「1人わんこそば」をしたい
A:おじゃましまーす……おおー、そば茹でてんだ
B:うん
A:すごい量だな……誰か来るの?
B:いや
A:え?
B:本当はお前も呼ぶつもりはなかったんだけど
A:えっ……お前、この大量のそば、1人で食う気だったの!?
B:ねぇ、わんこそばって分かる?
A:は!?
B:わんこそば食べたことある?
A:あ、ああ……岩手に旅行した時1回食ったよ
B:どのくらい食べた?
A:えっと……忘れたけど、平均ぐらいは食べたんじゃないかな?
B:男性平均……確か75杯……
A:いや、お前は何をしようとしてんの?
B:ちなみに「もう麺1本さえ無理」って感じまで行って75杯?
A:いや、そこまで覚えてないけど
B:ねぇ、このくらいで足りると思うかな?
A:いや、だから何をしようとしてんの!?
B:「1人わんこそば」だよ!!!
A:……「1人わんこそば」?
B:じゃなかったらこんな大量のそば茹でないでしょ!?
A:いや、大勢の友達呼んで振る舞う可能性とか
B:俺にそんなに友達はいない
A:知らねえよ
B:友達が居ないから「1人わんこそば」をするんだよ
A:何だよその斬新すぎるおひとりさまの過ごし方は
B:だけど分量がわからない
A:いや、待って、「1人わんこそば」ってさ、
そもそもわんこそばは1人でするものじゃないよな?
B:俺が調べたところによると、わんこそば15杯が
普通のかけそば1人前にあたるらしいんだよね
A:……夢中じゃねえか
B:で、男性の平均が75杯
A:じゃあその平均ってのは、かけそば5人前にあたるんだな
B:お前……割り算得意だったのか!?
A:いや、そのくらいできるだろ
B:……5人前って言った!?
A:そう
B:今10人前茹でたところなんだけど!!
A:はぁ!?10人前!?
B:いや、あの、少し多めにと思って……
A:少しどころじゃないだろ!?
B:いや、75杯って……9人前くらいかなぁ?と思って
A:割り算が出来なさすぎるだろ!!
B:割り算得意じゃなくって
A:電卓使えばすぐわかるだろ!?
B:75、わる、15……
A:今使うな!!
B:あああ!!5人前だ!!
A:今気づいても遅い!!
B:今茹で終わったのは10人前……
わんこそば15杯×10人前で……150!?
A:作りすぎだよな
B:150っていうのは75の何倍になる?
A:150を75で割ればいいんだよ
B:わ、割り算……
A:っていうか10人前を5人前で割ればいいんだろ!?
B:わ、割り算をしようとすると頭が……
A:どんな体質だ!!
B:左手が震えて電卓が「÷」のボタンを押せないいい……
A:どんな体質なんだっての!!
B:でも分数の掛け算ができればさ、割り算なんて要らなくない?
A:急にどうした
B:たとえばさ、9を3でわるのと、
9に「3分の1」をかけるのは同じことだよね?
A:いや、そうかもしれないけど
B:分数の掛け算が出来れば割り算なんて要らないんだよ
A:いや、でも9を3でわる方が見た目的に簡単だろ?
B:でも「3分の1」をかけるのだって答えは一緒だし
A:というかそもそも今は割り算の話ではぁあああ鍋!!!
鍋吹きこぼれてるーーーーー!!!!
B:うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!
A:ちゃんと見とけよ!!
B:お前も見てろよ!!
A:いや、お前のそばだろ!!
B:うん、まぁ、でも……すごい量になったね
A:確かに平均の2倍だからな
B:2倍!?
A:10を「5分の1」でかけるんだよ
B:あ、2倍だ
A:どういう頭してんだよ
B:2倍かぁ……
A:さすがに1人じゃ無理だろ?
B:やってやろうじゃねえの
A:無理無理
B:食ってやろうじゃねえの
A:無理すんなって
B:するよ?「わんこそば」って自分の限界に挑戦する競技でしょ?
A:競技……かどうか知んないけどまぁ、そうではあるけど
B:実は自分の限界が自分で想像してたよりずっと上のほうにあって、
用意したそばが足りなくなってしまったら嫌じゃん?
A:ああ、だから多めに用意して正解だったって言いたいの?
