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「今あなたの後ろにオススメが」第1話

○カフェ
   桜子(18)と、未知(18)。
   二人は、同じ大学に通う一年生。
   学校が終わり、昼下がりのカフェで休憩中。
桜子「ある女の子が、メリーという人形を可愛がっていました」
未知「なるほどね」
桜子「ところが、ある日、引っ越しをすることになり、そのさい、古くなっ
 た人形を捨ててしまいました」
未知「断捨離だ」
桜子「すると、その夜、女の子の元に電話が掛かって来ました。女の子は、
 スマホとか持っていなかったので、引っ越し先の家の電話に直接掛かって
 来ました」
未知「その情報、いる?」
桜子「あたし、メリーさん、今、ゴミ捨て場にいるの……。一旦、電話は切
 れましたが、すぐに! また掛かって来ました。女の子が電話に出るたび
 に、どんどん近付いて来るわけです! 女の子が電話に出なくても、電話
 線を抜いたとしても、スピーカーホンから勝手に流れて、あらがえません
 でした……」
未知「あらがってほしい……」
桜子「女の子は、“捨てるにはいい機会だった”と正直に話しましたが、どう
 も、らちがあきませんでした」
未知「正直すぎる……」
桜子「そして、物語は終盤戦へと!」
未知「CMをまたぐ感じ、すごい出してる!」
桜子「もしもし、あたし、メリーさん、今、あなたの、後ろにいる
 の……!」
未知「来た……!」
桜子「だけど、実際には、いないのよね……」
未知「え……、分岐した?」
桜子「後ろだったり、前だったり。そうね、この話を要約すると、ある女の
 子がメリーという人形を大切にしていたにも関わらず、捨ててしまって、
 その後メリーさんから執拗な電話攻撃などを受け、いろいろとまいってし
 まうな、みたいな話なのね」
未知「その要約、いる?」
桜子「だから、そうね。裏表どちらでも着られるリバーシブルな服ってある
 じゃない? あんな感じよね」
未知「どんな感じなの……」
桜子「女の子は、街で見つけたリバーシブルなアウターを買い、生涯それを
 大切に着ました。ところが、思った以上に体格がよくなり、そのアウター
 もサイズが合わなくなって、結局は、断捨離しました」
未知「断捨離だ」
桜子「しかし、それは成長という大人になる過程で起こる必然的現象なの
 で、仕方がないことでした。そして、メリーさんは、気付きました。引き
 ぎわも大切だということに……」
未知「引きぎわに気付くなんて」
桜子「メリーさんは、最後にこう言って、話を締めました。あたし、メリー
 さん、今、あなたの、後ろに、オススメを持ってきたの……」
未知「オススメを……?」
桜子「女の子が後ろを振り返ると、そこには、裏返しになったメリーさんの
 人形が置いてありました。中に詰められた綿が内臓のように丸出しにな
 り、そっくり体が裏返しになっていました」
未知「引きぎわとは……?」
桜子「それを見た女の子は、どのへんがオススメなのか……と困惑しました
 が、裏返しになったメリーさんの人形をひっつかむと、うまいこと表に返
 して、部屋の棚に飾り直しました」
未知「女の子の行動、怖くない……?」
桜子「女の子は外出すると、日差しがきついので、すぐに公園の木陰のベン
 チで休憩しました」
未知「日中の出来事だったの?」
桜子「もしもし、あたし、と呟いてみる。今、公園のベンチにいるの。その
 とき、スマートフォンの着信音が鳴り響きました。女の子は、スウェット
 のポケットからスマートフォンを取り出しました。スマホとか持っていな
 かった女の子が、どうしてスマホを持っているのかは、後で判明しま
 す……」
未知「気になりすぎる……」
桜子「やたらと4の多い番号からでした」
未知「並べたね」
桜子「電話に出ると、相手はこう言いました。もしもし、あたし、メリーさ
 ん、今、あなたの、部屋の、棚にいるの。もう安心ね……。話を締めたと
 か言っといて、あれから、ずっと、こうした電話が掛かって来るのです。
 外出すると、必ず。かつての女の子は、すでに三十歳を越えており、真っ
 青な空を遠く見透かすように眺めました」
未知「いつしか、なかなかの年齢に……」
桜子「そう、スマホとか自分で契約できるくらいの社会人になっていたので
 す。かつての女の子は、はあ~あ、とため息をつくと、“今、あなたの、後
 ろに、バースデーケーキが!” という大合唱が聞こえ、草の繁みから、大
 勢の友人を引き連れたメリーさんが飛び出しました。大勢の友人とは、つ
 まりメリーさんと同じ人形、捨てられた古い人形たちでした。メリーさん
 の両手には、蝋燭の灯されたバースデーケーキがありました。かつての女
 の子の誕生日を祝う為です」
未知「誕生日だったの……!?」
桜子「え、みんな……やだ! 私の誕生日覚えてたの!? やだ! ありが
 とう!! かつての女の子はそう言いながら、内心では、焦燥感を覚えて
 いました」
未知「何歳になったのかしら……」
桜子「バースデーケーキは、原形をとどめておらず、まるで、ひっくり返し
 たかのごとく、ぐちゃぐちゃでした。イチゴのソースが深紅の血のように
 飛び散り、スポンジの皮膚がでこぼこと隆起していました。かつての女の
 子は、そのケーキをひっつかむと、蝋燭を避けて、手の平をぐちゃぐちゃ
 に汚しながら、うまいことケーキを整えました」
未知「かつての女の子の行動、変わらず怖くない……?」
桜子「周りにいた大勢の人形たちが、“おめでとう!”と口々に雄たけびを上
 げました。年々、その数は増えていっているそうです……」

