音と言葉と映像と

友人が、いわゆるゲーム音楽のオーケストラに所属しており、その演奏会に行ってきた。

私自身は、邦楽とか洋楽は聞くけれど、クラシックとかそういう類の音楽はあまり聴かないので詳しくない。しかし、友人の勇姿を見なければ!と。

そこで、聴きながら思ったことがある。

音と言葉と映像と

これらの親和性。

どれも有限であるけれど、それらが共鳴し合ったらどこまでもいけるのだなと。得意不得意はあるだろうけれど、どれが優れているって事でもなくて。

例えば、音楽だったら、休憩時間は残りあと5分です。ってのは伝えることは難しいと思う。逆に、言葉で音を表現ってのはそれこそ難しい。

言葉にならない思いが、音にして伝わることもあったり。

映像があることで、より鮮明に伝わることもある。

今回演奏された曲に、ヨッシーアイランドの曲があったけれど、権利の関係か、誰かが作ったであろう映像が流れていた。

元々ヨッシーアイランドの背景は、手書きのようなデザインが印象的で、見事にそれを表していた。

ステージクリアの映像と音がマッチした瞬間なんて、懐かしさに鳥肌が立ったくらいだ。

あれがもし、音楽だけだったら、映像だけだったら、ましてや文字で表現されていただけだったら、また違ったのだろう。

音で映像は頭に浮かび上がってくる。それが目の前で現れることに対する感動なのか。

どれかが無くても、不足、ではないのかもしれない。そこに無いから良いと感じることもある。

例えば、小説で読んで頭の中に浮かんだものがあって、それを大切にしたいと思うと、その小説が映像化された時の感じを見たくなかったり。

逆に、映像作品を文字として読んでみたらイメージが違ったり。

ゲーム音楽にも当然曲名が付いていて、そのタイトルと音の感じの表現が秀逸だったり。

今回も、曲名が映し出されていたけれど、改めて見てみると、よくもまぁそんな名前が思いつくなと思った。

僕はきっと音で表現することは得意ではないだろう。学生時代、音程とかも取れなかったしね。

でも、言葉での表現は上手い下手かはともかく、好きだから。
こんな風に書いてみた。

映像はって?それこそ絵を書くのは全然ダメで…。姪っ子にアンパンマンを描いてとせがまれて描いたら「アンパンマンじゃない!!!」と言われたくらいだから。

今回で、聴きに行かせてもらうのは3回?4回?とか位だけれど、とても楽しませてもらいました。ゲームは数十年単位でやっていないけれど、昔懐かしい作品に、心を揺さぶられました。

誘ってくれた友人と、演奏いただいた団員の方々に感謝です。

素晴らしかったです。ありがとう。

ご興味のある方はこちらへ。

名古屋ゲームミュージックストリングス
http://ngmstrings.org/

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