B:せっかくの挑戦が不完全燃焼になってしまうよりはいい
A:いや、でもさ
B:消化不良に終わってしまうよりはいい
A:にしても
B:あっ、「消化不良」ってのは「おそばが」って意味じゃなくてね
A:いや、うん、わかるよ
B:「せっかく挑戦が、消化不良になったら」っていう
A:いや
B:比喩。
A:いや、それはわかるけど、あまりにも量が多すぎるから
B:でもおそばだって麺類なんだから
そんなに消化に悪いわけじゃないでしょ?
A:ああ、うん
B:だからたくさん食べてもそんなに胃もたれ起こすような
A:消化の話にすり替わっちゃってるよ!!
B:あれ
A:わんこそばの話だろ!?
B:あああ、そうそうそう。
A:とりあえずお前は限界までそばが食えれば満足なんだろ?
B:うん
A:だったら最初から、茹で上がったやつから順に
食っていけばよかったんじゃないの?
B:……え?
A:だから、たとえば最初に3人前茹でて、食って、
行けそうならまた次茹でて……
B:なんでそんなやり方するの?
A:お腹いっぱいになったらそこで止められるからだよ。そうすれば
茹で過ぎてそばが無駄になっちゃうようなことはないだろ?
B:まず、
A:うん
B:10人前食べるし
A:だから無理だって……
B:それに本場・岩手ではそんなやり方してる?
A:え?
B:「食べますか?」「はい、食べます」「じゃあ茹でますね」なんて
そんなやり方してないでしょ?
A:まぁ
B:どんどん、どんどん来るんだよね?
A:そうだけど
B:それがしたい
A:1人で?
B:1人で
A:バカかよ……
B:あのとめどなく おそばが注ぎ込まれる様を体験してみたい
A:だったら本場で本物のわんこそば体験してこいよ……
B:岩手までの旅費がない
A:じゃあ東京でわんこそばやってるお店探せよ……
どっかにあるよきっと……
B:なかった
A:なかったの!?
B:横浜にしかなかった
A:じゃその店行けよ……
B:旅費がない
A:なんで横浜まで行く金すらねえんだよ
B:ちょっとおそばを買い過ぎちゃって
A:買 っ て か ら 探 し た の か
B:茹でてないのがあと10人前ある
A:どんだけ計算ミスしてたんだよお前!!
B:あと発泡スチロール製の使い捨てのお椀を500個買って
A:業 者 か
B:そう、業務用のスーパーでしか売ってなくて
A:っていうか、え?待って
B:何?
A:……あの、わんこそば屋さんの、お椀がバーッと並んでて
B:そう
A:その全部にそばが入ってる光景の
B:そう
A:……そこから再現しようとしてんの?
B:「1人わんこそば」
A:お前どこに人生賭けてんだよ!?
B:日々挑戦だから
A:お前はどこへ行こうとしている!?
B:今からこのひとつひとつにそばを入れていく作業に入るから
A:いや、ものすごい手間だと思うけど!?
B:正直、実際食べる段階よりもこの「おそば分配工程」の方で
精神的な限界が来るんじゃないかと思ってる
A:わんこそば挑戦前にかよ
B:俺はなぁ……人生のすべてが自分の限界への挑戦だよ
A:いや、だって……普通に食えばいいじゃん!?
B:え?
A:わんこそば屋さんは、お椀もたくさんあるし、
その……演出というか、楽しませるというか、
そういう目的でお椀をものすごい並べてるわけだけどさ
B:そう、で、俺もね
A:ん?
B:自分を楽しませるためにやってるから。
A:……じゃあもう何も言えないわ
B:応援して。
A:わかった
B:あとやっぱり「わんこそば換算で何杯か」っていう
基準に直さないと人に自慢できないし
A:自慢すんのかよ
B:自慢したい
A:自分への挑戦じゃなかったのかよ
B:こないだタケちゃんがさ、盛岡行ったんだって
A:ああ、聞いた
B:105杯食べたんだって
A:へー。
B:……。
A:羨ましかったのかよ!!!
B:いや、自分への挑戦だから
A:動機がくだらねえ!!
B:いや、あくまで自分の問題だから
A:タケちゃんに負けたくないだけだろ!!
B:とにかく俺は今、わんこそば換算で正確に何杯なのかを
計測する必要性に迫られてる
A:それで「俺わんこそば屋で何杯食べたよー」って明日言うのか?
B:……。
A:盛岡行ったふりして。
B:……。
A:岩手県のおみやげをアンテナショップとかで買っておいて
B:ねぇ
A:ん?
B:どこから俺の計画に気付いてたの?
A:当たったのかよ!!
