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【ショートショート】水筒と手紙

子供らが、ゲームとテレビに飽き、公園に行きたいとせがんだので、暑いが出かけることにした。

せめて涼しさを、と思って、池のある公園で生き物を捕まえて遊ぼうとしたが、ここ最近の日照りで池もほとんど干上がってしまっている。
池というより、湿地という感じだ。

子供はザリガニやらカエル、魚たちと格闘するつもりが、ぬかるみと格闘することになった。ザリガニはその辺でわずかな泥に体を埋めて雨の日を待っているし、ぬかるみではカエルが群れている。オタマジャクシは少し苦しそうだ。子供達はそれでも楽しんでいたが、下の子がぬかるみに足を取られて動けなくなってしまい、泣いてしまったのを機に、帰るムードになった。

子供をぬかるみから引っこ抜いて、水道に連れていって靴の泥を落とす。水道は池から遠いので、運ぶ間に親もどろんこだ。車を汚さないように着替えさせたり、大人も自分の靴を洗ったり。ほうほうの体で家に戻ると、子供が、水筒がない、という。

拙い説明をつなぎ合わせると、どうやらぬかるみのところに忘れたようだ。子供を責めてもしょうがないし、そもそも親の管理不行き届きだ。夜も遅いし、明日は仕事。探すのは一旦諦めて、公園の管理事務所に届くのを期待することにした。

次の週末が来て、子供と公園に行った。管理事務所に向かう道で見た池は、だいぶ水位が戻っていた。この1週間もほとんど日差しが強かったが、昨日久々に大雨が降ったのが良かったようだ。子供はまた池で遊べるとウキウキしている。

幸いにして、水筒は事務所に届けられていた。管理人さん曰く、今朝来たら事務所の前に置かれていたそうだ。

水筒を開けると、中に入っていた水は全てなくなっていたが、代わりに一枚の大きな木の葉が筒状に丸めていれられていた。

広げると、赤い字で大きく、「さら、たすかった、ありがとう」と書かれている。一瞬、血文字かと思って身構えたが、甘酸っぱい匂いがする。木苺か何かを潰してインクがわりにしたようだ。

さら、たすかった…?しばらく意味を掴みかねて、口の中で反芻するように唱えてみる。

この、「さら」ってのが人名じゃないとすると…皿か。
それと、この数日、雨が降らなかったなかで、水筒があって皿が助かった…。
で、昨日雨が降って、水筒は今朝返ってきた、と。
あと、手紙は木の葉と木苺(暫定)で、オールひらがな。


えっとそれって、そういうこと?いや、そんなことある?
逡巡したが、それ以外思いつかない。
誰かの凝ったイタズラでなければ、うちの子は河童に恩を売ったことになる。信じ難いが、それしかない気もする。

そう思うと、急に心配になった。昨日雨が降ったとはいえ、これからも猛暑日は続くのだ。また皿の危機が来るかもしれない。

思い立った私は、すぐにも池で遊びたがる子供を宥めて、公園側の酒屋で大きな空き瓶をもらった。そして、水道で水を半分ほど詰めて蓋をすると、マジックで「さらのみず」と書き、池の葦の茂みに投げ込んだ。

瓶はくるくると水面で回り、そして何かに引っ張られるようにとぷんと沈んで見えなくなった。

そして、池の中から、魚が数匹はね上げられて、こちらに飛んできた。きっとお礼なのだろう。食べさせるつもりでよこしてくれたのだろうが、子供が大はしゃぎで急いで水槽に入れたので、飼うことになりそうだ。

帰り際、こんどはきゅうりでも持ってこようか、と子供に言ってみた。

子供はポカンとしていたが、遠くで水面をぱしゃんぱしゃんと何度か叩くような音がした。


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