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生涯忘れることはないでしょう〜井上由莉耶を愛した〜

こんにちは。

自分に何かを返してくれる訳ではないけれど、すごく大切で、愛しくて、生きる活力になる存在がアイドルというものだと思います。(唐突)
私はかつてHKT48の井上由莉耶さんという人を推していました。
彼女はあの頃の私にとっては生きる全てで、何事にも変えられなくて、ちょっと依存してすらいました。

彼女を初めて知ったのは、2012年頃。AKBグループのメンバーはGoogle+、通称ぐぐたすというものをやっていたのですが、それを眺めているときでした。
あの頃私はすごくAKBグループのメンバーを追っていて、ほぼ全員のアカウントを網羅してみていました。
毎日、ていねいな長文を公開してすごいなというのが彼女の印象でした。
その日あったこと。公演の感想。食べたもの。
日常を切り取りながらファンへ言葉を綴る彼女は疲れきった私にとっていやしになっていました。

そしてある日、この画像をみたとき、彼女を推すことを決意しました。

HKTに加入する前にペットの猫と浴衣を着て撮ったという1枚

なぜこの写真に惹かれたのかもわかりませんが、私はこの姿をみて、応援することに決めました。

とはいえ、私は当時高校生。
HKTの劇場は遠く、しかも抽選に応募するという発想もなかった私は、井上由莉耶さんに会う手段はないまま。
公演の配信をみて、ぐぐたすをみて、彼女に想いをはせるだけでした。

大学を受験し、浪人のために東京に出てくると、もしかして握手会に行くことが出来るんじゃ……!?ということに気づきました。
しかし私は浪人の身でしたので、耐えました。
耐えに耐え、大学に合格した年、生活が落ち着いてきたタイミングで初めて井上由莉耶さんに会いに行きました。
その日はちょうどハロウィンの直前で、写メ会でした。
井上由莉耶さんはブースを可愛く飾り付け、ファンとトランプで遊んで、という仕組みを作っていました。

彼女のブースはいつもファンが楽しめるしかけがたくさんしてありました

初めてあったのがこんなにかわいくて、優しくて、ニコニコなゆりやさんで、私は本当に彼女が大好きになりました。
その時は何も話せなかったのですが、数回握手や写メ会に通うと、私の顔を覚えてくれたようでした。
(本当に覚えていたのかはわかりませんが、いつも「あっ久しぶり」みたいな反応をしてくれました。)
彼女はその頃、お世辞にも人気メンバーと言えるほどの人気はなく、列に並んでいたのは男性のファンばかりでした。
女性ファンは数える程だったので、覚えやすかったのかもしれません。

そうしてゆりやさんを大好きで応援してみていると、アイドルとして誠実に公演に向き合う姿やファンサービスをする姿に愛しさが込み上げてきました。
彼女をどうにか上に押し上げたい。
私に出来ることは握手に行くこと、SNSでつぶやくこと、総選挙で投票すること。
コアなファンのような影響力はありませんでしたが、私の周囲では彼女の認知率が100%でした。

私の応援はあまりあてにならずとも、そうやって誠実に公演に向き合う姿は、アイドルとして輝き、ファンの目にとまるようになったのでしょう。
彼女の握手会の列が徐々にのびているのを実感しつつあったとき、「指原さんが《横アリの映像みててこの子目をひくなと思ったのが由莉耶だった》と言ってくれた」と本人の口からきけるほど、彼女のパフォーマンスはいいものでした。
しかも、当時自分で撮った、放課後に一緒に寄り道をして歩いているというコンセプトの写真群「放課後寄り道コレクション」というのを自分で企画してぐぐたすにあげていて、それも話題になっていました。
HKTのメンバーがカードになって出てくるゲームのイベントにも自ら参加してファンを巻き込み、上位に来るようにがんばっていたのも、彼女からだったと思います。
推してもらえないなら、自分できっかけをつくらないと、という姿勢は48グループに合っていて、彼女はどんどん躍進していきました。

雪の日の放課後寄り道コレクション

そうして、満を持して臨んだ2016年の総選挙で48位になり、その直後に出たHKTのシングル『最高かよ』では選抜に選ばれました。

総選挙のカップリング『進化してねぇじゃん』で笑顔を見せるゆりやさん
『最高かよ』ではMステにも出演。この時私は部活の夏合宿中で、花火のオリエンテーションを早々に抜けて部屋のテレビにかじりついていました。

こうして躍進をしていくゆりやさんを見守るのは本当に楽しく、私にとってはこの頃の全てでした。
彼女の活躍を見るのが誇らしく、楽しくて、本当に幸せだったのを覚えています。

ひとつ、思い出話をさせてください。
その夏、AKBグループは、USJでライブのイベントをしていました。
ちょうど大阪にも行ってみたいなと思っていたタイミングで、せっかくだしと応募してみたらみごとライブに当選し、参戦することになりました。
1人で深夜バスに乗り、朝大阪につき、昼間は1人でUSJで遊ぶ。
夕方になりホールに入り席に着くと、花道の目の前の角の席でした。
前を遮るものはなく、座りやすくてありがたいな〜と思いながら、用意していた不器用な自作うちわを取り出し、ライブを楽しみました。
中盤曲で、「みなさんの近くにいっちゃいます!」と花道に突然アイドルさんたちが降りてきた時はパニックになりかけました。
かわいい女の子たちが目の前に……と思っていたら、ちょうど目の前にいたのが井上由莉耶さんでした。
ほんっとうにビックリしました。
夢中で網膜にその姿を焼き付けながら、近くにいるのが恐れ多すぎて後ろに反りながらうちわでアピールすると「はい」とサインボールを手渡しでくれました。
本当におそろしい経験でした。
おそろしすぎてライブ中ずっと涙が止まりませんでした。
周囲にいた方に帰り際に「よかったですね!」と言われるまで放心状態でした。

