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【論文紹介】何が鳥の飛行の多様化を可能にしたのか?:小翼羽に注目して

はじめに

今回、鳥の小翼羽という羽の形態に関する論文を出版しました。その内容を日本語で解説します。この内容はバイオロギング研究会報No. 206に掲載されたものと同じものです。

自律的に長距離を高速で飛行するという鳥の大きな行動的特徴は、今日に至るまで多くの人類を魅了してきました。鳥の飛行やそれを実現する翼はしばしば自由の象徴として捉えられ、さまざまな場面で象徴的に扱われます。例えば自由への渇望を歌う有名な合唱曲のタイトルは「翼をください」ですし、夜間の野外調査の心強いサポーターとなるエナジードリンク”RedBull”のキャッチコピーは”Gives you wings”です。
しかし、そんな自由の象徴である鳥の翼は、形態の変化に関しては実はそんなに自由ではないっぽい、というのが今回のお話の出発点です。

先行研究の整理:翼は制約が強い!

航空機の翼平面形(翼の投影図の形状)はその空力特性を大きく左右するため、航空機設計の最も重要な要素の一つです。そのため、多様な鳥の翼平面形=翼の輪郭形状も同様に、飛び方や生息環境といった行動・生態的特徴に適応的に進化してきたのだろう、というのが少し前までの定説でした (e.g. Savile 1959 Evolution)。例えば、ダイナミックソアリングをするミズナギドリの仲間は細長い翼をもっていますし、羽ばたき飛行を中心にするカケスの仲間は短くて丸い翼をもっており(図1)、いかにも飛行の行動に適応して翼の輪郭形状が進化しているように見えます。

図1 飛行するオオミズナギドリ (Calonectris leucomelas) とカケス (Garrulus glandarius)

しかし、系統解析の発展により、系統関係の影響を考慮して種間の連続値形質を比較できる系統種間比較法*が発達すると、話は一変します。なんと、翼の輪郭形状は行動・生態的な特徴や体サイズとは関係が弱く、むしろ系統的な制約を強く受けていることが示唆されたのです (Wang and Clarke 2015 Proc. R. Soc. B-Biol. Sci.)。ただし、分類群を限定すると翼の輪郭形状は行動・生態的特徴と関係があるとする研究 (Phillips et al. 2018 J. Avian Biol.; Baumgart et al. 2021 Integr. Org. Biol.) もあります。
しかし依然として鳥類全体のスケールでは、翼の輪郭形状は行動・生態的な特徴では説明がつかず、行動・生態的な特徴とミスマッチしている可能性があります。

最近の研究群:では何が関係しているのか

では、他にどの飛行形質がそのミスマッチを解消しているのでしょうか。この疑問は(多くの鳥屋さんの直感とは反するためか)鳥の飛行形質の進化研究を活性化させ、これまで翼周りのいくつかの形質について種間比較に基づく研究が行われてきました。大きく分けると①翼の動的な形質と②翼の中でも輪郭には反映されない局所的な形質、の2つに分けることができそうです。
①については、乾燥した標本では計測しづらい関節の可動域を調べた研究 (Baliga et al. 2021 Sci. Adv.) があります。同じ冷凍死体から翼の各関節の可動域と翼の輪郭形状を両方計測し、輪郭形状は生態的特徴との関係が弱く系統的な制約が強かった一方で、関節の可動域は生態的特徴と強く関係しており、かつ系統的な制約も弱かったことを示しています。具体的には、滑空を多用する鳥や体サイズの大きな鳥では関節の可動域は狭く、羽ばたきを多用したり体サイズの小さかったりする鳥では可動域が広いという関係がありました。
②については、例えば、翼端の割れ具合(スロットの深さ)を規定する初列風切羽の欠刻の形状が、生態的特徴と強く関係していることが示されています (Klaassen van Oorschot et al. 2017 J. Morphol.)。欠刻の深さは体サイズが大きくなるほど、また、生息環境が陸域ほど深くなるという関係がありました。
関節の可動域は翼の動的な変形 (wing morphing) を規定し、慣性モーメントに影響することで運動を制御します (Harvey et al. 2022 Nature)。また、翼端スロットは離陸や機動的な飛行の際の空力性能を高め (Klaassen van Oorschot et al. 2016 J. Exp. Biol.)、運動の制御に貢献します。すなわち、①も②も、翼本体の発揮する空力性能とは違う機序で運動制御を実現する形質が生態的特徴に関係していると解釈できます。

