見出し画像

世帯視聴率の記事がなくならないのは、ヤフトピの責任だと思う

世帯視聴率記事への批判がにわかに話題に

松本人志氏の視聴率記事批判が話題になっている。昨日(6月20日)も「ワイドナショー」でけっこうな時間を使ってそのことを話していた。それがまたネットでコタツ記事になっているのはスポーツ報知もどういう神経だろう。(10時に始まった番組についての記事が10:17に配信されている)

松本人志氏の一連の発言はインパクトが大きく、さすがに安易な視聴率記事は減るのではないだろうか。(上の記事を見ると期待できないかもしれないが)

私はこの世帯視聴率の問題についてかなり早くから危機感を持って記事にしてきた。だがあまり見向きもされず歯がゆい思いだった。松本氏が今回発言したことで私も昔年の恨みを晴らせた気持ちだ。

もうやめろ、視聴率だけの記事は。意味がないから。みっともないし。いまこそやめてほしい。

それにしてもなぜネット記事は視聴率を取り上げたがるのか。私はその理由がヤフトピにあると思う。とっくに意味を失った世帯視聴率が重要だという誤解を振りまいたという意味では、ヤフトピには大いに責任があるとさえ考えていた。そのことを、恨みも込めて解説したい。

テレビ局の指標は世帯視聴率から個人に徐々に移行

まず私は、世帯視聴率への危機感をかなり前から発信していた。2015年、だからもう6年も前にはこんな記事を書いている。

高齢化が進み、また女性の方がテレビ視聴時間が長いので、中高年女性の好みが世帯視聴率に反映されやすくなった。テレビがどんどんそっちに傾いていて、このままでは若者が全く見なくなってしまう。そんな警鐘を鳴らす内容だ。「おばさん化」とは女性にいささか失礼かもしれないが、意図的に不快な言葉で危機感を煽ったつもりだ。(その後、残念なことに若者は本当にテレビを見なくなった)

半年後にはスポンサーが実際に視聴率でCM枠を買わなくなり始めたことも書いている。

そんな私の声を聞いて、ということではないだろうが、業界はちゃんと準備を進めていて、視聴計測を大きく変えることが決まった。それが世帯視聴率から個人視聴率への変化だ。世帯から個人に変わるだけではなく、スポンサーそれぞれが誰に見せたいかを気にしており、それに見合うデータを提供するために全国で2020年から個人視聴率調査を始める、というものだ。

2020年から全国で、と上に書いたが、詳しく書くと「東阪名」ではずっと前から個人視聴率調査が行われていた。だがCM取引には世帯視聴率を使っていたので、個人視聴率はテレビ局でも特別に必要な機会以外は話題に上がらずもっぱら世帯視聴率を気にしていた。

ところが2018年から関東で、つまり在京キー局で取引に使う指標が世帯視聴率から個人視聴率に移行した。以降、段階的に全国に個人視聴率調査を広げ、取引にも個人の方を使う移行期間になった。これについてはビデオリサーチ自身のWEBサイトでの説明がわかりやすい。

ややこしいので簡単にまとめると、2018年から2020年にかけてテレビ局は全国で段階的に指標を世帯視聴率から個人視聴率に移行させることになった、ということだ。これは私が秘密に情報を得たわけでもなんでもなく、少なくともテレビ局に取材できるメディアなら難なく得られる情報だ。

ヤフトピに入りやすいから視聴率が記事にされる

こういう流れなので私は、2018年以降はみんなが世帯視聴率を話題にしなくなるものだと思っていた。でも一般の人にはわからないかもしれないと、Yahoo!ニュース個人でこんな記事を2017年に書いた。

世帯から個人に指標が変わるが、それは単純に入れ替わるというより、多様な視点で番組を評価するようになるはずだと書いた。そこがいちばん大事だと思ったからだ。

読者の皆さんに提言したいのは、視聴率を気にしすぎないほうがいい、ということだ。スマホ時代になってから主にスポーツ紙が前日の視聴率を速報的に記事にしている。そういう記事がPVを獲得しやすい、つまりみんなが読んでしまうからだ。だが多くの人が気づいているように、視聴率は今や番組の尺度のひとつに過ぎない。

