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【ショートショート】歯車とランプ

たまには都会を離れ、自然に触れよう。
私が休暇にローカル線とバスを乗り継いでこの山村に来たのはそういうわけだった。

いい村だな、という印象。
村の人々は、よそ者に対する警戒感を務めて抑えながら、生来の性格で私にも親切にしてくれた。バス停のベンチで碁を打っているお爺さんもその一人だった。

「山に入る?」
「ええ、この村も気に入りましたが、やっぱりより深く自然に触れたいなと。幸い、高校の登山部で慣れていますし。」
「ほうか、まぁ危ない山ではないしの」
「ただ、もう山にも自然なんぞ残っておらんよ。がっかりせんように」
「はぁ、ありがとうございます」

古くから山に住んでいると、そう感じるのだろうか。私にはむしろ、これぞ自然、としか見えないのだが。

山登りは、非常に快調だった。山道は、舗装こそされていないもののよく踏み慣らされ、普段よりもスイスイ登れる気がする。一度、足がもつれて木に倒れ込んだけれど、枝が目に入るようなこともなく、どこも打たなかった。擦り傷ひとつない。

生き物も多く目にした。人に対してあまり警戒感がないのか、鳥たちだけでなく鹿なども比較的近くに何度も現れ、退屈させないようにしているかのようだ。

いい山だな、素直にそう思った。がっかりする要素など感じられなかった。

ただ、マナーの悪い奴がいるようで、途中でナットを一つ、歯車をひとつ見つけた。こんなに美しい山に捨てるなんて、と義憤を感じながら、持ち帰るためにバックパックに入れ、山歩きを続けた。

山頂で休息と昼食をとって、景色を楽しみつつゆるゆると下山していくと、夕暮れ時に差し掛かる頃、沢に行き当たった。
沢では、一頭の鹿が水を飲んでいたが、驚いたことにこちらを認めても逃げない。
それどころか、少しずつ近づいてくる。よく見ると足を怪我したのか、すこしバランスが悪い。
その足では逃げられないからむしろ攻撃するのか、と身構えたが、夕日に染め上げられたのか真っ赤に輝く角は、じっと天を差し、こちらに向けられてはいない。敵意はないようだ。

意外なことに反応できずにいると、
鹿は、手が触れられそうなところまで近づいて、何か音を出した。初めそれがなんの音か分からなかったが、よく聞くと、それは言葉だった。

「すみません、お客様」確かにそういった。そしてこう続けた。
「驚かせたことをお詫びします。ですが、もしよければその歯車とナットをくださいませんか」
よく見ると
私は混乱したまま、黙って、しかし口をパクパクさせてそれらを差し出した。
後になってみれば、聞きたいことはいろいろあったはずなのだが、その時は何も出てこなかった。

ありがとうございます、というと、鹿は歯車とナットを咥えた後地面にそっと置き、その上に横たわった。しばらくそうしているうちに、鹿の角の光は、赤から緑に変わり、2、3度またたいて消えた。と、同時に鹿は立ち上がり、先ほどと違うスムーズな歩調で歩き出した。地面にあったナットと歯車は消えている。

「それ、そういう仕組みなんですね。」やっと絞り出したのは、どうでも良いようなコメントだった。
「角のことですか?そうですね、状態異常で赤く光りますが、解決すると緑に光って消えます。」

「じょうたい、いじょう。。。」
私がまだ口をパクつかせていると、鹿は続ける。
「すみません、もうお気づきだと思っていました。
実はこの山は、ほとんどこんな感じなのですよ。」
「こんな感じ、というと?」
「私のような人工的な存在がほとんどだということです。
山を手入れせず本当の自然のままにしていると荒れてしまうでしょう。でもこの山村の人は皆老いてしまった。
とはいえすべて禿げ山にしたり舗装してしまうと、それはそれで環境が壊れてしまう。そこで、村の総意で、大企業に実験環境を提供する形で人工的な半自然を作って、管理と環境維持のバランスをとっているのです。実験段階なのであまり公にはなっていませんがね。」

「そして、山は私たちのような動物型ロボットが管理をしています。本物の鹿もいますが、増えすぎない様に管理されています。
植物はだいたい本物ですが、キノコなどは、危険なものもあるので、それらは栽培した無害なものに置き換えられています。今日、あなたが転んで倒れ込んだ木も、私の仲間によって枝先を丸く切り揃えられています。」

なぜ転んだのを知っているのかと訊ねるまでもなく、鹿は続ける。

「また、遭難者などでないよう、鳥型のロボットが一人ひとりの動向を見ていて、私たちにも伝えてくれます。」

「しかし、お客様に部品を拾っていただいて助かりました。山の事情がわかっていない他所の猟師に撃たれて、部品が飛んで見失ってしまっていたので。麓には報告したのですが、数日待たなければいけないところでした。」

「お客様、というのは?」少しずつ疑問を口にできるようになってくる。

「村では将来的にこの山を観光地にしたいようで、山に入った方をそうお呼びする仕様になっています。先ほどの猟師にも、そう呼びかけました。驚いて逃げていかれましたけどね」鹿は少し笑ったようだった。

「国中に山はたくさんあるのに、わざわざ作り物の山に観光に来る人がいるのかな」落ち着いてきた私は少し皮肉な質問をした。

「私にはわかりませんが」鹿は答えた。
「ただ、我々を作った人間は、『自然は本来美しい反面危険なものだが、世の中には自然の危険な面まで受け入れる様な人は多くない。表面の雰囲気だけを味わいたい、なんなら自然を愛でている自分を味わいたいというだけの人なら、本物の山より、安全に管理されたテーマパークのような”山っぽい何か”の方を選ぶだろう』と言っていました」
自分のことを言われたような気がして、どきりとする。鹿は意にも介していない様だ。

「さあ、話していたら日が暮れてしまいましたね。麓までお送りします」
そういうと、鹿はツノを光らせた。ちょうど車のヘッドライトのような、オレンジと白の混ざった光が山道を照らす。そして、鹿がステップを踏むような動きをすると、足元のキノコや苔が光り始めた。
さて、まいりましょう。

パレードも計画されてるのか、と思わせる様な、不自然に明るい夜道をしばらく歩くと、麓についた。
「それでは、お客様、またお越しください。本日はありがとうございました。」
鹿は最後にそう言って、角の光を消し、山に戻って行った。そして、苔やキノコの光も消え、山は「自然の姿」に戻った。

まだ8時前だというのに村はひっそりとしていた。山の夜道の方が賑やかだった気がする。
 8時ならまだバスはあるか。私はこの村から離れたい気がして、バス停を目指した。1時間に一本もないバスだが、確か8時半ごろが最終だったはずだ。

バス停には朝と同じお爺さんがいて、まだ碁をうっていた。
「どうじゃった」
「がっかり、しました」私はそう答えた。カラクリを知るまで、いい山だと思って満喫していたことは話せないと思った。
「まあ、慣れじゃよ」お爺さんはつぶやいた。

やがてバスが来て、私はお爺さんに別れを告げた。
お爺さんはぶっきらぼうながら優しい声で「おう」といった。

すると、先ほどまで長考していた対局相手ののお爺さんも顔を上げ、満面の笑顔で見送ってくれた。
「お客様、ありがとうございました。またお越しください

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