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溶ける公教育 デジタル化の行方 第2部(2)新しい資本主義と稼ぐ校舎

                                                                     2022年7月20日【2面】
 世界有数の金融街ロンドン・シティーで5月、岸田文雄首相は格差や気候変動に対応するため資本主義の「バージョンアップ」を呼びかけました。同地は巨大なタックスヘイブン(租税回避地)として知られ、世界中の富を収奪し市場原理を振りまく新自由主義の震源地と批判されています。しかし、その住人に向けて岸田氏の口から真っ先に出てきた言葉は「インベスト・イン・キシダ(岸田に投資を)」でした。

社会課題

 巨大金融資本に反省を求める代わりに岸田氏が「新しい資本主義」の柱としたのは、行政が担ってきた医療や介護、教育など「社会課題」の市場化です。岸田氏は市場化すれば社会課題の解決と経済成長という「二兎(にと)を追う」ことが可能になるといいます。
 社会保障が専門の立教大学の芝田英昭教授は、経営リスクは行政に負わせ、収益は企業が吸い上げるのが「新しい資本主義」だと批判します。2000年代に民間参入が進んだ介護では近年、倒産件数が増え続けています。低く抑えられた介護報酬のもとでは高収益は見込めないので、介護をデジタル機器やロボットの市場に変えた方が確実にもうけられると企業経営者たちは学んだと指摘します。
 「デジタル化が悪いわけではありませんが、政府がやろうとしているのはデジタル化を口実にした人減らしです。それは医療や教育でも同じ。岸田首相は新自由主義への反省を言いますが、発想は新自由主義そのもの。『新しい弱肉強食』です」
 実際、介護現場ではデジタル機器の導入と引き換えにした人員配置基準の引き下げが進みます。
 教育分野で市場化を先導する経済産業省教育産業室は、省内に立ち上げた「『未来の教室』とEdTech研究会」で2度の提言を発表してきました。EdTech(エドテック)は英語のエデュケーション(教育)とテクノロジー(技術)を組み合わせた造語です。第1次提言に描かれた「未来の教室」のラフスケッチでは民間教育と公教育の壁は完全に溶けています。
 「教室で自分の好きな学習塾の先生のオンライン講義動画をタブレットで見て、自分の進度に合わせて個別に学ぶのが一般的になる」「午前中は学校に通い、午後はフリースクールや学習塾に通う」「必ずしも全員が『教える先生』ではなくなる」「個々の生徒がどんな教材で学びどのような様子なのかをデータで把握し、生徒一人一人のカルテを頭に入れ個別に対応する役割になる」

「学習室」

 従来の教室風景は「一律・一斉・一方向授業」として否定され、教室は学び合いの場から単なる「学習室」となり、教師は教育の専門家から子どもの「思考の補助線」を引く存在に姿を変えます。
 さらに昨年、経産相の諮問機関である産業構造審議会に教育イノベーション小委員会が発足しました。初会合に事務局が用意した論点整理を開くと「稼ぐ校舎」という言葉が目に飛び込んできます。教室や体育館、プールなどの施設を学習塾やスポーツクラブに貸すことで資金を稼ぎ、教育予算として還流する構想です。校舎やタブレット、教材に企業広告を載せることも提案しています。
 校舎の外壁や掲示板に民間教育産業の広告があふれ、教室では子どもたちがばらばらにタブレットの動画を見つめ、校長はいかに利益を上げるかに追い立てられる―。「未来の教室」の提言と合わせて読むと、どうしてもそんな学校の未来像が浮かんできます。(つづく)


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