの前にもっと重要なのは、「コンセプト」という概念です。本記事では、デザインとコンセプトを理解するための、面白い事例を3つご紹介したいと思います。

ホットケーキミックスは昔、もっと簡単に作れる物だった

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ホットケーキミックスはお手軽で便利ですね。卵と牛乳と粉を混ぜて焼くだけで、美味しいオヤツが作れます。シンプルなので、様々なアレンジレシピも豊富です。

しかし、発売当初はもっと簡単で、水だけで作れたのです。しかし売上は伸びず、ある時、卵と牛乳を使うようにミックス粉の配分を変えたところ、爆発的人気商品となったのです。

ポイントは、「料理をしている感じ」です。水を入れて焼くだけ、は、簡単すぎて「手抜きをしている」気がしてしまう…というのが、当時の顧客の心理でした。子供のおやつは、愛情込めて作りたい…そういうニーズは満たされなかったのです。

そこでメーカーはあえて、もう少しの手間を課しました。それが、卵と牛乳を加える、という行為でした。これにより、主婦の罪悪感のようなものが軽減されたのです。

この現象…お客様にひと手間かけてもらうことで、愛着・満足度が高まるというもので、イケア効果と呼ばれています。

インスタント系食品にも、こういった工夫が施されている例はいくつかあります。代表的な例では「カップ麺の戻し時間は、本来もっと短くできるが、あえて3分前後にすることで、空腹感を増幅させる効果」があります。

「料理をしない(手間をかけないことに対する)罪悪感」、というのは根深いものですね。

ちなみに「対価を払って得た報酬の方が満足感につながる」という感覚は、女性だけ・人間だけの心理でもないようで、動物実験でも同様の結果が証明されています。「コントラフリーローディング効果」というのですが、ラクして報酬が得られる、ということにあまり満足しないのは、生き物の本能のようです。

しかし、考え方・感じ方は時代によっても大きく変わっていきます。(料理の楽しさは別として)将来、食事の用意を手抜きする罪悪感が薄れていった時には、「水だけで作れるホットケーキミックス」が、今のタイプよりも大きなシェアを獲得する可能性はあるのかもしれません。

稲川淳二の声は聞き取りづらい…だからこそ…

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言わずとしれた怪談噺家の稲川淳二ですが、彼の話し方というのは、小さな声で少し早口で、ボソボソとしていて聞き取りづらいですね。よくモノマネされる特徴的な喋り方ですが、実はこれ、単なる雰囲気作りというだけではありません。

聞き取りづらい声でしゃべれば、お客さんとしてはちゃんと聞こうと、集中して耳を傾け、物音をたてないように気をつけますね。結果的に会場全体が静かになります。そんな中、話の途中で急に大きな声を出されると、集中している分だけ驚いてしまう。

もし最初から聞き取りやすい感じであれば、ある程度リラックスした状態で聞けますが、そこをあえて、「お客さんに積極的な聞く姿勢を作ってもらうため」聞き取りづらくしている、という訳です。現に、話の入りとか、普段のトークは、聞き取りづらいということはないと思います。

単に話の内容が面白いというだけではなく、惹きつけるトーク術にはそういったテクニックもあったわけです。

ちなみに稲川淳二さん、昔は工業デザイナーをされていたそうですから、そういった顧客心理などは心得てらっしゃるんだと思います。最初から計画的にそうだったのか、実践していくなかで洗練されていったのかは存じ上げませんが、非常に丁寧な仕事をされている方なんだなぁと感じました。

この小声で語るテクニック、落語家でもよくある事例だそうで、ただ聞き取りやすいのがいい、というわけではない良例だと思います。

ちなみに、聞き取りやすい声でしゃべる怪談噺家の方ももちろんいらっしゃいますね。それは、「稲川淳二さんが提供しようとしているサービス」とは「別のものを提供しようとしている」からだと思います。怪談の設定が複雑だから、きちんとお客さんに状況を理解してもらうために、とか、淡々としている方がサイコパス感が出る、とか。あるいは、怖がらせすぎないようにするため、という可能性もありますね。どちらが最良、ということではなく、趣旨そのものが違えば、手法も変わってくるのは当然のことです。

※ご本人が「こういう意図でボソボソとした話し方をしている」と仰ったかどうかは確認できませんでした。もし何かご存知の方がいらっしゃいましたら、コメント欄に情報をお寄せ頂ければ幸いです。
(ただ、ご本人が意図したかどうかは、この記事の趣旨においてはあまり重要ではありません。結果的にそういう効果が生まれたことは、意図的であろうとなかろうと、すごいことだと思います)

殺傷力の低い「9mm弾」が軍で採用される理由

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物騒な話ですが、戦争において求められる銃のスペックとは(暴発しないといった事は置いといて)殺傷能力の高いこと、だと思っていませんか? しかし現在、いくつかの国の軍事銃としては、あえて威力をおさえた「9mm弾」という弾が使える銃が採用されました。もちろん当たりどころが悪ければ死にますが、確実に致命傷をあたえる、というものではありません。