十和子「よ!」
未知「うわ、びっくりした!」
   十和子(18)は、同じ大学に通う二人の友人。
   口に、マスクをつけている。
   空いている席に座ると、やって来た店員にコーヒーを注文し、それが
   来るのを待ってから。
桜子「突然、現れた十和子さんは、そう、舞台役者でした」
未知「え、そうなの!?」
桜子「外見は害がないけど、中身は井戸の底の真っ暗闇でした」
十和子「(ただ目の前のコーヒーを見つめる)……」
未知「否定しないと、そのまま進むよ」
桜子「十和子さんは、今度やる舞台のチケットを売りつけようと画策してい
 ました。ノルマは百枚、そんなの、さばけるわけない! そこで目をつけ
 たのが、メリーさんの電話という都市伝説だったわけです」
未知「まさか、ここに繋げる為の布石……?」
十和子「あたし、メリーさん、今、あなたの、後ろに、オススメを持って来
 ました! チケット、買ってください!」
未知「え……?」
桜子「こうして、だんだんと距離を詰め、精神的に落としたところで、チ
 ケットを買わせる思考停止マーケティングを施そうと考えたのです」
未知「思考停止マーケティング……?」
桜子「十和子さんの実家は、江戸時代から続く老舗の温泉旅館でした。寒冷
 前線が活発化し、大雪となったある晩。温泉旅館の戸を、一人の女が叩き
 ました」
十和子「夜分遅くにすみません。今晩、こちらに泊めていただけませんか」
未知「なんか始まった……」
桜子「さぞかし、寒かったでしょう。すぐに、お部屋をご用意しましょう」
十和子「ありがとうございます」
桜子「寒かったでしょう」
十和子「ええ」
桜子「火に当たりなさい」
十和子「火に当たります」
桜子「こちらへは、どういった経緯で?」
十和子「経緯、ですか?」
桜子「経緯です」
十和子「ヴァカンスに」
桜子「ヴァカンスですか。とんだ、ヴァカンスになりましたね」
十和子「私の骨格、どう思います?」
桜子「え、いきなり骨格……。お綺麗なほうだと、思いますよ?」
十和子「私の骨格が、綺麗……? これでも……!?」
桜子「女は叫ぶと、これみよがしにつけていたマスクを剥ぎ取りました。そ
 こには、なんと、誕生日メッセージが! 誕生日おめでとう! というお
 祝いのメッセージが、顔の下半分にびっしりと書いてあったのです! 骨
 格など、どうでもいいと言うように」
   十和子は、つけていたマスクを勢いよく剥ぎ取ると、マスクの下に
   は、本当に、そうした文字がびっしりと書いてある。
   驚く未知の後ろに、いつの間にか真顔の中年女性(39)が立ってい
   る。
桜子「今日で、三十九歳を迎えます。メリーさん率いる大勢の人形たちも、
 こうしてお祝いに駆け付け、そして、こんな大合唱が!」
後ろの方々「チケット、買ってください!」
未知「うおおお!」
   いきなり未知の後ろから大声が聞こえ、驚いて振り返ると、真顔の中
   年女性の他に、口元に縦線を入れた人形のような若い人たちが六名ほ
   ど立っている。
桜子「そうです。こちらの方々、十和子さんの所属する劇団員のみなさんで
 す」
   口周りに、お祝いメッセージを書き散らした十和子が、静かにコー
   ヒーを飲む。
   店員がやって来て、後ろの劇団員たちに注文を取る。
   ジンジャーエール、などと答える。
   店員が去り、静寂に包まれる。
後ろの方々「チケット、買ってください!」
桜子「一枚、ください……」
未知「あんたが、買うの!?」
   やがてジンジャーエールが、運ばれて来る。

(続)

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