今回の題材:小翼羽

しかし、局所的な形質による運動制御といっても、まだまだ他にも候補がありそうです。航空機開発の分野においては、小さなパーツの有無が性能に大きな影響を及ぼすことも多いため、鳥の翼も局所的なパーツの形態の変化が大きな空力的効果を及ぼし、飛行の多様化に関わったかもしれません。

そこで、私たちは鳥の第一指に生える小翼羽という羽に注目しました。小翼羽は第一指の随意的な運動によって前後に可動し、主に離着陸時に前方に展開することで、翼前縁に小さな翼状の構造を形成します(図2)。この構造は翼が高迎角の時に高揚力を保つという空力的な効果があることがわかっていますが (Lee et al. 2015 Sci. Rep.; Ito et al. 2019 Bioinspir. Biomim.; Linehan & Mohseni 2020 Sci. Rep.)、種間で形態を比較した研究はこれまでにありませんでした。私たちは、187種396個体の博物館標本の小翼羽形態を計測することにより、小翼羽の形態の多様性と行動・生態的特徴との関係を調べました。


やったこと:標本計測と系統解析

計測したのは小翼羽の縦の長さALと横の長さAWです(図3)。また、AAR = AL / AWとして小翼羽のアスペクト比も計算しました。図3下のように、仮剥製の翼の羽をかき分けて小翼羽を露出し計測を行いました。計測は国立科学博物館や山階鳥類研究所など5つの機関で行いました。

図3 小翼羽の場所と計測項目。Adapted from Fig. 2 in Tatani et al. 2023 Biol. J. Linn. Soc.

小翼羽形態の多様性について、2つの解析を行いました。1つ目は系統シグナルの検出、2つ目は行動・生態的特徴との相関です。
1つ目の解析では、計測した種の系統樹情報と形態データをもとに、小翼羽形態の系統シグナル**が強いか弱いかをBlomberg’s kを算出して解析しました。2つ目の解析では、それぞれの種の行動・生態的特徴が関係するか?をPGLS: Phylogenetic Generalized Least Squares を用いて解析を行いました。用意した説明変数は体重、生息環境(Open or Closed)、飛行スタイル(CF: 羽ばたきのみ、NF: 滑空のみ、IF: 両方する)、渡り距離の4種類です。説明変数については全て文献から抽出してデータセットを作成しました。

結果:小翼羽は進化的に柔軟だった

結果は、①小翼羽形態への系統シグナルは幅とアスペクト比には弱く、長さには中程度だった、②体重が大きくなるとALやAWなど小翼羽そのものの大きさが大きくなるだけでなく、プロポーションとして細長くなる、③滑空を多用する鳥は小翼羽の長さと幅の両方が大きくなる、の3つでした(図4; 表1,2)。

図4 今回得られた全種のデータ。体重とAARの正の相関はこの図からも見て取れる。Adapted from Fig. 4 in Tatani et al. 2023 Biol. J. Linn. Soc.