なぜあえて「威力をおさえた」弾を選んだのかというと、仕組みはこうです。

敵を1人殺してしまうと、敵兵力としては-1人、となります。

しかしあえて殺さず、「負傷者」にすると、敵としては、味方を助けるために、誰かが救助に向かいます。救助している間はこちらを攻撃することよりも、救出&撤退を優先するでしょうから、すると全体の勢力としては、-2人となるわけです。

おまけに、負傷者を撤退させたあとは、その人を回復させようと物資&人的コストがかかります。本来であれば攻撃へ回せるはずだった人員ですら、別の仕事をする可能性もあります。-2人以上の、勢力減少が期待できるかもしれません。

よって「戦争に勝つ」という目的から考えれば、ただ単に目の前の兵士を殺すよりも、負傷者どまりにしたほうが、健全な人も無効化することができてまさしく一石二鳥、という作戦なのだそうです。

いやー、初めてこの話を聞いたときは背筋が凍りました。
物騒な話ではありますが、「目的を達成させるために最良な手段はなんなのか?」という点で考察すれば、これも「戦争のデザイン」と言えるでしょう。

戦争は究極的にリアリズムの世界。情や倫理などではなく、ただただ事実と向き合う世界であることを痛感させるエピソードです。

そもそも戦争という手段は最適解なのか?という疑問は当然ありますが、これはまた別の話ですね。
実在の軍関係者か、ジャーナリストが書いた記事、根拠となった出典などは見つけることができませんでした。(弾に関しては、そう安々と軍事関係者が公表することもないような気はしますが)こちらもコメント欄へ情報をお寄せ頂ければ嬉しいです。

そもそもデザインとは?

今回紹介したのは、一見ビミョーにみえるけれど、そこにはちゃんと意味がある、というちょっと驚きの事例でした。

ここまで、デザインとは関係ない話だと思った方もいらっしゃるかもしれませんが、ここで改めまして、デザインとは何なのか?というお話をしたいと思います。

冒頭でチラっと書いたとおり、デザインとは、直訳すると「設計」という意味です。

設計というと解釈が少し難しいかもしれませんが、少し言い換えると、「目的通りに事が進むよう計画すること」と言えます。

職業的には、プロダクトデザイナー、UIデザイナー、フードデザイナー、建築デザイナー、照明デザイナー…等などありますね。デザイナーは「アーティスト」とは異なり、必ず目的をもってモノづくりをしています。(※目的のあるアートもありますが、目的の有無がアートの本質ではありません。しかし、目的のないデザインは、ないと言ってもいいでしょう)

デザインは、まず作る前に「コンセプト」を設定するのが大事と言われています。コンセプトとは、簡単に言えば「目的」です(※1)。これから作ろうとしているものは、誰のために、何の目的で作るのか? これを考えずに作ることは、まずありえません。

ですからデザインという言葉は、絵や、オシャレなものに限って使われる言葉ではないのです。身近な例であれば、日々の洋服のコーディネートや料理もデザインと言えます。TPOに適したものを考慮したり、彼氏が喜んでくれるかなーとか考えるのも、立派なデザインと言えます。夕飯何を作ろうかなーと、費用・栄養・味・時間など、その時の最適解を検討し、メニューを決定する。これも夕食のデザインと呼べるでしょう。

(※1)コンセプトの定義は、業界によっても人によっても多少説明が異なります。ここでは簡単にするため「目的」と書きましたが、もう少し正確に言うならば「全体の方針となる、一貫すべき目的」です。

コンセプト(目的)を実現しないテクニックは、デザインとしては不適格

ホットケーキミックスは「ラク」なことが売りのようで、実は「料理している感」を提供するものだった。

稲川淳二さんの喋り方は、「お客さんに集中して聞いてもらう姿勢を作ってもらうため」に、ボソボソとした話し方をしていた。

戦争の最大の目的は、「人を殺す」ことではなく「勝つ」こと。

普段私達は、単純なスペックの高さを求めがちです。モニターなら解像度が高いとか、ノートパソコンなら軽いとか、果物なら甘いとか…しかし単一の価値基準だけでは、本来の目的を忘れてしまったり、モノの価値に気づかないことがあります。一見「不親切」なデザインに出会ったときには、少しだけ感想を反芻し、別の価値観で再検証してみませんか? そこにある意外な価値に、気づくことができるかもしれません。

あとがき

他にも、単純なスペック(性能)だけで勝負しなかった2つの有名な製品があります。「家庭用ゲーム機Wii」と「iPhone」です。

今回は機械チックなものを例にあげないほうが、デザインの本質に迫れると考え取り上げませんでしたが、まさしくスペックだけでは価値がはかれない良例です。気になる方はぜひ調べてみてください!

追記

▼2020/11/5 15:40
デザインや企画について学ぶ授業を想定した、理解確認に使いやすそうなプリントをご用意しました。申告不要、改変もご自由にお使いください。


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