100円の白菜を買う選択
いままで親子2代サラリーマン生活をしてきて、消費者の立場でしか考えることがなかったのですが、山間部に来て、農作物を栽培し始めてから、つくりての立場で考えることが出てきました。
タイトルのような選択、何気ない日常でよくある光景だと思います。
みなさんはどう思いますか?
昨日、まちの図書館にいくと玄関に100円の白菜が2種類、箱の中に置かれていました。
ひとつは緑と白のコントラストがきれいでまるまると太った白菜ひとたま。
もうひとつは外葉を剥がれて白い部分だけ残して、やや見劣りする半たまの白菜。そこに小さなポップが添えられていました。
無農薬で育てた、固定種の白菜です。みずみずしくて甘さが広がります。虫に食べられていたので外葉はむいています。
気持ちとしては後者の無農薬の白菜が良いなと思うのですが、手にとっていたのはまるまるとした白菜。オトク感の中で比べていました。
最近読んだ本に書いてありました。
モノを買う時、2つのパターンが有るといいます。
1つめは価格やスペックを比較して、少しでも安いものを少しでもいいものを買うパターン。
2つめはその人やそのブランドが好きだから値段も詳細も確認せずに買うパターン。
100円という同じ土俵に立たされるとどうもこだわりの白菜には分が悪いようです。
安くておいしいこだわりの野菜を手に取ったとき、それはオトク感で満たされた満足感であって、いいものを買えたという満足感とは感覚的にちがうものだと思います。
いいものを買えたというのは好きなバンドのライブに行ったり、お気に入りの写真家やイラストレーターのポストカードを買ったときの感覚に近いような気がします。
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