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憧憬

 「暑いなぁ。」
じりじりと照りつく日差しに目を細めながら空を仰いだ。水色の空に入道雲が泳いでいおり、正面には田園が広がっている。周囲に人はおらず、駅員さん一人が立派に仕事をこなしていた。
暑さにだらけた体に活を入れ、俺は実家へと足を進めた。

 3年前の大学卒業から上京して就職をした。憧れに満ちた都会で俺は変わりたかったのだ。しかし、憧れは所詮憧れでしかなく、同じことの繰り返しに必死にしがみつくようになった。上京してまでやりたかったことは何だったか、それすらも記憶の彼方へ追いやられていた。何のために働いているのかを満員電車につぶされるたびに考えるようになったのはいつからだったろうか。

 俺自身、東京に出れば何かが変わると根拠のない確信を持っていた。建ち並ぶ高層ビル群に都会で難しい言葉を並べて革命を起こしている人々。そんな中で生活をすれば、きっと、"何か"に近づける気がしたのだ。いわゆるシティーボーイってやつに憧れていただけなのかもしれない。


 しかしどうだ。そんな幻想は現実味を帯びてはいなかった。右も左もわからない田舎者に手を差し伸べてくれる人なんてのはおらず、行き違う彼らは自身のことで手一杯のようだった。終わりのない迷路のような街に取り残された気がした。仕事は想像していたよりも高難易度で、とてもではないが、うまくいっているとは言えない。だからこそ、失敗して、学んで、次に生かして、必死に周りに追いつこうとした。毎日が必死だった。まるで回し車を走るハムスターだ。

 さっさと実家へ戻って、家業を継げば今よりかは気持ち的にも楽だろうが、俺は意固地になっていた。息巻いて田舎を飛び出した挙句、何の成果も得られずに帰るのは何かが違う気がした。

 同じことの繰り返しに身体的にも精神的にもボロボロであった。そんな俺がここまで一枚繋がっているのは一人の同期のおかげだった。

 ある朝、いつものように、職場へ向かうべく電車を待っていると、唐突に意識が飛んだ。

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