松本人志氏がワイドナショーで言ったようなことを私も言っていたのだ。そうなるに違いないと信じながら。

ところが視聴率だけのコタツ記事はなくならなかった。理由ははっきりしている。視聴率をネタにした「サゲ記事」はヤフトピに入るからだ。

Yahoo!には今やほとんどのメディアが記事を転載していて、PV数に応じた広告収入の配分を受けている。だが正直、記事が転載されただけでは大したPV数にならず、得られる収入も雀の涙と言っていい。ヤフトピに入ってはじめて莫大なPV数を獲得し、得られる収入も「金額」と言える水準になる。だから新聞も雑誌も個人もヤフトピに記事を滑り込ませたくて仕方ないだろう。

そして下手に取材をするよりも、視聴率ネタの「サゲ記事」はヤフトピ入りしやすいのだ。視聴者は視聴率=番組の良し悪しと捉えているので思わず読んでしまう。スポーツ紙としては視聴率さえ手に入れれば書けるのだから、収益効率も良い。そりゃあ記事にしたくなるというものだ。

これまではともかく、2018年以降は世帯視聴率には意味がなくなるのだ。少なくとも個人視聴率の方で記事を書くべきだろう。だがなかなかそうならなかった。個人視聴率の方が手に入れるハードルが高いせいだと思う。

正しいことを書いても書いても空振りが続く

そこで私は視聴率についての知識を啓蒙する記事を書き始めた。例えばこの記事だ。

日本テレビの「今日から俺は」の最終回は世帯視聴率で12.6%だったのに対し、同じクールのテレビ朝日「リーガルV」は17.6%だった。だがインテージ社のデータで世代別に見ると、若い層では「今日から俺は」の方が視聴されており、「リーガルV」は50代60代で多く見られている。世帯視聴率がいかに高齢層に引っ張られるかを解説したものだ。

こんな記事も書いた。

テレビ朝日は世帯視聴率で日本テレビを追い上げているとスポーツ紙は書くが、放送収入ではテレビ朝日は「一人負け」だという内容だ。だから世帯視聴率について書く意味はない、スポーツ紙はそういう記事をやめよと言っている。かなり苛立っている。そのきっかけは実はNHK「いだてん」を視聴率でダメ出しする記事に腹が立ったことだった。記事の冒頭でそのことに触れている。

こんな記事も書いた。テレビ朝日「ポツンと一軒家」がついに日本テレビ「イッテQ」を超えたとまたもやスポーツ紙が書いているので、それは世帯視聴率にすぎず、「ポツンと一軒家」を見ているのはお年寄りだらけだ、という記事。

ところが、「ポツンと一軒家」の視聴率が上がるたびにスポーツ紙は同趣旨の記事を出し続け、ヤフトピ入りする。「いだてん」の視聴率も毎回のように大河の視聴率最低記録を塗り替え、月曜日になるとスポーツ紙の「サゲ記事」が出てヤフトピに入る。対抗しようと様々なデータを駆使した私の記事はまったくヤフトピに入らない。

私は2016年にYahoo!個人で書くようになって以来、自分で言うのもなんだがヤフトピ入りの確率が高かった。どうやらYahoo!のスタッフには新聞雑誌の出身者が多く、私がこれまでにないデータを使ってメディアについて書く記事を、彼らが面白がってくれていたようなのだ。

そしてこれは噂で聞いた話だが、この頃ヤフトピ編集スタッフが大きく変わりメディア出身者がいなくなってしまったらしい。そういう興味がないと私のややこしい記事をヤフトピ入りさせる価値がわからず、メジャーな番組のサゲ記事の方がヤフトピに入れる価値をシンプルに感じたのではないかと推測している。

事実はわからないが、かくして「いだてん」のサゲ記事がヤフトピ入りするたびに私はなんとかデータを駆使して「いだてん」の価値を訴え、あるいは様々な番組を題材にして視聴率には意味がないと言おうとするのだが、どれもこれもヤフトピ入りを果たせず、亡霊相手に刀を振り回すような徒労感が増すばかりだった。

