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人の心は測れない(1)

「お兄さん、ちょっといいかな」

俺に声をかけたのは、二人組の男だった。
カッチリとした紺色の制服を着用し、前頭から後頭にかけてやや斜め掛けに傾いたつば付きの帽子を被っている。

その状況を把握するまでに時間は労さなかった。

男らが着ていた制服の胸部にはひときわ輝く金色の紋章がつけられていたのだ。そこには、『POLICE』と刻印されていた。

時は遡り、6時間前。

新学期が到来し、もれなく就職シーズン真っ只中に立たされている4月末。

見つめる先はオンライン会議アプリを介した女性である。

「何か質問はありますか。」

その言葉に少し焦りといら立ちを抱えながら首を横に振った。

少し勢いをつけすぎたせいか、骨が音を立てた。

続けて女性が「なければ、これにて説明会を終了いたします。」
と述べたのち、画面には『ホストが会議を終了しました』と表示された。

本来の終了時間を優に過ぎていた。

即座にシャットダウンを行い、PCをリュックにつめ、一目散に家を出ようとするも、靴下を履いていないことに気が付いた。

慌てて引っ張り出し、履いたのちすぐに家を出た。

焦るのも当然。
大学の講義が控えているのだ。現地で説明会を受けるにしては早すぎる時間だった。そのため自宅で行うことにしたが、まさか、開始が20分近くも遅れるとは想定していなかった。

普段は徒歩で駅まで向かっているが、今回は自転車を走らせた。

電車に揺られる中で焦りを抱えつつもドア上にあるCMが流れている液晶モニターに目をやった。そこには詐欺に対する注意案内が流れていた。物騒なものだと溜息を吐くと同時に乗換駅へと到着した。

一本でも早い電車に乗ろうと足を速めた。

結果はギリギリで間に合った。
とはいえ、ちょうどスタートのタイミングだったから間に合ったという表現はいささか適切ではないのかもしれないが。

さりとて、4月ともなれば気温は上昇し15度を超え、厚着では汗をかく季節になる。リクルートスーツを着用しているおかげで不快に感じるほどには汗をかいていた。

着席した際に靴下が灰色のくるぶしほどまでしかないことに気が付いた。まあ、いいか。誰が見るわけでもあるまいし。

講義は滞りなく進み終了したのは時間より数分早い、16時16分だった。

帰りは何となしに友人と会話をしながら最寄り駅に向かうのがルーティーンとなっていた。

「なあ最近詐欺が増えているらしい。」
メガネをかけた中肉中背の神山が言った。

そういえば来るときに電車で見たな。

「うちのばあちゃんもオレオレ詐欺に引っかかりそうになっていたらしい。」
「それは大丈夫なのか」
「まあ、被害はないから今のところは大丈夫だろう。」
神山はそういうと、何かを思い出したかのようにハッとした。
「そういえば、前に新宿に行ったんだよ。その時に、少し厳つい、違和感のあるスーツ姿の人を見たんだ。」
「ほーん。」
「その男はさ、しっかりスーツを着ているんだけどなんでか変だったんだよ。」
「何が変だったんだ。」
神山は少し前へ出ると振り向いてこういった。
「それが、何が変なのかわからないんだ。」
結局わからないのか。

確かに違和感は散らばっている。それを特定するのは場合によっては難しいのだ。

「なるほどな。」

「とはいえ、全身を見たわけじゃないから」
「どういうことだ。」
「駅前にある花壇で膝より下が見えなかったんだ。」

そこまで話すとお互い道が分かれるため各々の道へ帰った。

「じゃあね。何かわかったら教えてよ。」

そういう神山に俺は何も言わずに手だけを振った。

なんだかすっきりはしないが、俺も帰るとするか。

電車に乗ると思っていたよりも人が多く、座れる席がないかと見渡すと、一席だけ空いていた。ゆっくり腰をおろすと、予想だにしなかった深いため息が漏れた。

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