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「今あなたの後ろにオススメが」第3話

〇地下劇場
T「数日後」
   小さな劇場である。
   まばらな客席に、桜子と未知が座っている。
   前方の舞台には、十和子と真顔の中年女性が登壇する。
   十和子の所属する劇団の公演である。
   十和子は、綺麗なドレスで着飾っており、真顔の中年女性は桜子のあ
   のアウターを着ている。
   裏返しにはなっていない。
   サイズが小さく、ぴちぴちである。
   舞台は、目と鼻の先であり、桜子と未知は少しのけぞる。
十和子「私は、貧しい職人によって、作られました。私は、ご覧の通り、華
 奢な人形です。私に名前はありませんでしたが、仮に、生活応援大増量
 パックたっぷり長持ち2倍巻き1ロール50メートル12ロールダブル、
 とでも申しておきましょうか」
未知M「そんなトイレットペーパーじゃないんだから……」
十和子「でもちょっと長いから、炭酸水、にしようかしら」
未知M「短くはなったけど……」
十和子「もう、どうでもいいわ」
未知M「投げやり!」
十和子「私の生みの親である職人は、腕の良い、しかし貧しい生活破綻者で
 した」
未知M「生活破綻者……」
   真顔の中年女性が、いよいよといった感じで、話に割って入る。
中年女性「私は、貧しかった。だが、誇りだけは人一倍あった。その誇りだ
 けで、生きていたように思う」
未知M「この人が職人か……」
中年女性「いつの間にか、こんな中年になってしまった。忍び寄る老いは、
 貧しさに拍車を掛ける。私は人形を作りながら、そうした愚痴をまぶすよ
 うになった」
未知M「まぶさないで……」
中年女性「凝り固まった人格をほぐすには、もう突き詰めるしかなかった。
 最高傑作を作ろう。究極の愚痴をまぶして、最高の人形を作ろう。これ
 が、私の集大成なのだと」
未知M「まぶさないでよ……」
十和子「こうして、生み出されたのが、私ってわけ」
未知M「なんか軽いなー」
中年女性「死を願われる存在ってすごくない? すごくないわ! そんなも
 ん! 死を願われる前に忘れ去られてんだわ! べつに苦労して生きて来
 たからって、誰かの心に寄り添えるわけではないし、良い人じゃないとい
 けない道理もない。つまり、私は、許されている」
未知M「どういうことなの……?」
十和子「生まれてから、すぐに、私の生みの親である職人は、生活苦によ
 り、私を手放しました。良い人とは言い難い性格で、少しホッとしたよう
 な感覚を覚えたのが、おそらく私の人間的な初めての感情の芽生えでし
 た」
未知M「恐ろしいことよ……」
十和子「私の他にも同じ境遇の人形たちがいましたが、みんなバラバラに売
 りに出されました」
   人形の姿をした劇団員が、六人ほど登場する。
   そして、何も言わず、舞台から去る。
未知M「もしかして、出番あれだけなの……」
十和子「私は、ある企業研修に連れて行かれました。そこで、コンビニ店
 長、という役職を与えられました」
未知M「コンビニ店長?」
十和子「私は、コンビニ店長として、働き始めました。本当は、店員から上
 り詰めていきたかったのですが、役職を与えられたからには、まっとうす
 る所存でした。私は、類まれなるコンビニ店長としてのスキルがあり、採
 用した企業はすばやく私のそういった部分を見抜き、抜擢に至ったようで
 す」
未知M「一人の人間として自立してる……」
十和子「そうして、電車を乗り継ぎ、本社のあるこの地にやって来ました。
 しかし、出生のわりに順風満帆に思えた私の運命は、急転直下を迎えるの
 です」
未知M「生活応援大増量パックたっぷり長持ち2倍巻き1ロール50メート
 ル12ロールダブル、と言ってた頃が懐かしいわ……」
十和子「コンビニのおもちゃコーナーに、かつて私と共に生み出された、家
 族とも言うべき人形が売られていたのです。私とは違い、簡素なビニール
 人形でしたが、そう、それは動いたり、社会人になったりしない、ただの
 人形だったのです。そのとき、私は、人形としての自覚を取り戻したので
 す。私は、辞職願を出し、会社を去りました。しばらくは、失業保険で暮
 らしていました。人形も、年を取るのでしょうか。はい、そこのあな
 た!」
   いきなり客席に向かって、指をさす。
   指をさされたのは、桜子である。
未知M「え、客席、巻き込むの……?」
   桜子は、大げさに驚きながら、瞬時に答える。
桜子「経年劣化しますね」
十和子「ふらふらとさ迷っているうちに、私はゴミ捨て場で行き倒れになっ
 ていました」
未知M「何事もなく続けてる……」
桜子「あの、経年劣化しますね!」
   聞こえていないと思ったのか、桜子がもう一度、声を張って言う。
十和子「そして、通り掛かった女の子が、私を拾い上げてくれたのです」
   桜子は、さらに息を吸い込み、口を大きく開けるが、諦めたように黙
   る。
未知M「引き下がった……」
   職人役だった中年女性が、今度は女の子役として、幼い声色を使う。
中年女性「まあ、綺麗なお人形さん。こんなところで、かわいそうに。一緒
 に、帰りましょうね」
十和子「彼女は、私に、メリーと名付けました」
未知M「炭酸水、が懐かしいわ……」
十和子「拾ってくれて、ありがとう」
中年女性「あら、あなた喋るのね!」
十和子「喋るわね」
未知M「社会人やってたくらいだし」
中年女性「もっとお喋りしましょうよ」
十和子「いいわね。では、確定申告について」
中年女性「待って。まったく興味ないわ」
十和子「あら、そう?」
中年女性「大人になってからでいいわ」
十和子「では、個人事業主に……」
中年女性「待って。大人になってからでいい話は、まったく興味ないわ」
十和子「それなら、どんなお喋りをご所望なの?」
中年女性「そうね。では、確定申告について」
十和子「待って。あなたさっき、興味ないって言ったじゃない」
中年女性「そうだったわ」
未知M「忘れてたの!?」
中年女性「では、個人事業主に……」
十和子「待って。あなたそれも興味ないって言ったばかりじゃない」
中年女性「わざとよ」
十和子「やめてね」
中年女性「それでは、どんなお喋りをしましょうか」
十和子「そうね。では、確定申告について」
   やがて舞台は進み、ーー
   中年女性が、アウターを脱ぎ、ひっくり返して、着直す。
   背中には、メリーさん、と歪な例の文字が書いてある。
   そこをなぞるようにして、十和子が息絶える。
   静寂。
   舞台上に、劇団員が揃い踏みする。
   すると、客席にいた桜子が立ち上がり、舞台中央に上がる。
   感激にむせるように、口を開く。
桜子「いかがだったでしょうか。私が、演出家兼劇作家、この劇団の主宰者
 である、金剛寺桜子です!」
未知M「あんたが、主宰者だったの!」
十和子「なんとなく今まで活動して参りましたが、本日をもって、解散致し
 ます」
未知M「解散公演だったの!」
   舞台上で、劇団員たちが、涙を流す。

