見出し画像

客観視の悪魔との戦い

通っていた幼稚園の卒業アルバムに、将来の夢を書く欄があった。
周りの皆が「サッカー選手」とか「ケーキ屋さん」とか子供らしい夢を書く中、僕が書いたのは「サラリーマン」だった。

小学校で周りのみんなが遊戯王やムシキングなどのカードゲームにハマっていた。
どうせ飽きてやらなくなるのに、お金を浪費するのはもったいないなぁと、僕はそれを冷めた目で見ていた。

僕は、そんな可愛げのない子供だった。
でも僕の内心は孤独感と焦燥感で一杯だった。
どうして周りの人が熱中してるものに熱中できないんだろう。
なんでみんなが楽しんでるものを楽しめないんだろう。
厨二病の発症があまりにも早過ぎただけなのだろうが、幼少期の僕にとってこれはあまりにも大きすぎる悩みの種だった。

悩み抜いた末、僕は皆と違うのは良くないことだと思い込み、皆と同じものを楽しいんだと言い聞かせて生きて行こうとした。
しかし、それはとても辛い道のりだった。

皆が楽しい理由がわからないから、皆を観察して似たようなリアクションをとるようにした。
皆が面白い理由がわからないから、皆を観察して同じタイミングで笑うようにした。

そうやって必死に観察して周りに擬態する事でカメレオンのように生きてきた僕は、いつしか自分の色が何色なのか分からなくなっていた。

そして、何をしていても「楽しい」と感じることができなくなっていた。

常に誰かに監視されてる気がして、楽しもうとしている僕に、そいつが警告してくるのだ。
僕のことを監視している"誰か"というのは抽象的な概念のはずなのに、ある時からひとつの像を結んでよく僕の脳内に現れるようになった。

僕と瓜二つな姿形をした人間。

僕はそれを"客観視の悪魔"と呼んでいるが、物心ついた頃にはヤツが頭の中に住み着いて、支配を開始していた。

こいつは本当に恐ろしい。
何をしていても現れる。

体育祭で優勝してクラスが狂喜の渦の中、選抜リレーを走って一定の活躍をしたにも関わらず、僕の心は冷え切っていた。
客観視の悪魔が耳元で囁いてきたから。
「そんなことをしていて本当に楽しいか?」と。

女の子とデートをしてる最中、話が盛り上がっていい雰囲気になっているにもかかわらず、僕の心は一切高揚していなかった。
「承認欲求満たしてるだけだろ?皆みたいに青春ごっこしたいだけだろ?」
俯瞰して全てを理解してる風の客観視の悪魔による追撃は、何していても逃れることができなかった。

このように、僕の頭の中に住み着いた自意識の化け物は、僕の「楽しい」を次から次へと奪い取っていく。

そして「楽しい」が分からないまま、人生の「楽しくない」が最高潮を迎えたのは高2の頃。

当時、僕はいじめられてクラスで孤立していた。
仲間外れや罵詈雑言なんてしょっちゅうだった。
さらにタイミングが悪く部活や家族にも居場所がなくなった時期だったので、僕は相当に精神を病んだ。

皆と同じでなくては生きていけない。
幼少期に周りを観察して擬態していた時の様に、人と違う部分を削ってすり減らせて、鋳型に当てはめて、調節していくのが生き方として正解なんだ。
僕たちの生きてる世界の歩き方なんだ。
クラスというちっぽけな社会の異分子になってそう確信した。

ただ同時に、心のどこかで、その不可能性を自覚していた。
自分は自分で、他人は他人。
100%の合致率で76億人もいる世界の全ての人と同化するなんて土台無理なのだ。

それなのに高校時代にいじめられた僕は、その克服の為に、全ての人と100%の適合を目指そうとした。
周りの目や欲しがる言葉に尋常じゃないくらい気を使い、本気で等身大の自分を削って剥がして、みんなに合うような形にしようとしていた。

こんな人生が、楽しいわけがない。

そんな僕を、客観視の悪魔は高笑いしながら、とても愉快そうに見ている。

僕はいつになったらこの苦しみから解放されるんだろう。

変わりたくて、こんな日々を抜け出したくて、心理学の本とか自己啓発本とかを漁るように読みはじめた。
周りの視線をシャットアウトして楽しむために必要なのは「嫌われる勇気」だと考え、必死にアドラーの心理学を読みこんだりもした。