考察:翼の関節の可動域と似た傾向

すなわち、小翼羽形態は特にアスペクト比が進化的に自由度が高く、その体重と飛行スタイルに応じて柔軟に進化していることを示唆しています。体サイズと滑空を使用する程度の違いに関係した変化がみられたのは、翼の関節の可動域を扱った先行研究 (Baliga et al. 2019 Sci. Adv.) とも共通しています。Baligaらは、体サイズが大きいか、滑空を多用する鳥ほど関節の可動域が小さいことを示しています。このことは、このような鳥が、翼の運動そのものによる慣性モーメントへの作用による運動制御への依存度が低いことを示唆しています。そのため、高迎角時に高揚力を保つという小翼羽の空気力学的な機能がより効果を発揮しやすいのかもしれません。
この研究では、系統的な制約が強く、生態とミスマッチしている翼の輪郭形状の補償として様々な形質の解析が試みられてきた中で、小翼羽もその一つである可能性を示しました。しかし、系統関係とは独立な行動・生態的な特徴との関係がみられた一方で、形態の変化と機能の変化との因果関係はよくわかっていません。小翼羽の存在は航空機のスラット翼にも似ているためか、小翼羽がある時の機能や作用機序についての研究が数多く行われてきました。しかし、その形態の変化による直接的な機能の変化については実証実験が不足しています。今後、空気力学的な研究が進むことにより、鳥の飛行の多様化を可能にした形質についての理解がより深まるでしょう。
(今回の解析にはデータセットにいくつかの技術的な問題があり、それを解決した複数のデータセットで同じ解析をしているため、論文に掲載している結果の表はもう少し複雑です。ただ、複数のデータセットで全て同じ傾向の結果が得られたため、ここではそれらをまとめて1つの表にしています)

おわりに:鳥の飛行形質の進化研究

ここからちょっと論文の内容から外れます。鳥の飛行とそれに関する形質の進化は、通常の形質の進化を考えるよりもずっと制約が大きく、かつ大局的には最適化されていないのではないかと最近考えています。例えば、翼の輪郭形状が変わるためには何枚もある風切羽の長さが一斉に変わる必要があり、発生的な制約を感じます。また、中間的な翼の形態は急激に性能が落ちるような、空気力学的な問題に起因する「適応度の谷」があるかもしれませんし、筋肉のもつ生理学的な性能にも制約があるかもしれません。現在運行されている大小の航空機(小型無人機を含みます)の中に鳥そっくりなものがほとんど見当たらないことを考えると、鳥の飛行は様々な側面を最適化しているわけではなく、「たくさんの制約の中でどうにか飛んでいる妥協の産物」なのだと思います。そう考えると飛行に関する形質の進化の研究はますます面白く見えてくるのではないでしょうか。鳥の飛行形質の進化研究、皆さんもやってみませんか。

【*: 系統種間比較法について】
種が分化すると、それぞれの種は分岐以降別々の歴史を辿ります。昔に分岐した種同士とごく最近分岐した種同士では共有する歴史の長さが違うため、原生の種のもつ形質を種間で比較したい場合には、その種同士が独立な関係ではないことを考慮に入れる必要があります。これが系統種間比較法PCMs: Phylogenetic Comparative Methodsの基本的な発想です。PCMでは枝長の情報がある系統樹データに基づいて種間の分散共分散行列を作成し、それをもって形質のデータを補正します。これによってはじめて、各種のもつ生態的特徴と形質の関係を探索することができます。

【**: 系統シグナルについて】
「系統的に近い種ほど形質が似ている」という傾向のことを系統シグナルと呼びます。この研究では、進化的な力が何もなければ小翼羽形態が系統樹に沿ってブラウン運動的に変化していくことを仮定 (k = 1) し、それよりも近縁種同士の形態が多様化している (k < 1) のか、それよりさらに似ている (k > 1) のかをPermutation testにより検定しています。このkの値をここでは系統シグナルの強さと呼んでいます。k < 1では分断選択が、k > 1では安定化選択がはたらいていると解釈できる場合があります。

【論文情報】
Masanori Tatani, Takeshi Yamasaki, Hiroto Tanaka, Toshiyuki Nakata and Satoshi Chiba. What makes the diverse flight of birds possible? Phylogenetic comparative analysis of avian alula morphology. Biological Journal of the Linnean Society 2023: blad085. https://doi.org/10.1093/biolinnean/blad085


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