書いても書いても私の記事はヤフトピから無視され、「いだてん」をはじめ視聴率ネタのサゲ記事はヤフトピ入りし続ける。年末にはこんな記事がまたヤフトピに入り、私は大きな大きな挫折感に打ちひしがれた。

画像1

そりゃあ世帯視聴率の記事を書くよね。だって書けばヤフトピに入って莫大なPV数を獲得し、ジャラジャラジャラとお金がはいる。視聴率さえ手に入れればいいのだから15分でいっちょあがりだ。対して私はあちこちに頼んで違う切り口のデータを手に入れ、グラフを作ったり分析的な文章を加えたり、あの手この手を尽くしてなんとか世帯視聴率の時代が終わったことを、世帯視聴率で番組を評価する意味がないことを、そして安易な視聴率のサゲ記事を気にする必要がないことを、何時間もかけて記事にしてはヤフトピで空振りに終わっていた。これでは意味がない。一般の人に伝えたくて書いたのに。

徒労感に打ちひしがれつつも、2020年に入っても私のあがきは続いた。

いまや矢折れ刀尽き、という心境だった。Yahoo!で頑張ってもしょうがないみたいだ。ひとりで吠えていても、相変わらずスポーツ紙の視聴率サゲ記事は出続けるし、ヤフトピ入りし続ける。七面倒な私の記事は空振り続き。もう諦めるしかないか。

世帯視聴率の記事をなくすのはテレビ文化のため

そんな風に、いじけた時期も通り越して悟りの境地に達しかけていた時に、「世帯視聴率の記事は無視して」と大きな声で言ってくれた。ありがとう松本人志!私はもう力尽きたが、いまようやく夜明けが来た!そんな気分。

ただ、冒頭でそれを言う松本人志をまたコタツ記事にしたスポーツ紙を紹介したが、しばらくはまだ続くだろう。スポーツ紙がサゲ記事を書くのは止まらない。だってヤフトピに入るかもしれないから。

だからここでいまこそ、Yahoo!が決断する時だ。視聴率のサゲ記事はもう金輪際ヤフトピに入れませんと、宣言するべきだ。少なくとも、スポーツ紙と議論するくらいはやるべきだと思う。何より、世帯視聴率が大事だという誤った情報を世間に振り撒くことになる。

Yahoo!ニュースは今や、公共的な存在と言っていい。中でもヤフトピが持つ責任はNHK並みに大きいと言っていいだろう。だからこそ誤った情報をヤフトピに入れてはならない。責任の大きさを自ら認識し、どの分野でどんな情報をヤフトピに入れるかどんな記事は入れるべきでないか、日常的に議論すべきではないだろうか。

テレビ局もスポーツ紙にアナウンスしていい時だ。世帯視聴率はもう指標ではないし、重視しているのは別なので、世帯視聴率は記事にしないでください。そうはっきり伝えるべきではないか。

スポーツ紙の側も内部で議論すべきだ。テレビという一つの文化と、一蓮托生でやってきたはず。世帯視聴率で記事にするのは不勉強すぎだし、視聴者に誤った印象を植え付けることになっている。テレビ関係者のためにも、視聴者のためにも、何もならない記事であることを認識してもらいたい。

意味がない指標で世間がいいの悪いのと言い、スタッフや出演者が気に病むのは、本当におかしな話だ。この機に業界全体でぜひ考え直して欲しいと思う。そのほうが、テレビ文化にとっていいはずだから。

※本記事は筆者が運営する有料マガジンMediaBorderのコンテンツ。この記事は多くの方に読んで欲しくて無料でお届けしている。「テレビとネットの横断業界誌」のスタンスで最新のメディアの話題を追っており、月700円で、全記事をお読みいただける。この手のテーマに興味があればご購読ください。初月無料。

ここから先は

0字

コンテンツビジネスを考えるメンバーシップです。主にテレビとネットの横断領域をテーマにメディアの未来を…

購読会員

¥550 / 月

交流会員

¥770 / 月

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?