だが、結果として僕は変われなかった。

心理学の本を読んでいて、理論自体は面白いが、それを実践する方法が全く書かれていないことに気づいたからだ。

正確に言えば、命題が抽象的すぎるのだ。
具体的に何から始めれば、その心理学を実践できるのかが、僕の凡庸な頭じゃ到底理解できなかったのである。
なんなら、書かれてる心理学を手放しで実践できるようなら、そもそもここまで拗らせてないだろ、と余計に思考が捻くれる原因にさえなった。
世界的な名著でさえ、僕の性分は治せないのか。

また、客観視の悪魔が嬉しそうに背後から僕の肩を叩こうとしたその時。

正にそんな時に出会ったのが彼、「生き様芸人・若林正恭」だった。

気まぐれで彼の著書「ナナメの夕暮れ」を読んでみた僕は衝撃を受けた。
スタバで注文ができないことを「自分が見てる」と表現する彼に。
それは正に僕にとっての"客観視の悪魔"だったから。
読めば読むほど、僕みたいに異常なまでの客観性に苦しんでいる人間が他にもいるということに親近感を覚えた。
さらにはこの本が話題を呼んでいる、ということは僕のような悩みを抱える人はこの世にごまんといるということだ。
僕は人生で初めて他人に自分の悩みを共感された気がした。

何より、心理学者が教えてくれなかった、僕みたいな人間が《具体的に》どうやって生きていけば良いのかという「ナナメの殺し方」が著されていたことに1番救われた。

まだ読んだことのない人は是非読んでみてほしいのだが、僕は読了した後、すぐに彼の言っていた「肯定ノート」をつけ始めた。
(自分の趣味を書き出すことから始まる自己肯定のプロセスを表したノート)

すると、僕はなんだか少し強くなれた気がした。
苦しみがあっても、楽しみを自分で生み出して帳消しできるような気がしたから。

この本に勇気を貰った僕は、興味があったけど"キャラじゃないから"と入会を迷っていたダンスサークルに、思い切って入ってみた。

この行動で、人生が変わった。

ド緊張で立った初めての学園祭の大ステージ。
人の前に立つ事が本当に苦手な僕は、頭が真っ白になってしまう。
でも舞台に立つと、音楽がかかると、なにも考えずとも勝手に体が動いた。

あれ?なんで動けるんだ?
……楽しい。

なんと僕はこの日、人生で初めて「楽しい」という感情を自覚することができたのだ。
しかも、僕が大の苦手とする、大勢の人間の視線を目の当たりにしながら。
この経験が、僕にどれほど勇気を与えてくれたことか。

18歳まで1度も「楽しい」と思ったことがなかった僕が、この経験を経て、最近ようやく毎日が楽しいと言えるようになってきた。
これは間違いなく、若林さんの本との出会いの影響が大きい。
本当に感謝をしてもしきれない。

ただ、彼の本のおかげで僕自身の何かが劇的に変わったわけではない。
今でもまだ人の目は怖いし、誰かに過剰に合わせようとしてしまう癖は抜けきってない。

考え方がほんの少し、変わっただけだ。
でも、「ほんの少し」の変化が僕にとってどれだけ大変だったことか。

「周りなんて関係ないよ」とか「人の目線なんて気にするな」って言葉はよく使われるけど、これを簡単に口にするヤツって本気で人の目線に追い詰められたことなんてないんだと思ってる。

僕は今でも気になってしょうがない。
人の目が。
嫌われたくないし、いじめられたくないから。

だけど、自我を押さえつけて他人の物差しに自分を当てはめて生きるのはもっと辛い事だ。

自我を出してみたら辛いこともあるけど楽しいこともある。
でも、自我を出さなかったらただただ不満で辛いだけ。
今思えば、どちらを選ぶかなんて一目瞭然だったのに、どうして二の足を踏んでいたのだろうか。

もちろん、どちらにせよ辛い事はあるので、自我を出すのを躊躇ってしまう気持ちは分かる。
だが、そんな時に帰ってこれる趣味とか好きなものがあると、一歩踏み出す勇気が湧く。
それが僕にとってはオードリーだった。
どんなに傷ついてボロボロになっても、オードリーのラジオだけはその嫌なことを癒してくれるし、忘れさせてくれるから。

僕はこれからも、人の目に怯えながら、人に気を使いながら、それでも譲れない自我を出していく事で社会に居場所を作っていこうと思う。
『ナナメの夕暮れ』との出会いで僕は、いじめられていた頃からは考えられないくらい前向きな気持ちで今を生きられるようになった。

長い長い自分語りを書き終え、ふと机の上を見ると、昨日Amazonから届いた若林さんの別の著作が開封して積まれていた。
明日はこれを読もうと計画すると、なんだか明日が来るのが楽しみになっている自分がいることに気づく。

そんな思考回路の僕の前にはもう、長らく客観視の悪魔は姿を現さなくなっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?