B:どこから?
A:勘だよ!!ただの勘!!
というかお前それ、みんなに軽いウソをばらまこうとしてるよな?
B:じゃ~そろそろ最後のそばも茹で上がったようだから、
「おそば分配工程」に入ろうか~
A:ごまかした
B:とりあえず……まずお皿を150数えよう
A:果てしなく面倒くせえな
B:いち、にー、さん……
A:あのなぁ……グラムで測ったらどうよ
B:グラム?
A:食い始める前と、食い終わった後でそば全体の重さを測って、
その差を計算したら食べたそばのグラム数が出るだろ?
B:うん
A:それを、わんこそば1杯あたりのグラムで割り算すれば
B:割り算
A:だいたい何杯だったか計算が
B:割り算をすると頭が……
A:あーごめんごめんごめんごめん割り算出来ないんだったなお前
B:分数の掛け算だったら出来るんだけど
A:どういう体質なんだよ!!
B:分数の掛け算だったら、頭痛くならない
A:じゃあもう分数の掛け算でいいよ!!!
B:あとさ
A:何!?
B:さすがに、おそば食べてる間に時間が経ち過ぎて
おそばの中の水分が蒸発して重さに若干誤差が出るんじゃないか?
A:なんでそんな細かいこと気付けるのに割り算出来ないんだよ
B:今割り算関係ないだ……わ、割り算のことを考えると頭が
A:わかったわかったごめんごめん、言い過ぎた
B:頭が……割れそう
A:割り算だけにか?
B:割れない……割れないよぉ
A:頭が、か!?数字が、か!?
B:あ、治った
A:なんなんだよ
B:あとウチ……計量器っていうの?あの重さ測るやつないんだよね
A:じゃあダメだわ
B:よーっし、だいたい150皿。じゃーおそばを分配するぞー
A:……俺手伝わないからな
B:いいよ。「1人わんこそば」だから。そこで見てて
A:その「1人」へのこだわりはなんなんだ一体……
A:……あのさ
B:ん?
A:……おわんにそば入れてくお姉さんの役誰がやんの?
B:自分でやる
A:それも自分で!?
B:「はい、どんど~ん♪」とか言えばいいんでしょ?
A:よく知ってんな
B:動画で見た
A:それを自分でそばを食いながらやるの?
B:やるよ
A:無理じゃね?
B:1人わんこそばの限界に挑戦したいから
A:いや、口の中そばで一杯になってるときに「どんど~ん♪」とか言える?
B:挑戦する
A:口からおそばがコンニチハするような気がするけど
B:……時間的にはコンバンハ?
A:どっちでもいいよ
B:コンバンハだね
A:どっちでもいいよ
B:で、なんだっけ?
A:そばを注ぐ役だよ。俺やろうか?
B:……挑戦する
A:俺それくらいならやってもいいよ?
B:挑戦だよ挑戦……ちょっと今集中してるから邪魔しないで
A:……今何杯目までそば入れたの?
B:まだ20
A:先は長いな……
B:最初に茹でた方のおそばがもうカッチカチになってる
A:マズそ
B:まぁ、でも……これは想定の範囲内
A:何が楽しいんだよその挑戦……
B:……今何時?
A:9時半過ぎ
B:9時半!?
A:そう
B:夜の!?
A:当たり前だろ、こんな真っ暗な朝があってたまるかよ
B:……はぁ
A:何杯目まで分け終わったの
B:80
A:あと半分くらいか
B:わんこそば屋さんって……大変なんだな
A:頑張れよ、適当にここで応援してるから
B:もういい。続きは明日にする
A:ええええええええ!?
B:耐えられない
A:もう限界かよ!!!
B:「おそば分配工程」の地味さに耐えられない
A:ついさっきまで「挑戦」とかなんとか言ってたのはなんだったんだよ
B:だって……そりゃあ「1人わんこそば」してみたかったから
A:いや「してみたかったから」については全然共感出来ないけど
B:はぁ……どうしよう
A:どうしよう、って……
このままにしとくわけにもいかないだろ?食べ物だし
B:そっか……
A:やっぱりさ、わんこそばはお店でやるものなんだよ
B:そうかもね……
A:まぁ、お前的にはやりたかったことがあったんだろうけど、今日の
ところは「ただたくさんおそばを食べる会」っていうことで割り切ってさ
B:割り切って?
A:そう
B:ごめん、割り算の話はちょっと……
A:お前いい加減にしろ
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