ちゃんと暑かった沖縄

懐かシリーズ31

機体がゆっくりと白い綿に沈んでいく。

じっと見ていなきゃ気づかないレベルで少しづつ、少しづつ綿の中に沈み込んでいく。

綿の中に入れば、さっきまで安定していた機体は上下に揺れ始める。

私は、絶叫系の乗り物が苦手だ。

なので、この飛行機が上下に揺れているのも相当怖い。

手汗、足汗が止まらない。

思わずぐっと手を握って、急な下降で内臓たちが浮き上がる感覚に耐える。

隣の席の人越しに飛行機の窓をみると、さっきまで一面綿のような雲の中にいたはずなのに、急に捌けて視界が良好になる。

その時ふと、

(あ、天空の城ラピュタが現れるとしたらきっとここだろう)

と時が止まったように、私は束の間の青空をただ見つめていた。

ジブリでおなじみの「天空の城ラピュタ」

ラピュタは、飛行石という石で浮かんでいる空中都市だ。

雷雲の中にあるとされ、それを見るためには命がけの飛行が必須だ。

ラピュタを見るために雷雲に入らなければならないが、それは私が体験した飛行機のちょっとした上下の動きの比ではない。

しかも、雷雲の中の機内はきっとこんなに安全ではないだろう。

エンジンも止まるかもだし。

そうした試練に耐えた時、突如雷雲の中に穏やかな天候とともに飛行石で浮かぶ天空の城ラピュタが現れる。

私にとって、低気圧の雲の中を上下に揺れながら飛行する機内は立派な試練だった。

そんな中、突如現れた青空に、天空の城ラピュタがあるのではないかと幻覚を見そうになった。

こんなこと、リアルに対面で話したら頭おかしいと思われそうだからここに書き留めておくだけにする。

もしかしたら、本当に天空の城ラピュタはあるのかもしれないな。



14時50分に成田空港を離陸した飛行機は、飛行機は雷雲の中を通るわけでもなく那覇空港に予定よりも早い18時に無事着陸した。

しかし、すれ違いざまに那覇空港を発っていった飛行機を見て、ここで初めて不安が襲ってきた。

「5日後のここの那覇空港をさっきの飛行機と同じように経つ時、私は沖縄にきて良かったと笑えているのだろうか」と。

沖縄は、海外のように気軽に人が話しかけてきてくれるところだと勝手に思い込んでいた。

しかし、飛行機が沖縄に着陸し、どんよりした天気の下でそんな希望が小さくしぼんでいくのを感じた。

マスクのせいか、黙々と足早に空港を行き交う人はどこか東京と同じように感じる。

「あれ、ここ沖縄だけど普通の日本だ!」

とここで初めて、沖縄に来てまで人頼りにしていた自分やそれが打ち砕かれた現実に不安を感じた。



(本気で自分で地域と関わっていかないとあっという間に5日間が過ぎて寂しい旅になるかもしれない)

この旅が思っていたよりも、県民性関係なく積極的に行動しないと現地と関われないと強く感じた。

そんな気持ちを抱えて那覇空港、沖縄に足を踏み入れる。

空港から降りて、宿がある美栄橋駅まで行くモノレールに乗るため、一旦外に出る。

セミの声はしない、が外はちゃんと暑かった。

じっとりした空気が夏を思い起こさせる...懐かしい。

私は思わず、その場に立ち止まって胸いっぱいあたりの空気を吸い込んだ。

(ああ、、本当に沖縄に来たんだ…)

沖縄の一人旅は、つまらなそうだからやめておこうかな、と行く前に迷ったりもした。

しかし、

「ちゃんと透き通る海をみたい!そこに行けば何かある!」

と自分のワクワクだけを信じてここまで来れたことに、大げさかもしれないが感動して嬉しくなった。

よくぞ沖縄にきたな、自分!

すごいぞ!

東北にいる家族や東京の友達よりも一足早く夏を先取りしている感にさらに嬉しさが湧く。

昨日まで金沢にいた私は夜、肌寒くて鼻水が出ていたのに、今いる沖縄は全然寒くない。

こんなにも気候が違うのを1日単位で味わったので、とても変な気分になった。

何かを見極める時、基準のものを置いてそれに対して比べて判断しがちだが、その基準も何なのかわからなくなっていく感覚。

沖縄の人にとって7度はとても寒いらしいが、金沢に住んでいる人の7度はそこまで寒く感じないだろう。

沖縄の人の7度と金沢の人の7度は同じ気温なのに感じ方は同じではない。

じゃあ、本当の正しい7度の感じ方って何だ?となると分からなくなる。

正しい答えが必ず合ったテストや模試を通して正解があるのだと学校で教えられてきたが、早速それが当てはまらない。

答えがある世界で生きていると答えがないというのはすごいストレスがかかる。

あれだけ嫌だった勉強も答えがあるだけまだマシなのかもしれない。

正しい答えは1つであるとしたら、本当の7度の正しい感じ方は何だと無意識に探し、それが人によって、地域によって違うとわかった時、正しくもないし間違いでもないものたちが分別されずに漂っている感じが私が感じた変なものの正体だろう。

日本でこんなに感じ方が違うんだから、世界レベルではとんでもないことになりそうだ。

~脳内パニック〜

そしたら、基準なんてどこにもないんじゃないか。

今まで正解は必ずあると思っていた。

でも、正解がないとなると全く違った世界になってくる。

「本当に自分次第だな」

その感覚の自由さと怖さを、飛行機を降りた那覇空港駅で那覇モノレールを待っている時にふと考え込んだ。


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