最後にあった撮影コーナー。最後までめちゃくちゃレスくれました
死んでも大切にします。あの世に持っていくため絶対棺桶に入れてもらいます

しかし、そんな楽しい日々も永遠には続きませんでした。
彼女が卒業を発表したのです。

その頃彼女はほぼ選抜常連みたいな感じになっていて、いろんな曲に参加したり、ライブでも選抜になったりしていて、まだまだおしあげていきたいな、というファンの熱量は高かったはずです。
でもその年の選挙の立候補の受付が4月頭までだったのに、彼女はエントリーしなかったのです。
そろそろ高校も卒業するし、将来についてなにか考えているのかもしれない……と思っていた矢先の卒業発表でした。
苦しさと絶望で押しつぶされそうになりました。
当日私はスーパーのレジ打ちのバイトをしていて、バイト休憩が終わる数分前に卒業の知らせをSNSで知りました。
半分泣きながらバイトをこなし、帰りにぐぐたすでの決意表明をみると、将来を見据えての前向きな卒業であること、芸能界は引退することが示されていました。

仲の良かったまりりとの卒業発表の日の1枚

絶望は暗くなりました。
卒業公演の日程も発表されていました。
ヤケになった私は、その日の朝福岡につく飛行機とその夜のホテル、次の日の帰りの飛行機をおさえました。
大学4年生の6月半ばに、遠征の予定を組んだのです。
就活より大切なものなんていくらでもあるんだよ……という気持ちしかありませんでした。
卒業公演のチケットが取れなくても、ロビーでもいいし、無理なら宿で配信をみながらでもいいから、とにかく近くにいたい、という気持ちでした。

そして、私の「もう一生なんのコンサートのチケットが当たらなくてもいいから、どうかこの日だけは!」という思いが通じ、無事公演に入れることになりました。
朝からソワソワと福岡で過ごしながら、由莉耶さんの思い出の地を巡ったりして、その時を待ちました。

卒業公演は、もう一生忘れることはないと思いました。
最初から最後まで可愛くて、そこには本当に「シアターの女神」がいました。
ユニットは『夜風の仕業』シアター内をぐるっとまわるような振りが付いていて、奥の方にいるファンのこともひとりひとり忘れない、と言うように目を合わせる姿が印象的でした。
私は何故か靴がボロボロになっているのが気になっていました。
後半全体曲の『好き好き好き』で劇場に響き渡った由莉耶16連コールは強すぎて、本当に無理でした。
メンバーも涙すごかったですが、オタクの涙腺も死んでいました。
声を出すのが使命だったので、無理やり声を出しました。
そうして卒業セレモニーで流れたこれまでの歩みの映像や、りょうはちゃんからの手紙、由莉耶ちゃんのコメントは、本当に「最後」を私におしつけてきて、胸が苦しすぎました。
最後の最後、ゆりやちゃんが選んだ曲は『約束よ』。
まだ芽も出かけたくらいの頃から劇場で歌っていた曲。
彼女がもがき苦しみがんばった軌跡を歌っているようで、本当に本当にくるしかったです。

そうほんとにありがとうと心から言わせて欲しい 楽しかった
約束よ

そう2番で歌ってからあふれる涙が止まらなくなったゆりやさん。
私達の方がありがとうだったんだよ。
あなたを応援してきた日々は本当に楽しかった。
由莉耶ちゃんは別の道を歩み始めるけど、私はずっとあなたの幸せを祈ってるんだよ、と思っていました。
彼女と出会えたことに、本当に感謝しかありませんでした。

卒業してもう会えなくなっても、ずっとずっと大好きだからね

その日の夜、私は博多の夜に出ている屋台で、梅酒と炙った明太子をいただきながら、屋台のおじさんと泣きながらお話をしました。

ずっと応援してきた子がアイドルをやめること。
彼女の生き生きとした姿が大好きだったこと。
これからもずっと彼女の幸せを祈っていること。

いまでもこの思いは変わりません。
彼女のゆく先々、全てのことが幸せで溢れていますように。

幸せでいてね

彼女のことを表立って応援するすべはないけれど、遠くからずっとずっと、幸せを祈っているし、これからも変わりません。
きっと一生、大好きであり続けると思います。

しばらく表には出てこなかった彼女が、インスタとnoteのアカウントを持つようになりました。

とはいえ、noteの方は全然更新されてないけれど。
それでも、彼女が生きて、元気で、幸せでいることが分かるのはとても嬉しいし、私にとって幸せな事だなと思います。

時々、彼女にばったりあってしまったらどうしよう、と考えることがあります。
でも、彼女はもうアイドルではないし、声をかけられるのも嫌かもしれない。
状況によるかもしれないけれど、きっと遠くから見つめることになるんだろうな。

彼女のいない生活が辛く苦しくて、「亡霊」のようになっていた時期もありましたが、もう大丈夫。
どこかで幸せでいてね。

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