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色々な人が観劇できる対応を

本日、自身が公開している脚本の利用規約に以下の文面を追加いたしました。

日本語字幕・多言語字幕・音声ガイド等に脚本データやト書きの文章を利用することを歓迎しております。字幕を表示したい、音声ガイドにト書きの文を利用したい、聴覚障害等脚本が必要なお客様に脚本をお渡ししたい、等の対応が可能ですのでお気軽にお声がけください。なおご使用を希望する際は必ずお声がけください。

お恥ずかしい話ですが、英語劇を鑑賞する際字幕に助けられることも多い立場ながら、「日本語劇にも字幕が必要な人がたくさんいる」ということをあまり意識していませんでした。

視覚障碍者等のための音声ガイド、聴覚障碍者等のための字幕や、事前の台本提供など、いろいろな方に配慮した上演の形は一部の国では義務化されているそうです。一方、日本ではあまりメジャーではありませんね。

聴覚障害の方から観劇の悩みを聞く機会があり、「字幕や手話通訳がないのならば事前に台本を受けとりたいが、問い合わせても利権問題で断られることもしばしば」と聞きました。字幕は機材や人材のコストが高いですが、せめて台本提供だけでも当たり前になればと考えこのような文を追加するに至りました。

身体障碍の方に配慮するには建物が、音や光に敏感な方に配慮するには演出が、と脚本家のポディションからはどうにもできぬ問題もあります。どちらかと言えばこちらの方が私にはなじみ深い問題です。

日本はそもそもハンデを抱えた方にあまり優しくありません。しかし、こと「目に見えない」ハンデともなると本当に、本当に配慮が欠けています。おそらく存在が隠され、身近でないと考えられ、甘えや考え方、自己責任として片付けられてしまうからでしょう。あげれば枚挙にいとまがありませんが、ここでは兎角観劇についてだけ考えます。

杖をついていたころは、見るから私は「足の悪い人」でありました。優先席を使えましたし、協力が必要かとお声がけしていただくこともありました。しかし回復しとりあえず普通に歩ける今、私が長時間立てないことなど誰が分かりましょう。私は今、見るに「若い健康的な人」に分類されます。

優先席に私が、「若い健康的な人」が座っていたらどう見えますか。

以前ご年配の方にやんわりとたしなめられた時、私は言い返すことができませんでした。一言「足が悪いのです」と言えばよかったのでしょうが、中学生の私は周りの視線が怖く、ただ立ち上がったことを覚えています。

今も劇場の狭い階段にもたつくことがあります。手すりのないことは珍しくありません。のろのろ動いていると後ろから乱雑に抜かされることもあります。

もう一つ、私はやや音に敏感です。一度小さな劇場で基準の音の大きさに驚き、途中離席することも難しく、劇の内容も分からぬままただじっと下を向いていたこともありました。事前に音の大きいことが分かれば私はその劇場を避けることが出来たでしょうが、そういった演出の事前判断に基準がないことも事実です。

イギリスでは演出を事前に知らせたり、激しい光・音を抑えた上演が分類として存在し、手話上演や字幕上演、音声ガイド同様に情報発信されているそうです。お話してくださった方がイギリスに行ったのはもう20年近く前らしいのですが、その時点で確立していたとなるとすごい差ですね。今はどういったサービスがあるのかまた調べてみようと思います。

劇場のつくりやこういった分類の確立は、一個人には難しいことであります。しかし脚本の提供であれば私にも行動が出来そうです。脚本の事前貸し出しや当日貸出、音声ガイド作成の手助けにはなれるかと考えております。

聴覚障害の方に対して、最近はタブレットで脚本のPDFを提供する商業演劇も出てまいりました。これなら、低コストです。利権問題さえ通ればなんとかなります。勿論ト書きをもとに自力でスクロールしなくてはいけないので字幕には及びませんが、案外良かったとお話してくださった方はおっしゃっていました。

しかし利権以外にも問題はあります。他のお客様から「タブレットをしまってくれ」と言われてしまうことがあるのだとか。一見スマホをいじっている人ですから、注意した方には悪気は全くないのですが、やはりドキッとしますよね。係の方が周りの方に説明するなどの解決策がとられているようです。

さて、事実配慮した結果新たな問題が出ることもあります。タブレットの光は邪魔かもしれません。こういった対応はずるいのでしょうか。聞こえないのならば特別扱いなどされずに劇を見に行かなければいいのでしょうか。わがままなのでしょうか。音が苦手ならば大きい音がするかもしれない娯楽はすべて避けるべきでしょうか。階段が使えないならおとなしく家にいたほうがいい?

あまりにもナンセンスに思えます。それに商業的にもどうでしょう。お客は多いほうがいいでしょう?なるべくたくさんの方に来てほしいと、僕は舞台を立てる側としても感じます。

まずは私にできること、として冒頭にあげた文面を書き添えました。「字幕上映」や「音声ガイド」などを頼まれた時に協力するだけでなく、脚本を探している方に「これなんだろう」とひっかかりを持ってもらいたいという気持ちも込めております。私と同じように考えが及ばなかった方、知らなかった方もたくさんいるでしょうから、まず「そうか字幕を付けることもできるんだ」と気がついてもらいたいと思います。

最後になりますが、ここまで読んでくださった方へ一つだけお願いをして筆を置こうと思います。

観劇の際に関わらず、見えないところに何かハンデがあるのかもしれないという想像力を頭の片隅に置いてください。

これは私自身に言い聞かせていることもであります。優先席に座っている若者は足が悪いのかもしれないし、劇場でタブレットを持っている人は耳が聞こえないのかもしれません。一瞬、なんて非常識なとイラっとするかもしれません。いや、僕だってすることがあります。そんな時に、見えないところに何かハンデがあるのかもしれない、と立ち止まっていただければ幸いです。


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