見出し画像

溶ける公教育 デジタル化の行方 第2部(1)経産省教育産業室の野望

                       2022年7月19日【2面】
 1960年代の通産官僚を描いた城山三郎の代表作『官僚たちの夏』の主人公・風越信吾の口癖は「天下国家」。統制経済から自由主義経済への転換期に、風越は日本独自の官民協調経済の実現に執念を燃やす―。
 小説では風越は時代の奔流にのみ込まれますが、「日本株式会社の司令塔」と呼ばれた通産省の役割はその後も浮き沈みしながら生き続けます。76年には米IBM社の大容量半導体メモリの開発計画に対抗するため、国内で競合している富士通、日立製作所、三菱電機、NEC、東芝の技術者を糾合した「超LSI技術研究組合」の設立を主導。80年代に日本企業が世界の半導体市場を席巻する原動力になったとされます。

日米摩擦

 転機となったのは80年代後半の日米貿易摩擦です。通産省主導の産業育成政策が「日本異質論」と批判されるようになると、同省は司令塔機能を大きく後退。90年代に入ると衆院の小選挙区制に代表される「政治改革」「行政改革」の嵐が吹き荒れるようになり、98年には中央省庁等改革基本法が成立します。同法は、通産省を改組してつくる経済産業省では個別産業振興政策から決別し「市場原理を尊重した施策に移行する」と宣言しました。
 元経産官僚の古賀茂明氏は、自由化で許認可権を手放した同省が見いだした“活路”が、他省庁の所管に口を出し、規制緩和を求めてその分野に進出することだったと語ります。
 「課の新設には政令改正が必要で閣議決定事項です。他省庁の分野だとその役所の大臣が閣議で反対しつぶされるので、まずは経産省単独でできる省令で『室』をつくり、そこに有識者による研究会を組織する。研究会のトップには学者を据え、委員にはベンチャー企業などの人間を入れる。経産省の天下り先として業界団体をつくらせ、政界へのロビー活動もやらせて課の立ち上げにつなげる。一種の法則です」
 2017年、経産省サービス政策課に新たに「教育産業室」が立ち上げられ、そのもとに教育のデジタル化に向けた研究会が組織されます。初代室長に就いた浅野大介氏は著書で、同省が厚生労働省の所管に踏み込んだヘルスケア産業課(11年発足)を参考にしたと書きます。(『教育DXで「未来の教室」をつくろう』)

均質従順

 経産省内閣と呼ばれた安倍政権のもとヘルスケア産業課長を務めた人物が、経産省の肩書をつけたまま厚労省医政局統括調整官を拝命した時代。浅野氏は、「表向きの所掌事務は『教育産業の振興』と小さく、しかし本当の狙いは大きく『学校も含めた日本の教育改革』」と“野望”を明かしています。(前掲著)
 なぜ経産省が教育政策を立案するのか。2月末に取材を申し込むとオンラインの画面に映った浅野氏はよどみなく答えました。
 「工場労働者のように均質で従順な労働力を大量に生産するなら昭和の学校モデルでいい。だけど、それでは日本から世界に衝撃を与えるイノベーションは起こらない。これからの時代に必要な力を一人ひとりの子どもに育てるには、外部の力を借りなければならないし、デジタル環境の整備が必須だ。文科省の所管だからほかの役所は考えなくていいとはならない。縦割り打破だ」
 シリーズ第2部では、経産省が教育のデジタル化で描く「天下国家」論の実態を追います。(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?