〇アパート(夕方)
   桜子の住むアパート。
   引っ越しの準備を終えた、何もない部屋。
   初老の夫婦が訪ねて来る。
男性「突然、すみません……。下の部屋に住んでいた××の家族なのですが、
 先日、父が亡くなりまして……」
   桜子は、黙って頷く。
男性「あの、すみません……。どう言えばいいものか……。これを、あなたに
 渡して欲しいと頼まれまして……」
   そう告げて、リボンの掛かった箱を桜子に差し出す。
   桜子は、静かに受け取る。
   夫婦がおごそかに立ち去るのを見届けてから、何もない室内に戻る。
   リボンをほどいて中を見ると、人形用の綺麗なドレスが入っている。
   壁際でたたずむ、真顔の中年女性の前に座る。
   劇団員の中年女性である。
   そこで人形のように、ぐったりとしている。
   カーテンもすべて取り払われた窓から、夕陽が差し込む。
   そこらじゅうが、真っ赤に染まる。
   中年女性の背中がもごもごと膨れ上がり、そこから血だらけの人形が
   姿をあらわす。
メリー「あなたのお母さん、まるで脱け殻ね……」
桜子「あなたにって、これ……」
メリー「あら、直接あたしに渡してくれればいいのに……」
   薄く笑いながら、桜子を見る。
   桜子は、ただ黙っている。
メリー「この部屋とも、今日でさよならね……」
   メリーさんは服を脱ぎながら、浴室に向かう。
   桜子がメリーさんの背中に、視線をうつす。
   そこには幼い子が書いたような剥がれ掛けた文字で、メリーさん、と
   書いてある。
   メリーさんが浴室で汚れを落とし、戻って来る。
   桜子は箱から取り出したドレスを、丁寧な手付きでメリーさんに着せ
   る。

(続)

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